32.手紙
--父上、お元気ですか?
私は元気です。
帝国に来てあまりの発展具合に愕きました。
飛行船にも乗りましたが、あんな大きな物が常に浮かんでいるというのがとても不思議でした。
あと帝国の馬はとても大きくて早いです。
伯父さん夫妻も従兄姉達、親戚の皆もとても良い人ばかりで毎日楽しく生活しています。
また手紙を書きます。
追伸、魔女の夫になるための試験を受ける事になりました。がんばります。
「ぶふぉあっ!」
紅茶を勢いよく吹き出した国王に、王妃は驚いて従者を呼ぼうとするが、止められてしまう。
「大丈夫ですの?」
「大丈夫、いや、大丈夫では無い!」
アンリからの手紙を第一王妃に見せると、彼女も驚いて息を詰まらせる。
「追伸でこんな重大な事を・・・!」
実質追放となってしまった息子は、テレシアの兄である大公の計らいで養子に出した。
皇孫のアンリが皇子の称号を得る事は分かっていたし、大公家の次男からのスライドで334位という緩い位置であろう事は分かっていた。
アンリが騎士に憧れていた事は十分過ぎるほど知っていたし、冒険に憧れている事も知っていた。
帝国なら打って付けの国だと思っていた・・・
「まさかこんな事になろうとはな!」
「ええ、流石はテレシア様の息子、という他ありませんわね・・・」
テレシアは少し変わった妃だった。
正妃も側妃も関係なく仲良く・・・いや、己の事業に巻き込んでいた。
お陰で継承争いの中にあっても妙な連帯感は消えずに残り、妃達の仲は良好だった。
次代のことには口を出さない、と言うルールをこれ程までに体現できた代はないだろう。
「そう言えば!大変だわ・・・!」
急に第一王妃が声を荒げる。
一体どうしたというのか。
「どうしましょう、エスティエが心配ですわ。」
「エスティエがどうかしたのか?」
「重度のお兄ちゃんっ子ですもの、これを知ったら・・・」
言われてみればその通りだった。
そしてレナートがロムレスへ刺客を送り込んだ事を知ったエスティエが何をしたのかを思い出す。
「しかし、失敗するも成功するも、兄の事だ。そこは祝うのでは無いのか?」
「そうであれば良いのですけれど・・・」
国王も王太子となったアルノーもエスティエの計画を知らないだろう。
激情に任せて謀を企まなければ、おそらく次代は女王だったはずだ。
彼女の夢は、女王となりアンリを騎士として侍らす事だった。レナートがアンリに騎士となって欲しいと願った時、自分も女王になったら騎士になって守って欲しいと願い、了承を貰っていた。
その夢のための計画は吹き飛んでしまったが、今回アルノー王子に手を貸したのは、恐らくカルデア家への養子縁組を見越してのこと。
あの家の男子二人はまだ未婚だ。小国であるレムリアなら第二夫人としても嫁げる可能性もある。
その上帝国では、腹違いの兄妹である彼らでも一方が魔導師以上の称号を持っていれば結婚が可能だ。
「と、とにかくだ。実質追放された身とは言え息子が結婚するかもしれないのだ。祝いを考えておかなければなるまい。」
「それもそうですわね・・・」
不安の種を抱えつつ、国王夫妻は祝いの品目を考えておくことにした。
***
ーーアルノー兄上へ
お久しぶりです。
せっかく騎士の誘いを頂いたのに大変申し訳ありませんでした。
今回は兄上にお礼を言いたくてお手紙を書きました。
彼女達の事を見逃してくれてありがとうございます。
あれは兄上の采配ですよね?
