30.イチゴ
早朝サーシャさんに叩き起こされ、手合わせをしてもらった。
この日の朝は、薄霧が立ち込め、少しどんよりとした気配があった。
どうやら今日は大渓谷からの魔素瘴気の噴出が多かったらしい。
そのせいなのだろう。怪獣映画に出て来る様な大きさの、瘴気の魔物という物が出現していた。
一山向こうなのに、余裕で目視できる大きさで怖すぎるんですが!
「ああ、あの辺りなら。ほら。」
サーシャさんが指を指す方向に目を向けると、箒に乗った少女が魔物の直上へ到達すると、そのまま突っ込んで行く。
「マイヨーラさんの所のダイアナちゃんだな。」
「だだだダイアナちゃん大丈夫なんでしょうか!?」
「勿論。ほら、もう終わった様だ。」
一瞬目を離した隙にあっという間に巨大な魔物は、ダイアナちゃんによって倒されていた・・・
そして、少しすると衝撃波がこちらへも届く。
何これ魔女の子供つよい。
「高魔力突撃による魔素と瘴気の相殺だ。あれが一番手っ取り早い。」
手っ取り早いも何も・・・
次元が違いすぎて唖然とするしかないんですが!
「ユヴァーリの魔女領ではいつもの事だ。さあ手合わせを始めよう。」
まるで気にも止めていない様子で、木剣の数や盾の有無を聞かれ、オレが剣を一つ希望すると、何故か2つマジックストレージから取り出して渡してくれた。
「双剣が合ってる様だったから、これからの訓練ではこの形式でやって行った方が良いだろう。」
やった!アッドバーイスッ!
双剣術は学校でも最優秀ゲットしていたのでちょっとだけ自信があった。
昨日だって基本の盾持ち片手剣だったら秒殺されていただろうし。
「ありがとうございます!頑張ります!」
カツンッと木剣が良い音を立てながら、緩い打ち合いを始めると、サーシャさんが踏ん張りや溜めのタイミング等の足捌きの改善点を次々と教えてくれる。
この緩い打ち合いはフォーム確認と剣技確認なのだろう。
暫く続けると、改善された動きに身体が慣れて行く。
次第に打つ速度が速くなり、込める力も強くなって行くと、また更に改善点を挙げてもらい調整をして行く。
持ち手の返しのタイミングから細かい打撃タイミングまで。分かりやすく丁寧にその場で指摘され、どんどん上達して行く様な気がした。
「今ので大分良くなっている。矯正をした所をしっかり覚えておくといい。」
強い上に教え上手!流石オレ達のノーヴァ卿!!
「アンリはちゃんと考えてるのが良いね。
感覚にだけ任せて剣を覚えると、一定以上の先へは行けない。
帝国には意外と多いんだ。感覚型の騎士がね・・・。」
帝国騎士の皆さんは割と力任せな人が多いそうだ。
対人より対魔物戦闘が多いので仕方ない事ではあるが。
そして、高い魔力を持っている人が多く、身体強化が定番化している事も原因の一つだとサーシャさんは溜息混じりに言っていた。
しかもオレが補助的にしか身体強化をしていない事も見抜かれていて、そこに関しても指導を貰った。
通常の身体強化に比べて、オレの方は省魔力での強化になっているそうだ。
なので、今日教えてもらった身体の動きに慣れて来たら、もう少し身体強化を強めて使うと、より速さと強さを得られると教えてくれた。
グッとしてパーン!的なミスター式指導では無いのが有難い。
訓練校はそう言うタイプの教官が多かったからな・・・。
「後はそうだな・・・僕は風主力だから、姉さんに雷属性の高火力魔術を教えてもらうと良い。
大渓谷に行くなら攻撃魔術は必要だしね。」
「イリアさんも雷属性をお持ちなのですね!是非聞いてみたいと思います!」
憧れの魔導騎士であるサーシャさんに色々と教えてもらい、しっかりとお礼を言った後は、勿論エマヌエルさんの朝食準備のお手伝いだ。
稽古を付けてもらって気分が高揚したままパンケーキをモリモリ焼き、嬉しさのあまり精霊術的な物が滲み出てしまった。
一緒にお手伝いをしていたセシリアちゃんが、すかさず鑑定して、パンケーキには何故か3時間体力回復効果が付いてしまっていた事が判明した。
すまぬ・・・。
その後、皆で食卓を囲んでいると、サーシャさんがイリアさんに高火力の雷属性魔術を教えてやって欲しいと頼んでくれた。
オレからもお願いすると、快く教えてくれた。
「アレはね、雷魔力をブワーッとしてグルンとするの。
そのまま長ーい通り道をグイッと作って、操作しながらドーンと鉄弾や鉛弾を打ち出せばいいだけなのよ。
魔力操作が上手なアンリ君になら直ぐにできると思うわ。」
ミスター式指導でした。
本当にありがとうございます。
そしてサーシャさんは気不味そうに目を逸らしていた・・・。
「ママはいっぱい雷魔力あるから良いけど、私はちょっとしか無いから発動しないと思うんだよね。
せめてアンリくん位あれば、ママの魔術を私も使えるのになぁ。」
リューシャよ、この説明で解ったと言うのか・・・。
結局、日々の業務である魔物駆除の時に見せてくれるとの事で、そちらで覚える事にした。
***
今日は先ず、アレニロークの領城への報告と、カルデアへ求婚成功の報告を送る作業から始り、午後からは大魔女様と神獣様にもご挨拶に行かなくてはならない。
しかもリューシャの魔女領も既に用意されていたそうで、其方の家に行って、色々と準備を始めて欲しいと言われてしまう。
なんか忙しくない?
