10.名前が変わる
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「初めましてアンリ。オトフリート・ペイルヴィ・カルデアだ。遠い所、よく来てくれた。」
初対面の伯父さんには何処か親近感があり、緊張は直ぐに和らいだ。
「お初にお目にかかります。アンリ・ルフィス・レムリアです。」
伯父さんは堅苦しい挨拶はやめて茶でも飲もうと、サロンへ案内してくれた。
「テレシアに似て美しく育ったな、アンリ。」
懐かしそうに目を細める伯父さんはきっと母さんを思い出しているのだろう。
そして何故かリューシャとブランシェさんが先にサロンに来ていた。
「ノワール、弟妹達を連れておいで。」
そう伯父さんが言うと何処からともなく黒や茶色、ブランシェさんの様な白いティグリス達が集まって来た。
姉様!姉様!とブランシェさんにじゃれつく弟妹達を見て初めて知った。
ブランシェさんは雌だった。
「リューシャ様、我が甥でありこれから息子となるアンリを無事に連れて来て下さりありがとうございます。」
そう言うと侍女達が何かを運んできた。というか瓶詰めの例のクリームだった。
リューシャは嬉しそうに手早く瓶を仕舞うと、お茶と共に真っ赤なムースケーキが運ばれて来た。
添えられたクリームは照りっとしていて見るからに滑らかそうだった。
「リューシャ様から聞いているとは思うが、養子の件、本当に良いのか?」
「お気遣いありがとうございます。ですが今後は帝国とカルデアの為、微力を尽くしたいと存じます。」
もちろん受けます。米のために!
「アンリ、さっきも言ったがここはレムリアでもロムレスでもない。そんなに改まって固くならなくて良いのだ。
そういったものは皇帝陛下の御前だけで十分だからな、我々は。」
そう言って笑う伯父さんを見て改めて思った。
皇帝陛下の次に権威と権力を持っているのはカルデア大公家だった・・・と。
小国の元王子には重すぎる。いや、米のためだ、頑張ろう!
「あぁ、そうだ。オトフリートさん、アンリくんは二番のパパと同じ所から来たんだよ。
それでね、不思議な事に魂だけでこちらに流されて生まれて来たんだって。しかも記憶を保存したまま。
オトフリートさんってそう言うの詳しいよね、どう思う?」
リューシャがいきなり異世界転生を暴露してくれた。
「リューシャ!それを言うには早すぎだろ!?もっとこう親睦を深めてからじゃないと!」
オレが慌てて言うが、伯父さんはやっぱり驚いている。
急にやめてくれよ!本当に驚愕!って顔してるから!
「なな、なんと!異界の魂だと!?」
あ、これ伯父さんの目がギラギラ輝き出してる気がする。身振り手振りも大きくなりだしちゃってるよ!
「素晴らしい!魔素の少ないあの様な土地で、これほどの奇跡を成し得ようとは!
血は薄れてしまったが流石我ら“降霊の魔女アスタルテ”の子孫というところだな!
魂の取得に干渉するなど大偉業ではないか!フハハハ!」
新事実、オレも薄っすらと魔女の子孫だったー!
そしてテンション上がりっぱなしの伯父さんがカルデア家に伝わる秘術を少しだけ話してくれて、リューシャも興味深そうに聞いていた。
--体、心、魂。この三つが揃って初めて生命となる。
基本に環があり、永劫に循環する。境界を生命で無き者が跨ぐ事はなく、隔絶された内のみで循環を続ける。
無とはまやかしであり、始まり無き環のみが真実である。
「これが我が家の魔術基礎の概念だ。
もう失われてしまったが、アスタルテの秘術は死者の蘇生と言われている。
今となっては基本の降霊である下級精霊召喚ぐらいなものだがな。
因みに、ご先祖様の魔術を研究するのが私の趣味なのだよ。」
「建国記、若き皇帝を甦らせた魔女ですね!」
うっかり入れてしまったオレの合いの手に伯父さんは嬉しそうにフハハと笑った。
「アンリ、きっとテレシアがお前を授かった時、我が家の秘術を使ったのだろう。
子が健やかに育っていける様に精霊の加護を得るための召喚術だ。
テレシアによる精霊の境界への干渉か、若しくは願いを聞き入れた精霊自身による干渉か。
お前の魂を導く切っ掛けはそう言ったもので起こったのではないかな。」
「わぁい!流石オトフリートさんの考察。私もちょっと形になって来た!」
まったくわからん宣言をしていたリューシャだったが、伯父さんの言葉で閃いたようだ。
「精霊界も異界と言っていい分類だし、お腹の子供に魂が宿るのは、記憶を構成できる様になって安定してからだったよね?
テレシアさんが、魂が宿る前に召喚術を使ったら精霊の依代みたいに異界から魂を呼ぶ事が出来たんじゃないかな?
まぁ、越えられない筈の所を越える何かが向こう側にも起こってないといけないかも知れないけど。」
なんか新常識がいっぱい出てきて頭が混乱するんだが・・・それにしても二人共楽しそうだな。
「そうか、ではこの世界でも稀に居る”記憶持ち“でいう所の、死んで直ぐ。と言う条件も加わるのではないのかな。」
この世界限定の転生は稀だけどあるらしい。
ただ、向こうの世界に何かが起こってオレが死んだ訳ではないし死んで直ぐというのも分からない。前世の記憶を思い出したのが明確にいつとも言えない。多分、物心ついた頃くらいだと思う。
ただ、母さんがオレが健康に育つ様にと精霊の加護を願った、と言うところで少し涙腺に来た。
働いてばっかりだったけど、一応オレのことを大事にしてくれてたんだなぁ。
その後も考察が続いたが、大きく脱線して別の魔術の話題になっていた。
侍女さんに紅茶を淹れ直してもらい、ムースケーキを食べると、この赤色はフランボワーズだった様で、華やかな香りと酸味があった。添えられていたクリームは濃厚でミルクの風味も強く、非常に滑らかで後味さえもずっと味わいたいと思うほどの美味しさだった。
そしてケーキと一緒に味わうと更に美味しく何方をも引き立てていた。
おそらく、これがカルデアンクリームだろう。
これはボウル一杯にいけるくらい美味い!
その後、その日の内に養子縁組の届けを帝都に送り、オレの新しい名前が決まった。
アンリ・カルデア・ケラヴィノス。
新しい第334位の帝位継承者で、称号は皇子。それから叔父さん保有の子爵位が付いてきた。




