36.演習
ある日の正午、大公家の養子となった青年が魔術師や領軍騎士と共にカルデア領最大の森、ザーグロスを訪れていた。
「あんなにゾロゾロと連れて来やがって。」
Sランク冒険者パーティー“月光のオース”の一団が、森へ入る一行を見つけると、鬱陶しそうな視線を向けていた。
噂通り見目麗しい青年の腰には、彼らもよく知る双剣が装備されていた。
「坊っちゃんに魔剣ねぇ。随分と甘やかされてるわね。」
魔術や剣技の世界は、顔だけではどうしようも無いと言うのに。
更には魔女の夫を目指していると言う噂もあった。
これは、とんだ我儘坊っちゃんだと彼らは嘲笑する。
身の程を知らない田舎王子。しかも政争に負けて追放された甥が可哀想なので、大公が引き取ったのだと言う話も聞いた。
「魔導師やら騎士団に護られながらの討伐か。温いねぇ。」
「どうせあの帝国騎士制服も、大公のお陰で着られたんだろうよ。テレシア様の息子だって話らしいが、残念なこったな。」
そう言って笑っていた時だった。
ズドンっと言う身体中に響く音と、魔力を含む衝撃波がやって来て、木々や草がバッサバサと揺れている。
それは先程の一行が向かった方角からやって来た物だった。
丁度近くに居た別の冒険者パーティーも、強大な魔力を感じてこちらへやって来た。
「ドラゴン型でも出ちまったか?」
「大公家の新入り坊っちゃん達が行った方角だろう?大丈夫かね?」
まるでティグリスや竜種が放つブレスのような衝撃と魔力量だった。
騎士団や魔導師が居るので何とかなるだろうが、ここは一応助太刀に行くべきだろうと話し合い、音のした方角へ向かった。
一方。
「アンリ様、たかがバジリスク一匹にそんな豪快な魔術を放っては勿体無いですよ!」
「す、すみません。石になるのが怖くてつい。」
図鑑でしか見た事がなかったバジリスクを見て驚き、黄金の魔女直伝のレールキャノンを放ってしまったアンリが慌てて謝ると、周囲の者達が和やかに笑い出す。
「いえ、見事な相殺浄化でしたよ。無人域の確認と射線の計算も素晴らしい。」
騎士団長のヨハネスはアンリを褒めるが、それに対してラファエラはあまり良い顔をしない。
「いくら魔力が多いからと言って、大量に魔力を使い過ぎるのは良く無いのよ?実戦では如何に節約が大事か、あなたも分かるでしょう?!」
唐突に始まった夫婦喧嘩に、仲が良いほど喧嘩するんですよね。とレオンハルトが言う。
その言葉で騎士団長もラファエラも冷静になりつつ、ほんのり耳や頬を赤らめる。
アンリはこの時初めて二人が夫婦だった事を知った様だ。
「言いたい事を言い合うのはとても良い事だと思います。溜め込むのって良く無いですから!」
言い合いの元凶が呑気に言うと、余計に恥ずかしさが増した様だった。
「コホン、では、今の音で集まって来た魔物の討伐をお願いしますね。」
わざとらしい咳払いして話題を変えたラファエラの言葉にアンリが頷くと、大量の魔力放出を始めた。
「アンリ様。先ほども言いましたが、もう少し省魔力という物を大事にして下さい。」
「それ程多くは無いですし、これ便利なので見ていて下さい!」
向かって来る魔物を次々と単純魔力の操作だけで絡め取って行く。
魔物達は脱出しようとジタバタともがいていたが、拘束は固く、外れる気配はない。
「これなら素材回収も出来るかなと思いました。」
そう言うと細い雷撃を多方に放ち、一度の魔術で全て仕留める。
「わぁ、これは認定官も腰を抜かしますね・・・」
「だなぁ・・・」
魔女領で討伐と浄化の手伝いをして来たと言うアンリは、帝国に来たばかりの頃より更に魔力量が伸びているようだった。
そして浮かれた様子を隠しもせず、皆と一緒に魔物を回収ボックスに仕舞うと、先に進もうと提案していた。
どうやらこの演習という名の冒険が楽しいらしい。
騎士団員も魔術師達も彼の意見に賛同し、先へ先へと森の奥深くまで進んで行った。
普段なら重装備と竜騎士団のサポート付きで入る場所だが、アンリが魔術を使う度に浄化されて行くのを皆が感じ取っていた。
大精霊の加護とはこれ程のものかと皆思うが、その後森の最奥での討伐と浄化作業の時に聞いた、何とも言えない間の抜けた精霊術の詠唱を聞くと、全員が気不味そうな顔をしつつ、必死に笑いを堪える者もいた。
***
その一行が森の奥へ進んで行く様子を見ていた冒険者一同は震え上がり、思い知る。
あの衝撃波と大量の魔力は、件の追放王子の物だった。
その直ぐ後、魔物が集まって来ると大量の魔力と希少な雷属性の魔術を使い、悠々と魔物の群を討伐していた。
ここはカルデア大公領。
有人の領としては魔素と瘴気が最高密度のユヴァーリの隣領だ。
勿論ここだって他領とは比べ物にならない程魔物が多い。
だからこそカルデア領軍はユヴァーリ領軍に次ぐ強さを誇る。
そして、冒険者ギルドが開設されている領では、カルデアが一番過酷な事で有名だ。
だからこそ、この土地の冒険者も強者揃いなのだ。
そんな大公領に迎え入れられた養子が、顔が良いだけのお坊っちゃんである訳がなかった。
あの魔力量と魔術。既に大魔導師の域にあると言われても驚かないだろう。
先程噂話を元に笑っていたが、そんな甘っちょろい待遇が許される領地では無い事を全員が思い出し、自分達に驕りがあったと反省する。
どんな情報も常に精査しなければならないと言うのに、こんな噂話を安易に信じてしまった事を恥じる。
最高位のSランクまで上り詰めた彼らだが、今回の事で少し危機を感じた様だ。
「例の噂話。最初に聞いた奴や大元は何処だ?」
リーダーのオルフェオがメンバー達や、もう一組の冒険者パーティーからも話を聞き始めると、彼らが良く知る人物が浮かび上がって来る。
聖女ロザリーの側近の一人、男爵子息の魔術師。
リカルド・コンティだった。
「何で聖女様の側近がそんな噂を?」
パルティア城でのお披露目夜会の情報を仕入れていなかった彼らは知らない。
リカルドにとってのアンリは、民に慕われ崇拝される聖女ロザリーを、わざわざ挨拶に出向かせるという無礼を働いた田舎王子である。
ロザリーを盲信する彼にとって、それは侮辱以外の何物でも無かった。
”月光のオース“一同は、そんなくだらない理由で噂を流しているとは予測もつかず、聖女絡みの抗争的な物でも起こっているのではと考えた。
帝都や大渓谷には、皇子達や貴族だけで無く聖女関係の派閥も多くあり、そんな物にうっかり関わってしまおう物なら命が幾つあっても足りやしない。
そうしてパーティーメンバー間で話し合いを行い、帝都や大渓谷付近に近寄るのをやめて、暫くはカルデアで活動しようと言う活動指針を定めた。
もう1組の冒険者パーティーも、それを聞いて大渓谷方面への遠征は控えようと決めていた。
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