2.第二王子とエカテリーヌ
「やはりアンリは僕の手を取らなかったか。」
第二王子とその側近達は執務室でささやかながら祝杯を挙げた。
長男ではあったが、母親が子爵家出身の側妃の為、後ろ盾が弱かった彼は常に二番手に甘んじていた。
「さぞや良い騎士となったであろうに。」
魔素と瘴気が噴出する黒の大渓谷からそれなりに距離があり、魔素流入が少ないレムリア王国は他国よりずっと魔物被害が少ない。どちらかと言うとこの国の兵士騎士は対人戦が主だ。
それも国境を取り囲む魔術結界と砦壁群があるおかげで小競り合い程度の戦闘しか起こらない。
アンリが大分強くなったと言う噂は耳にしたが、見目の良いお飾りにもなっただろう。
第一王子も第二王子も考える事は同じだった。声をかけるのが先か後かの違いでしかない。
脳筋だが格別に見た目の良い弟を忠義の騎士として自分に侍らす事で、己の価値をより高めることが出来る。
謀に疎い弟だ。
簡単に操れただろう。
「真実の愛、これ以上に尊いものはない。か」
謹慎中の第一王子の部屋を訪ねた時に言っていた言葉である。
「顔が良いと言う理由だけで弟が邪魔になり、ロムレスに刺客を送り込む程、器の小さい男に成り下がってしまうとは。いっそ笑えるな。」
留学中のアンリ王子はただの強盗と勘違いし、普通に倒して警邏隊に引渡していた。
襲われる頻度が多いので、王子だから金目の物を持っていると思われているのかもしれないと学友に語っていたそうだ。
そのせいもあってかロムレスで治安貢献賞をもらって大喜びし、本人は全く気付いていない様子だったと言う報告も受けていた。
「ところでエカテリーヌ嬢はどうだ?」
「レナート殿下をお諫めする事が出来なかったと言って、自らクレモナの修道院へ入ると言っているそうです。」
「隣国の修道院か、いやはやまったく・・・そうか、そうなるか。」
「恐らく密偵が城下で確認した件に関係が有るかと思われますが・・・いかがなされますか?」
エカテリーヌは常に自分を厳しく律し、その役割を果たす為だけに行動し、生きて来た。
ようやく己の欲しいモノを掴もうとしているのだ。
ほんの少しでも手助けしてやりたい。この先少しでも彼女が生きやすいように。
「その件は放って置いて構わん。その先についてもな。」
継承争いは決した。
第一王子は失脚し、一番危惧していた帝国皇帝の血を引く第三王子も自ら追放を選んだ。
ただ、いち早く寝返った第一王女が同腹の兄をここまで追い込むとは第二王子にとっても予想外の事だった。
***
レナート王子に婚約破棄され、悲しみに暮れる彼女の演技を誰もが真実と疑わなかった。
エカテリーヌ・ヴェルニエは、王位継承権を持つ王孫の令嬢で、彼女の存在が第一王子の継承をほぼ確定とさせていた。
真面目で優秀だった筈の第一王子は王立学園に入学すると、元平民の男爵令嬢と恋に落ちた。
いや、男爵令嬢は迷惑そうであったが、身分差から王子の誘いを断りきれず、付き従っているだけのようにも見えた。
しかも彼女は成績も優秀で魔力も多く、見た目も非常に愛らしかった。それだけでも周囲の嫉みを受け易い存在と言えた。
だがエカテリーヌは、努力家の男爵令嬢クラリス・バリエを思いの外、気に入っていた。
いずれ愛妾として召し上げられるだろうと考え、マナーのアドバイスをし、他の女子生徒達の嫌がらせから庇ったりもした。
いずれ王城でも二人手を取り合って頑張ろう、そんな気持ちで。
男爵令嬢クラリスはと言うと、そんなエカテリーヌに応えたいと更に努力を重ねる様になる。
隠蔽の魔術が得意なエカテリーヌに誘われ、王子と学生の目を盗み密会を重ね、マナーのレッスンや足りない技術やダンスを教えられた。
厳しくも優しい公爵令嬢に憧れて、いつしかその思いは、想いに変わってゆく。
厳しい小言も、きつい叱責も、どれもこれも自分を想い言ってくれていると感じられた。
母の死後、義務感から自分を屋敷に迎えた男爵家。
そこに居場所などあるはずも無く、逃げるように学園の寮に入った彼女に出来た初めての友達だった。
この先彼女と一緒なら、どんな困難にも立ち向かえる。
むしろエカテリーヌと一緒に居られるなら王子の愛妾になっても良いとすら思い始めていた。
だが、二人が互いを親友と認め合う様になった頃、いよいよ第一王子の王位継承が怪しくなってきた。
第二王子が急激に台頭してきたのである。
第二王子アルノーはエカテリーヌに言う。
こちらに乗り換えては?と。
しかし彼女は言う。
自分は第一王子の婚約者なので、申し出は有難いが受ける事は出来ない、と。
彼女も彼の言う通りにするのが国にとって一番良いと分かっていたが、第一王子が失脚したらクラリスとはこの先一緒に居られなくなるという不安が先立った。
彼女との時間が楽しかったのだ。
厳しく指導をしたが、打てば響く。これが嬉しかった。
次第に打ち解けていった二人は、今度は逆に平民の暮らしや慣習をクラリスがエカテリーヌに教えたりもした。
たわいもないおしゃべりを楽しんだり、時には二人で町娘変装をして城下で遊んだりと、厳しい時間と自由な時間を謳歌した。
そういった全てがこの先失われてしまうのが心底恐ろしかったのだ。
「わたくしは殿下でなく貴女と過ごす人生を歩みたい。持てる全てを捨てても構わないわ。だって、貴女と居るとこんなにも楽しくて幸せなのですもの。」
クラリスはその言葉に喜びの涙を流し、大きく何度も頷いた。
「わたしも、エカテリーヌ様とずっと、ずっと、一緒にいたいです。」
その日から二人の謀略とも言えない茶番劇は始まった。
クラリスは第一王子への好意を装い、エカテリーヌは二人に厳しく小言を言うようになった。小言を言うエカテリーヌに怯えて見せたり、第一王子を庇う発言をする。そしてエカテリーヌは激昂するフリをして残りの日々を進めて、卒業記念式の日を迎えた。
クラリスにエスコートを申し込んだレナートを見ると拳を握りしめ、今日までの努力が実ったことを喜んだ。
そして、予想以上の成果が得られた。
慶事の場であるにも関わらず、公衆の面前での婚約破棄宣言と濡れ衣。
そして第一王子の謹慎。
クラリスにも謹慎が言い渡されるとバリエ男爵家は彼女との養子縁組を破棄し、放逐した。
そしてエカテリーヌは今回の失態と第二王子の婚約の申し出を断ったことを両親に咎められると、修道院に入ると申し出た。
そして暫しの議論の後、隣国の修道院へと送り出された。
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