4.オレ、自力で魔術を発動する。
「芦屋冬真。それが日本での俺の名前だった。」
未だフリーズから立ち直っていない魔女っ子は頭にはてなマークをいっぱい浮かべている。
再起動は未だ出来ていないようだった。
『アシヤトウマ、ですか。黄金の魔女イリア様の第二夫サトウイチロウ様の発音と語感が似ていますね。確か家名が先に付くのですよね?』
白虎さんが日本語の特徴的な発音を精一杯真似ていた。
だがしかし佐藤さああああん!
落ち着くその響き!学校職場近所に必ずいてくれる佐藤姓!
「そうだね、ただ他の国では名前が先の所もあるよ。」
イチローさん、名前から頼れる大人のイメージを勝手に抱いた。足が早くて肩が強そう。
「魂だけで境を渡る・・・記憶もある・・環流から体を持たずに外れる・・・不安定なのにどうやって」
何やらブツブツと魔女っ子が言っているが、考察タイムに入ってしまったのだろうか。
『こうなってしまうとご主人様は長くて。
あ、自己紹介がまだでしたね。ブランシェと申します。種族はティグリス、若い時分にご主人様に捕えられ従魔となったものです。
短い旅ですがどうぞよろしくお願いいたします。』
・・・伝説の魔獣です。本当にありがとうございました。
「アンリと申します。人族です。よろしくお願いします・・・」
今日は驚くことが多すぎる。
魔女に魔獣に転移者の佐藤さん。この先どうなってしまうんだろう。
いや、これだけ驚いたんだ。これ以上はもうないだろう。
そう思ってるとブランシェさんが急に縮みだし、小虎サイズになると、抱っこをせがんできた。
「大きさ自在なんですね・・・」
『時と場合で大きさを変えています。特に街中では騒ぎになってしまいますからね。』
そりゃそうだろう。一晩で国が滅びる系の魔獣だもんな。
・・・この先フェンリルとか出てこないよね?
魔女っ子の再起動が終わるまで俺たちはのんびり串焼きと蒸しパンを食べて待った。
「なるほどわからん!」
彼女が思考の海から帰還したので旅の再開である。
ここクレモナ共和国は帝国のお隣さんでもある。
国土は狭いが港があって、税金が少し安くて商業が盛んだ。しかも目利きの良い商人が多い。
あと他国の訳あり貴族を収容してくれるらしい修道院が幾つかあるそうだ。
「せっかくクレモナに来たし、ホーンラビットでも狩っていく?丁度脂が乗って美味しい時期だよね。」
ホーンラビットこと一角ウサギは煮てよし焼いてよしの高級食材だ。採れる魔石も薄桃色で硬度が高く宝石としても良縁の御守りとしても人気だ。良い毛皮も採れ、角は薬の原料になるそうだ。
ただ、狩りをするには狩猟許可証がいる。ホーンラビットの乱獲を防ぐ為の制度だ。
「あの、リューシャ」
事実を伝える為彼女に向き直ると、丁度がま口バックから狩猟許可の腕章を取り出している所だった。
って、持ってるんかい許可証!!
「どうかした?もしかして狩りは初めて?」
「いや、大丈夫。ホーンラビットは初めてだけど狩の経験はあるから何とかなるさ。」
黒の大渓谷での高魔力災害を鎮めたお礼と魔女就任のお祝いに、お礼の品が各国から贈られたのだそうだ。許可証もその一つだと言う。
因みに早速森で狩りをしたけど、何ともならなかった!
ホーンラビットが素早すぎて剣槍弓、全部ダメだった。
鹿や猪狩りは得意なのに!
そんなオレをよそにリューシャもブランシェさんも結構な数を仕留めていた。
ブランシェさんに至っては、ホーンラビットをそのままもぐもぐと食べていた・・・。
「ぐぬぬ、難しい。」
「せっかくの雷属性なんだからバリバリっとやっちゃえば良いのに。魔術精度が良ければ光と同じくらいの速さで届くよ?」
ん?
いかずち?
雷の属性とかあるの?初耳なんだが。
・・・でもオレ無属性の筈だぞ。
「あれ、もしかして気付いてないの?」
それから雷属性魔術の初級を少し教えてもらった。
相当珍しい属性らしい。
「身体能力の向上に使ってるみたいだったから知ってるものとばっかり。」
どうやら無自覚で体の内側だけで使っていたらしい。
というかオレにも属性が!嬉しい!