支店のオープン頑張ってね!みたいな雰囲気だし。
新居の準備と言えば聞こえは良いが、何しろリューシャの家だ。彼女自身大して準備などしていないらしく、オレが全て手配する事になってしまった。
幸いな事に、リューシャの魔女領であるソーラメテオールは、ここゴルトヴィーゼの直ぐ隣だそうだ。
まあ隣と言っても山を越えるが・・・。
それに、オレの従軍期間が終わるまではイリアさんの家に居続けるらしい。
報告書などを書いていると、書いた書類は配達人という前世で言う郵便のような役割を持った人に届けて貰えると言うことも知った。
帝国最北東のユヴァーリからカルデアまで2日、帝都までなら4日で届くそうで、飛行船経由だともう少し時間がかかり、距離や経由地により日数も変わって来る。
翌日配達までとは行かないが、帝国内は他国と比べて物流が発達している様に思う。
中には速達的な物はあるそうだが、余程急いで無い限り使われないと言う。
そんなこんなで書類や手紙を書き上げると、あっという間にお昼が近づいて来て、お料理タイムが始まる。
エマヌエルさんを手伝っていると、材料を見てもしやとは思ったが、やはりカレーだった!
これも今生では初めてだ。カレーっぽいスパイスソースはセストで食べたけど、これはオレ達の、あのカレーだ。
エマヌエルさんに土鍋でのご飯の炊き方を教わりつつ、ナンも焼いて行きながら、この懐かしい香りを楽しむ。
カレー粉は予め小麦粉やスパイスを炒め、油を入れ固めて、固形ルーで保存している物を使っているそうだ。
流石イチローさん抜かり無い!
エマヌエルさんを手伝う様になって解ったんだが、魔女の妻って激務じゃね?
家事全般をこなした上、研究助手や森側の魔物討伐の手伝いまである。しかもそれを苦ともせず日々仕事をこなしている訳だが・・・。
魔女達が二人以上妻を持つ理由が、分かった気がした。
恐らくエマヌエルさんは特別だ。
この業務を一人で全てをこなせる妻は他に居ないだろう。
しかも楽しんでやってる節もある。
リューシャはこの母の元で育っているのだ。
当然自身の妻へ求める能力はエマヌエルさん基準。
アドラーさんから聞いた、例のポンコツ妻二人では相当難しいのでは無いだろうか・・・。
それにしても甘口に作られたこのカレーめちゃくちゃ美味い!!
更には余ったカレーをリューシャから守り抜き、カレーパンアレンジしておやつまで作成するこの鉄壁さ!!
改めて凄い。
関心と言うより尊敬の念を抱きますよ!
