3.オレ、マイルドに追放される
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第一王子レナートは、謹慎どころか病気を理由に塔へ幽閉された。仕切りにクラリスに合わせろと騒いでいるので病状は重そうだ。
「若くても初恋が重症化する事もありますからね。精神に異常をきたす程に。アンリ様もお気をつけください。」
アルフレート君はそう言ったが、恐らくはそれだけでは無いはずだ。第二王子派からレナート兄上に対して、精神を汚染する類の魔術的介入があっただろう。
「うん、気をつけておくよ。それじゃ、またな。」
「いいえ、貴方の場合はさようならですよ?事実上追放ですから!」
そう言って彼は王城の裏門から出立するオレに手を振った。最後も辛辣だった。
どうやらオレは帝国にいる伯父に養子に出されたらしく、王都の中央広場でその使いが待っているらしい。
なんで城まで来てくれないんだろうかと考えつつ先を急いだ。
出発前に挨拶した父上は、たまに手紙くらい寄越せよと言う。
レナート兄上の母である王妃は、旅のお小遣いと言って白金貨を数枚渡してきた。
その時、色々とごめんねと謝罪してきたが、アルノー兄上にお断りしたのはオレ自身だから余り気にしないでくれと言っておいた。
なんだか腑に落ちなそうな顔をしていた。
そして彼女のもう一人の子供である王女エスティエは早々に第二王子派に鞍替えしていたようで今後の立場も安心だそうだ。
エスティエからは刺繍入りのハンカチを貰った。
ロムレス公国にいる時もたまに彼女から手紙とハンカチが送られて来ていた。今回もらった物を見て更に腕を上げたと褒めるとすごく喜んでいたので、刺繍大好きっ子に育ったのだろう。
みんな、元気でな。
さぁ、広場についた。
人が多すぎて迎えの使いとやらが全くわからん。取り敢えず屋台でオヤツを買っておこうか。
そう思った瞬間である。
ぽんっと背後から肩に手を置かれるが、気配は全くなかった。
後ろを取られるとは不覚!
「君がカルデア大公の甥っ子君かな?」
慌てて振り返ると、そこにはテンプレ的魔女っ子がいた。
"魔女とは美しき者“
その言い伝えの様な美しさに息を詰まらせ、一瞬返事が遅れてしまう。
「あ、あぁ。アンリ・ルフィス・レムリアだ。いや・・・今は唯のアンリかな。貴女は?」
薄金にグラデーションの様に入る桃色の髪と、青みの混ざった紫の瞳を持つとんでもない美少女だった。
そして、属性色が髪色に現れるのは魔力が高い証でもある。
オレの異世界ライフ始まったわぁ!と微妙に浮かれていると、名乗り返しがあった。
「私は星降の魔女リューシャ。カルデアまでの道案内を任されてるよ。」
なるほど。道理で城に来ないわけだ。
オレでも知ってる魔女が来たら流石に騒ぎになってしまう。
黒の大渓谷での大規模な高魔力災害。その時発生した魔物の大群を魔術で一気に葬った魔女だ。
原理は分からないが流星を大量に落とす面制圧攻撃だったらしい。当時ロムレスからもその流星が見えた。
だがしかし疑問がある。
「しかし何故貴女の様な高名な魔女が?」
魔女達はどんな権力者や支配者にも傅かない。そしてそれが許される強大な力を持った魔導の民だ。
何故使いなどをしているのだろうか?
「君を無事に届ければ、お礼にカルデアンクリームをくれると大公が言っていたの。」
拍子抜けしてしまう理由だった。
クリームに釣られてこんな所まで来てしまうとは。この魔女っ子はとても食いしん坊だったらしい。
因みにカルデアンクリームは超希少牛のミルククリームの事だ。元王族のオレでも口にしたことはない。
「さあ、そろそろ出発しよう。」
「いや、しばし待ってくれ。まだおやつを買っていない。」
そう言ってオレは急いで屋台で買い物をすると時間干渉付きのアイテムバックに入れた。彼女も荷物を持っていないので、何らかのアイテムを持っているのだろう。魔女だしな。
「そうだ!帝国に行く前にそのクソダサヘアーを何とかしようよ。長すぎて邪魔そうだし。床屋に寄って行こう!」
先導しながら道を行く魔女から辛辣な言葉が飛び出した。
・・・グッサリきた。
このサラサラツルツル銀髪ストレートロングの髪にまさかの・・・ダメ出し!
次代背景的にも大丈夫だろ?レムリアでもロムレスでも普通に溶け込んでたぞ!カッコイイだろ!?紐で結ってまさに王子様風だろ。後毛がサラリとしてて素敵だろ!?
ねえ、素敵だよね!?
だ、大丈夫だよね!?
・・・なんか急に不安になって来た。
似合ってなくても王子だから皆言い辛かったのか?
王都の床屋に入ると、店主が国を出るオレを心配してくれていた。
そんな民の優しさにちょっとほろりと来てしまった。
そして切った髪を買い取りたいと言ってきた。カツラ用に高く売れるらしいが、店主に気を使わせてしまっただろうか?