では教えて頂いたので早速。
「無駄になるレベルで魔力を外側に滲ませたら、小さい稲妻のイメージを頭に浮かべつつ、方向性を与えて、一気に発動!と。」
その瞬間、バリっと青い光が細かく枝分かれに広がるのが見えた。
茂みの中でドサっという音がし、音からして結構な大物だと分かる。
リューシャの髪の毛とブランシェさんの毛並みが静電気でモサモサになっていたので取り敢えず謝っておく。
だが二人は帯電しても大丈夫な様で、普通に地面に流して対処していた。
自分に使える魔術がある事も、ホーンラビットを狩れた事も嬉しくて、ウキウキしながら確保しようと茂みをかき分けていく。
だが、そこにホーンラビットの姿は無く
・・・人間の女の子が仰向けで倒れていただけだった。
「リュリュリュリュっっリューシャさああああん!!!」
取り乱したオレはとにかく叫んだ。
***
「死んでないよ、気絶してるだけ。」
生死を確認するまでもなく、リューシャは言った。
少し落ち着くと倒れた少女に見覚えがある事に気付く。
「これクラリス嬢じゃねーか・・・」
「なになにアンリ君の知り合い?ごめんね、隠蔽術で姿を隠した密猟者かと思って術効範囲に居ても教えなかったの。」
そこは教えて欲しかったんですが。
初めての自力魔術で人を殺すのは、ちょっと嫌な記念になってしまうじゃないか。
「知り合いではないが・・・
彼女は、今回のレムリア王国第一王子乱心事件の原因。
王子を惑わせ王妃の座を狙った稀代の悪女クラリス・バリエだ。」
「密猟者でも稀代の悪女でもありませんからぁ!!」
ガバァッ!っと勢いよく起き上がったクラリス嬢は結構元気そうだった。
そして今度は逆にジャンピング平伏した。
なんだかイメージと違って忙しない女性だ。
「この度は無関係な殿下を巻き込んでしまい申し訳ありませんでしたああああああ!!!」
取り敢えずオレとリューシャでクラリス嬢の事情を聞く事にしたが、ブランシェさんはもっとご飯を食べたいとの事で、狩りに行ってしまった。
実は互いを親友と認め合う仲らしいエカテリーヌとクラリス。
そして二人の計画と事の顛末。
あと何故かレナート兄上から急に嫌われて、暗殺のための刺客を何度もロムレスの滞在先に送られて来ていた事を知った。
これだけはかなりショックだった。
あれ殆んどが刺客だったのか。
治安貢献が完全にマッチポンプ。
しかも賞まで貰ってしまった!
すまぬ!ロムレスの治安維持警邏隊の皆様すまぬ!
「エカテリーヌ様も私も、アンリ殿下はアルノー殿下の騎士になるとばかり・・・。
本当に申し訳ございませんでした。」
「いや、気にしなくていい。アルノー兄上の打診を断ったのはオレだし。」
そうか、別れの挨拶をした時の王妃の表情は刺客の事を知っていたからこそか。それで小遣と言う名の慰謝料。
腑に落ちた。
因みに此処で隠れていた理由はエカテリーヌを乗せた馬車が街道を通るのを待つ為だった。固有魔力相互反応魔石も用意済みだそうだ。
用意周到だな、二人とも。
ここで盗賊を装い馬車を襲って合流後、逃避行を開始するらしい。
確かに此処からなら馬車も見える。通過時に襲うなら最適な場所だ。
何なら初撃をここから撃ってもいい。
金品ではなく馬車内の人間が目当てなら水。精度に自信があるなら次点で風。強く優しくぶっ転がすことが出来る。
そして迎え撃つ馬車側はヴェルニエ公爵家。火炎魔術の名門だ。
領軍騎士や魔術師も火に特化した者が集まってる。それを踏まえていれば対策もできる。
二撃目では直ぐに展開してくるであろう焔の防壁を逆手に取って霧を発生させれば簡単な目隠しにもなる。うん、やっぱ水だな。
初撃の地点を割り出されるまで時間があるだろうから、おおよその方角から襲撃予想が立てられてしまう前に行動するのもいいな。
いや、此処に隠れていたんだ。
街道自体に既に遠隔で起動できる何か仕込んであるのかもしれない。もしくは逆側の草原に魔法陣を隠しているのかもしれない・・・っと、いかんいかん想定癖がつい。