***
昼食後、大魔女様の所へ行く前に魔女のお務め浄化を手伝う事になった。
実は初めての魔物討伐なので緊張が凄いが、イリアさんが例の雷魔術を見せてくれると言う。
口頭では全く分からなかったので実物を見てしっかり覚えないとな。
イチローさんも何故か一緒に来てくれると言い、ゴルトヴィーゼとソーラメテオール沿いの森へ向かう。
ここもしっかりと結界があり、魔物が溢れ出すことは無いそうだが、例外として瘴気魔物が結界外に漏れ出す事があるそうだ。
・・・朝のヤツだな。
結界内に一歩足を踏み入れるだけで、空気が全く違った。
身体に纏わりつく様な魔素と瘴気、そして・・・
懐かしい前世の世界の様な空気だった。
そこで歩みが止まり、先へ進めない。
何とか耐えようとするが、この懐かしくも重たい感覚のせいで脚が動かない。
不意に、思い出したのは前世の出来事だ。
あの日の出勤途中で出会ってしまった彼の顔。
ただ作業のように人々を次々と切りつけ刺す彼は能面の様に無表情だったが、強い怒りや怨嗟を感じた。
あれと同じものがここに満ちている。
生き残ったオレが厚労省の職員だと知れば、ちゃんと殺しておけよとsnsや掲示板に書き込まれもした。
指導監査で重箱の隅を突く様な指導をした時の医療機関の職員の顔や、監査中お前には同じ事ができるのかと言いたげな顔。事情があっても法は法。保険適用停止の措置に対する恨言や罵声もあった。
小さなイライラから大きな恨み。
ありとあらゆる生き物達の負の感情。
魔素と瘴気に混ざる、この懐かしい気配が怨嗟の塊なのだろうと言う事を知った。
そして、これが何処からやってくるのかはマズナーガ式で考えれば直ぐに気付く。
松永さんはきっとこれに気付いたのだろう。
この瘴気や怨嗟の大半は他の世界からの流入物だと言う事に。だからこそ、より正確な変換式を作れたのだろう。
この世界に何故こんな流入が起こっているのかはわからない。
でもオレ達の世界や他の世界のせいで、大渓谷から日々魔物や瘴気が溢れているのだ。何とかしなければと思うのはしょうがない事だろう。
きっとこれを知ったら帰りたいとは思えなくなるのは当然で、松永さんが帰る研究をやめた気持ちが分かる。
「そう言う、こと、だったんですね・・・」
オレがそう言うとイチローさんが頷いた。
少し哀しげな顔をしていたが、オレより先にこちらへ来てからずっと、ここで瘴気を祓い続けて来たのだろう。
ならばオレも、これを祓わなければならない。この世界の人々の誰よりも多く。
それぐらいしか贖罪方法が思い浮かばない。
大精霊さんにもらった精霊の眼は、くっきりと魔素と瘴気と怨嗟を見分けていた。
そして、動植物が息づく全ての世界で発生し、この世界に流入しているこれらを少しでも多く浄化するにはどうしたらいいのだろう、効率よく払うにはどうすべきなのだろうか。
怨嗟の反対は感謝。瘴気の反対は陽気。
吐き気を催す程の空気の中で、ひたすら考えているとリューシャが心配そうな顔をしてオレに寄り添い、手を繋いでくれた。
「私がついているから大丈夫だよアンリくん。」
彼女の言葉と温もりに酷く安堵した。
だが、彼女達にもこの流入のせいで迷惑をかけまくっている。それがどうにも気になってしまう。
「あと、あんまり気にしちゃ駄目だよ?」
「リューシャ・・・」
恐らく、ここで日々浄化している魔女達も異界からの瘴気と怨嗟の流入に気付いているのだろう。
笑顔で励ます彼女は、いつもの事だし大した仕事じゃないと言う。
それでも、そう言ってくれたとしても、どうしても罪悪感が消えない。
そうこうしていると、頭の中に幼い子供の様な声が聞こえてくる。
『ケラヴィノス、これを美味しくしてちょうだいな』
キラキラと光る花の精霊が唐突にこちらに話しかけてくる。
『さあさあケラヴィノス、さっさと美味しく育ててちょうだい』
唐突に現れてシリアスムードをぶち壊してくれた花の精霊さん。
言われた先を見ると葉っぱや花の形から、この世界ではまだお目にかかっていないイチゴの様なものだと言う事がわかる。
「アンリくん、それお花の精霊さん?」
「そう見たいなんだけど、この花の実を美味しくしろと言われてしまって。」
『ここいらを浄化するのでしょう?なら早くチカラを使ってこの子を美味しくしてちょうだい!』
ソーラメテオール側の森の精霊さんはリューシャと同じく食いしん坊なのか・・・
「わかったよ。ちょっとやってみるから待っててくれ。」
植物の品種改良はイチローさんの魔導書で少しだけ勉強したができるだろうか。
いや無理だろうこれ。
『おいしくなーれ!って魔法をかけるだけでいいのよ?何をもたついているのよ!早く早く!』
・・・おいしくなーれって・・・、精霊さんアバウトすぎるんですが。
もうしょうがない!
美味しくなーれでやってみる!