そして子供の頃からの夢を叶えてくれて有難うございます。
冒険はまだ出来ていませんが良い旅が出来ました。
年内中には大渓谷での討伐戦役にも従軍するので頑張ってきます。
これから大変だと思いますが、お身体を大切にして下さい。
「これは意外だな。」
読み終わるとサラサラと手紙が消えて行く。
何かしらの魔術が施されているのだろう。
「手紙、消えてしまいましたね。帝国の術式でしょうか?とても便利そうです。」
アンリの元従者アルフレートは少し嬉しそうに消える手紙を眺めていた。
「本当に世界を旅をしたり冒険したかったのだな、アンリは・・・」
子供の頃語っていた夢は今も尚そのままだった様だ。
「騎士を引退したら冒険の旅に出ると仰っていましたからね。」
特に追放を恨んでいないというのは分かっていたし、寧ろ旅に出る機会として捉えていたのだろう。正しくアンリらしい。
だが、彼女達とはエカテリーヌやクラリスの事だろうか?何処かで出会ったのだろうか?
「アンリや彼女達について、他に何か情報はあるか?」
「不確定な情報ですが宜しいですか?」
「ああ、今はそれで構わない。」
アルフレートはまだ精査中の情報をアルノーに告げる。
その内容は彼にとっては驚きのモノだった。
「アンリが魔術師風の女性と旅をしていただと?」
「しかも魔女ではないかと言う話です。」
出会った時は意識する事が出来ないが、しばらく経ってみるとそれは星降の魔女だった事を思い出したというセストの情報屋がいた。
何らかの認識阻害の魔術を常時発動していたのでは無いか、もしくはただ似ているだけと言う事もあり得る。
更にはセストで魔女を見かけたと言う話と、数ヶ月前に大賢者をオークションで見かけたと言う話が混同されている可能性もあり、未だ正確な情報は掴めていなかった。
「魔術師や魔導師ならば、護衛の為に大公が遣わせたのだろうと思えるが、流石に魔女となると有り得ないのでは無いか?」
「私もそう思ったのですが、調べれば調べる程不思議な事が多く報告が出来る状態では有りませんでした。申し訳ありませんが、この件については今暫くお待ちください。」
しかもセストの冒険者ギルドでアンリが女性三人と仲良く食事をしていたというものまである。
エスティエ王女のせいで女性が全く身の回りに居なかったアンリだ。
顔が良いので、レムリアの外に出れば女性は寄ってくるが、ロムレスでは寄ってきた女性を意に返さず適当にあしらっていた。
そんな彼が急に女性達と食事をするとは考えにくく、見間違えではないかと誰もが思っていた。
そしてその女性一人は魔女、二人はエカテリーヌとクラリスと言う事も彼らには見当すらついていなかった。
「例の二人も、行方が分かっていません。クレモナの森で足取りが途絶えたのでもしやと思っていたのですが、情報の出所次第では彼女達は生きていると言う事ではないでしょうか?」
アルノーは表情を崩さず、心の中で安堵していた。
クレモナの森は巨大なサーペントが彷徨き、危険な魔物も多くいる場所だ。
彼女達が生きているかも知れないと知って、胸のつかえが取れたような気がしていた。
「アルフレート、更なる情報収集を頼む。」
「かしこまりました。」
***
その頃、手紙を読んで激昂する王女の姿があった。
「なんてこと!お兄様を私から奪おうとするなんて!」
手紙にはハンカチのお礼や近況、旅で仲良くなった星降の魔女の夫になる為頑張ってるという旨の内容が書いてあった。
桁外れの魔力を持つアンリならば魔導師も夢では無いはずで、カルデア大公家に結婚を申し込む準備もしていたと言うのに。
彼女は兄妹で結婚できると言う帝国法を誤って認識していた。
日々忙しく研究をする家族を支えると言う制度である事に気付いておらず、実際は家事手伝いであり、共同研究者と言う意味であった。
「女王になる以上に良い計画だったのに!急がないと!」
邪魔者はしっかり排除してきたし、アンリについては継承争いでほぼ脱落している事を知ったカルデア大公が、国王に対して何度か養子縁組の相談を持ちかけていたのも知っていた。
だからこそ上手く立ち回って来たと言うのに。
兄の結婚をどうにかして阻止しなければ。
だが時既に遅し。
次の手紙で求婚の成功を知る事になった彼女は、特使として祝いの品を持って行く役目を買って出た。
但し、本当の理由は兄を取り戻す為である。
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