だが空気を読まず魔女っ子が、お小遣い出来て良かったねとか言ってきた。店主もそれで彼女が旅の共と分かった様で、散髪を待つ間にと茶を振る舞っていた。
どんな髪型にするかと聞かれて、憧れの帝国三騎士の一人、アレクサンドル・ノーヴァ卿のカッコいいカードを見せた。
ロムレスで流行っていた有名騎士や剣豪達のイラストカードの一つだ。
すると店主は子供に向ける様な生温かい笑みを浮かべながら、髪をバッサリやってくれた。
そしてそのやり取りを見ていた魔女っ子が茶を吹き出していた。
そしてオレの髪型は。
「なんか思ってたのと違う・・・」
オレの髪はノーヴァ卿より微妙に短かった・・・いや、結構短かった。
首筋がスースーして少し不安になったが前世で慣れ親しんだ長さだしそのうち慣れるだろう。
お小遣いも増えたことだし、いざ帝国への旅に出発だ。
***
王都の砦門を出ると、街道を外れ野原へ向かう。
「ここでいいかな。」
魔女っ子がそう言うと指笛を吹く。
甲高い音と共に、上空から白虎が悠然と降りて来た。
しかも翼の類はなく、どうやって飛んでいるかもわからなかったが、これに乗って行くと言う事だけはわかった。
『少し時間がかかりましたね、何かありましたか?』
「ごめんね待たせて。王都でちょっと買い物したり床屋に行ったりしてたの。主にそいつが。」
そう言って魔女っ子はオレを見た。
髪を切れと言ったのはお前だろ。
しかし喋る虎を前世含めて初めて見た驚きに、色々と戸惑っていると
『ご主人様もそこの青年も早く乗ってくださいませ。』
と、大きな白虎さんに言われ、乗り方のレクチャーをされた。
オレは後部に乗り、魔女っ子の腰にしっかり腕を回す。
そして風を纏い空へ駆け上がった。
例えるなら、旅客機が離陸する時のあの感じ。
「髪を切って良かったでしょう?」
「ああ、結構風が来るな。助かったよ。」
空から見る王国は、とても美しかった。
「故郷を離れるのは寂しい?」
「少しだけ、寂しいかな。」
留学中ですら寂しさを感じることは無かったが、ここへ来て物寂しさを感じた。
きっとこれが見納めになる。
なるべく目に焼き付けておこう。
***
本来なら何日も掛かる筈の国境に、その日のうちについてしまった。
しかも国境を飛び越えて隣国のクレモナ共和国へと入り、地上に降りる。
「結界とは何だったのか・・・」
しみじみ呟くと、答えたのは白虎さんだった。
『結界あるなら中和して通ればいいじゃない』
と。
軽く言ってくれるが、砦壁群と魔術結界が国防の要なんだが・・・
「この辺りは魔素が少ないんだし、それを考えたら立派な物だと思うよ。」
魔女っ子、フォローありがとな。
ありがたいから広場で買った串焼きを分けてやろう。
アイテムバックからまだ熱々の鶏串焼きを出すと彼女に手渡す。
「ありがとう!串焼き大好き!」
嬉しそうに受け取ると、斜め掛けの小さ目のがま口バックにズボッと串焼きごと手を突っ込んだ。バックのサイズ以上に腕が入っているので恐らくあれが彼女のアイテムバックなのだろう。
コンパクトで良いなそれ。
「何をなさってるので?」
「串焼き用ソースに付けているの。」
腕を引き抜くと、照りっ照りになった串焼きが出て来た。炭火で香ばしく焼かれた串焼きに、いかにも甘辛そうなタレが絡んでいる。
オレは知っている。その香りを知っている。
まだこの世界では出会ったことのない調味料の香りを。
「それ!醤油ベースのソースか?」
そう言うと魔女は本当に驚いて、一瞬フリーズしていた。
「なんでショーユを知ってるの!?だってこれは二番のパパが作った異界のソースなのに!」
どうやら彼女の父親はオレと同じ転生者なのかも知れない。しかも同郷の。
「魔女は一妻多夫だったか?」
「うん、うちはパパ二人とママ二人だよ。それで二番目のパパが異界からの漂流者で、ニホンっていう異界の国から来たの。」
ママ二人・・・?
まあそれは置いて、何という幸運!日本人発見!!
しかも醤油を作れる技術力!オレも事情を話して作り方教わろう。
まだ長粒米しか見つけられてないけど醤油さえ有れば色んな和食が食べれるっ!最高!
この18年間ずっと渇望してきた味が遂に・・・っ!
食べられないと思うとより一層食べたくなる現象。
給食しかり、後継者が居らず閉めざるを得なかったラーメン屋のあの味然り!
「もしかしてこの世界のどこかに二番のパパと同じ世界から流された人が居るのかな?
だからアンリくんはショーユを知ってるんだよね?
何処でショーユを知ったか教えて欲しいの!
もしかしてロムレス?それともレムリア?」
何だろうこの感じ。ここで事情を説明した方が良いんだろうか。
ただ、転移と転生じゃ大分違うが、しょうがないか。
「あの、異界から来たのはオレなんだ。多分魂だけ流されて、前世の記憶を持ったまま生まれ直したんだ。
オレは、元日本人だよ。」
そう言うと魔女っ子は再びフリーズした。