「・・・お、美味しくなーれ!!」
言葉と魔力放出と共に大量の光の粒子が溢れる。
恥ずかしい詠唱をしてしまったもんだと思いながらも前世のあの味を思い出す。
ついでに農水省主催の動物薬研修会で知り合った人達と行ったイチゴ狩りの思い出も蘇る。
いい大人がはしゃいで大量のイチゴを食べるのは楽しかったなぁ。練乳だけでなく設置されたチョコファウンテンも美味しいし楽しかった。
「アンリくん、赤い実でいっぱいになってる!」
気付くとあたり一面イチゴだらけになっていた。
そして、瘴気や怨嗟もかなり薄くなっていたので浄化は成功していたようで安心した。
ただ壊滅的に詠唱が恥ずかしい。
『ありがとうケラヴィノス。とっても美味しい果実が産まれたわ!』
精霊さんも喜んでいるようで何よりだが、キラキラの粒子が収まらない。
どうしよう止まらん、とオロオロしていると
「ふふ、それは花の精霊の実りの祝福だから安心してね。」
イリアさんが笑いながら言い、オレの頭をヨシヨシと撫でてくれた。
まるで子供扱い、と思い擽ったさがあったがとても嬉しかった。
「懐かしい苺だね、アンリ君。」
「はい、ここら辺に原種の様なものがあったみたいです。」
一度育ち切ってしまった大量の苺を収穫し、花の精霊さんが祝福を続ける場所を移動し更に奥へ進む。
ここでイリアさんが雷魔術を見せてくれるといい、杖を取り出す。
森の奥に行く程魔物が多く、出現率の低い筈の強大な魔物も多く居た。
「じゃぁ、よく見ていてね。」
イリアさんがそう言うとバリバリと雷属性の魔力を纏う。魔力力場を発生させて巨大なレールを作ると金属塊をマジックストレージから次々と取り出した。
そして大きな鉛弾を魔力で押し上げ、一気に魔物の群れに放つ。
しかも冷却不用のため、連打で撃ち込んでいく。
どう見てもレールキャノンです、本当にありがとうございました。
「やり方わかったかしら?」
「わかりました、そして発案者も分かりました。」
オレがそう言うとイチローさんの目が泳いだ。
やはりイチローさんが効率的と言って原理をイリアさんに教えたらしい。
「レールガンはロマンだろう?」
「オレは全く思いつきませんでした。」
現代兵器の技術転用か、なるほど参考になった!
「アンリくんもやってみたら?」
リューシャがそう言って大きな鉛弾を渡してきた。
軽そうに持ってきたが、めちゃくちゃ重たい・・・
「重いものを持つときは魔力で持ち上げると楽でいいよ。」
身体強化ではなく単純魔力で操作すると良いそうだ。
水流操作の様に、金属をこねる時の様にと言われて何となくコツを掴めたのでオレもイリアさんに習いながら、レールキャノンを撃ってみることにした。
「レール用の磁力の向きは・・・えっと・・・」
「そうそう、そっちは向こうに向かってぐるーっとして」
解説しながら魔力の扱いを教えてもらったがやはり感覚的指導!
相当長いレールが出来上がったのでいざ射出。
バシュンッと音を立てて鉛弾は恐ろしい速度で飛んでいき、魔物を吹き飛ばしていた。
音が凄いし衝撃波も来る。
これやっぱり音速余裕で超えてるよね・・・。
イリアさんみたいに連射はまだ出来ないが、取り敢えず扱い方は分かったので良しとしよう。
魔物を倒し続けると自然と瘴気や魔素も少なくなっていくのが分かる。そして怨嗟は瘴気に変換され魔素へと変わり広域浄化魔術で残りをどんどん浄化していく。
魔女の日常業務も結構ハードだな。しかもこれに加えて各々が研究に勤しんでいる。
イチローさんは魔法陣を使った広域浄化のサポートでさらに広範囲での魔素変換の手助けをしていた。
オレもしっかりサポートできる様に頑張ろう。
精霊術を使うと浄化率がとても高いことも分かったしな。
品種改良も覚えたし・・・
というかもっとマシな言い方は無いのかと思うが、あの言葉以外では発動しない・・・
精霊語かなんかなの?緩すぎるんだが。
ソーラメテオールやこの後行ったゴルトヴィーゼ側の森でも美味しくなーれをやってみるとまた苺でいっぱいになってしまった。
そして桃の木があったようでゴロゴロ桃が生り始めて、他の木々も幹も葉っぱもツヤッツヤになっていく。
実験的に沢山あったアボカドの種を蒔くと、温室もないのに元気に生え揃ってしまった。
しかも精霊さん達が集まってきて、アレもこれもとお願いされてしまう。
彼らが言うには、現界している精霊達のお願いを聞くのもオレの仕事らしい・・・
守護って聞いていたんですが・・・。
北の大地に見事に生えた南国の木々!
違和感すんごい!
こうして沢山浄化しつつ精霊さん達と交流しつつ今日の浄化作業を終えた。
いつもより多く浄化できたとイリアさんも喜んでいたので良かったが、リューシャは果実に大喜びしていた。
そして、イチローさんも喜んでいた。
瘴気や怨嗟に飲まれずしっかり浄化できて安心したと言っていたが、嫌なことや辛い事を思い出しやすい場所でもあるので何かあれば必ず相談する様に言われた。
今日も心配でついて来てくれたんだろう。
本当に良い人ばかりでありがたい。
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