「クラリスちゃん、公爵令嬢ちゃんと合流して逃げてその先はどうするつもりなの?追手が来るよ?」
確かに。王孫の公爵令嬢を攫ったら捜索どころか騎士と魔術師が討伐隊として追って来る筈だ。
「無論想定済みです。」
そう言ったクラリス嬢のきりっとした男前な表情をみて、既に覚悟が決まっていると分かった。
彼女達の行動はぶっ飛んでいるが、そのぶっ飛び具合が好ましく感じられて来た。
「クラリスさん、エカテリーヌ姉さんを宜しくお願いします。」
姉になる筈だった人は、継承権を持つ者としても王子の婚約者としても優秀な人だった。
そして優秀すぎるが故に、孤高の人でもあった。
結婚を政治のひと手段としか考えていない事も、レナート兄上を想っていない事も知っていた。
己より役割を優先する人だった。
だが常に一人で立っていた彼女の側に、今はこんな頼もしい友人がいてくれるのだ。だからこんなとんでもない計画を立てられたのだろう。
・・・友人、だよね?
と言うかあれじゃないよね?
百合の花が咲き誇ってたりしないよね?
「ま、まぁ取り敢えず先立つものは必要だろうから、これ使ってくれ。」
そう言って王妃から貰った白金貨を一つ渡そうとするが、受け取りを固辞される。
だがリューシャも援護してくれたお陰か何とか説得して最後には受け取ってもらえた。
「エカテリーヌ姉さんを騎士として守る予定だったオレの代わりに、どうか頼みます。」
そう言って渡した白金貨には、百合の紋章が刻まれていた・・・
偶然って怖いね。
「では私はまたこちらで隠れますので!
殿下、本当にありがとうございました。
では、おさらばです!」
うまいこと姿を消したがここに居るんだろう。
何とも言えない気分になりつつ、リューシャと共にブランシェさんを探しに森の奥深くに足を踏み入れた。
***
「それにしてもこんなに髪をバッサリ切ったのによく分かったな、クラリス嬢。」
リューシャがオレの名前を呼んではいたが、実際に向かい会ったのも初めてな筈だ。
そう思っていると、彼女は隣で何故かクスッと笑った。
やっぱあれか。ロン毛似合ってない残念王子として有名だったのか?
更にはカッコつけて留学しちゃった脳筋王子とか思われてたりするのオレ?
もうやだ、追放されて良かった。
恥ずかしくて二度と帰れんわ!
これからは床屋のオッサンの優しい言葉だけを胸に抱いて生きていく!
そんなこんなで森の奥でブランシェさんを見つけた。
結構簡単に見つかった。
だって超巨大なブランシェさんが巨大なサーペントを貪り喰っていたのだから。
こんなに大きかったんか・・・
『美味しかったです!』
蛇肉は完食したかと思われたが、リューシャとオレのためにお肉を一塊り別に取っておいてくれたそうだ。
「サーペントのお肉美味しいんだよね。お裾分けありがとうブランシェ。」
巨大化しているブランシェさんの前足辺りをヨシヨシと撫でると喉がゴロゴロ、いや重低音でゴゴゴっと鳴るのが聞こえてきた。
そして今日はもう日が暮れ始めたので、街へ降りて宿を取る事にした。
リューシャは当たり前のように2人部屋をとったが、宿の人の視線がつらいです。
若いってイイねぇ的な目を向けないでほしい。
そしてオレに抱っこされたブランシェさんも何故かニヤニヤしていた。
魔女と魔獣と同室だぞ。そんな度胸あるわけないだろ。
国が滅ぶわ!
でもやっぱり女の子と同室って事でソワソワしてしまったせいか眠りが浅かった。
早朝、外が妙に騒がしくて目を覚すとまだ日も登っておらず薄暗かった。
リューシャもブランシェさんも隣のベットでスヤスヤ寝てたし、近くに国家憲兵駐在所があったので何かあっても大丈夫だろう。
そう思いオレは二度寝した。
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