9.何故か感謝される
カルデアへの航路を担う飛行船ドライツェン号では、日が暮れてから頻繁に船員魔術師による空の広域探査が行われていた。
「このまま行くと天馬の群れと航路がぶつかりそうだな。高度を上げた方がいいかも知れん。」
少し揺れるが、出来るだけ離れるために上昇した方が良いだろうし、念のための防壁も要るだろう。
魔術師はそう考え、船首からブリッジに伝えようとすると、客室のバルコニーからティグリスの幼獣が夜空に飛び出して行くのがみえた。
「こら!危ないから戻りなさい!」
そう声をかけるが、ドラゴンも顔負けのスピードで夜空を駆けて行った。あの速度では自分の声は聞こえていないだろう。
今日は確か最上級室にカルデア大公の縁者が乗っていると聞いた。大公家ではティグリスを何頭か飼っていた筈だ。
「全く、躾がなっていないな。」
そう思っていると、急に天馬の数が減った様な気がして、天馬の魔力から位置を捉えるための探査魔術をもう一度発動する。
「・・・そうか、むしろしっかりと躾けられていると言うわけか。」
幼体の姿は主人の躾が行き届いているからだろう。
あの巨体で船に乗る事は出来ない。しかも成体のティグリスの魔力はどんどん天馬を喰らっている様だった。
「航路上の障害排除とは粋なことをして下さる。」
そして、天馬の魔力反応が全て消えるとブリッジに報告をする。
「現在進路上に障害物は有りません。」
そして、最上級室の客の計らいで天馬の駆除をしてくれたのだろうと伝える。
そして、幼体の姿になって戻ってきたティグリスを呼び止めて、偉いぞと言って撫でる。
『どういたしまして。お兄さんも見張り番頑張ってください。』
と、褒められて少し嬉しそうにしていた白いティグリスを見送った。
ーーブランシェは思う。
大好物の天馬の気配を感じて飛び出して行っただけなのに、帰ってきたら何故か船員に褒められた。
おやつを食べただけで褒められるのはちょっと気が引けたが、もしかしたら天馬達は船の邪魔になったのかも知れない。
カルデアに近いとは言えここまで天馬が縄張りを広げているのは良くない事だと思うので、カルデアに着いたら領の守護と天馬駆除の為に飼われている兄妹達を叱っておこう、と。
***
次の日の朝、朝食をとっていると昨夜ブランシェさんが進路上の天馬の群れを駆除してくれたと、お礼を言われた。
天馬食ってたんか・・・。
「カルデアは天馬が多いから昔からティグリスを飼っているよ。
飛行船の邪魔にならない様にしっかり駆除してた筈だけど、どうしたんだろうね?」
それで、カルデア大公領の紋章は虎なのかと今更ながら気付く。
伝説の魔獣が天馬駆除・・・改めて帝国凄過ぎだろう。
『しっかり仕事をしない兄妹達が恥ずかしいばかりです。』
ブランシェさんは珍しくプリプリと怒っていたが、少し毛が逆立ってよりもっふりとして可愛らしかった。
因みに天馬がカルデアに多いのは、領の上空に彼らの好物である揺草と呼ばれるクラゲに似た小さな魔物が沢山居るからだ。
オレは少し天馬に興味が湧いてきたので魔獣魔物動物図鑑でちょっと調べてみる事にした。
すると、一つの悲しい生態が明らかになった。
「ブランシェさん、昨日食べた天馬って全部牡じゃなかったですか?」
そう言うとブランシェさんは驚いた様にこちらに駆け寄ってきた。
『何故全て牡だと分かったのです!?』
オレは図鑑を指さす。
--牝への求愛に失敗し、その後も他の牝と番になれなかった牡は群れを去る。
--稀に数頭纏めて一頭の牝に求愛する事があり、その際選ばれなかった牡達は他の牝への求愛はせず徒党を組んで新天地を目指したと言われている。この現象は500年に一度あるかないかの希少な現象である。注釈、帝国各地の天馬の分布図へ。
『24頭いましたから、相当別嬪な天馬がカルデアの空にいると言う事でしょうか。
これは兄妹達が知らなくてもしょうがないですね、人の書物なんて読みませんし。』
はぐれ天馬の知識はあったらしいが、新天地を目指す牡の天馬達の話は知らなかった様だ。
それにしても不思議な習性だ。別の子に声かけてみれば良いのに。
ふと分布図に描かれている地域別の天馬の特徴とその割合を見ていると、どうやら新天地で番を得ることに成功した雄もいる様な気がした。
特にカルデアの天馬に特徴的な、光に当たると薄紫に見える鬣は他の地域でも結構な割合でいる。
ただ悲しいことにカルデアには他の地域の特徴が有る天馬はいない様だった。餌は最良だが、魔獣ティグリスの生息地に一番近いためだろうか。
各地に揺草もいればティグリス以外の天敵もいた。飛べる竜種は勿論、グリフォンもそうだ。
そして、天馬は捕まえて調教して騎乗用にする事も出来るので、結構乱獲されている。
一番の天敵は、やはり人間だな。
「カルデアの天馬は捕まえても調教できない事で有名だから、基本食料かティグリス達のご飯だね。
後は素材にする位かな。」
リューシャも図鑑を覗き込むとそう言った。
そんなこんなしている内に、遂にカルデア大公領へ入った。長閑な農村や町が点在していていたが、領都へ近づくとルラーキ男爵領の様に都会的な様相になって行った。
そしてカルデア大公領、領都パルティアに到着する。
空から見た街並みが、前世のローマ見たいな感じに見える。
物凄い大都市だろこれ。
今までオレが住んでたレムリアやロムレスと技術的にも文化的にも100年以上開きがあるんじゃないか?
飛行船は郊外の発着場へ降りると、人や荷物を降ろし始めた。
相変わらずちょっと浮いてる船。本当にこれどうなってるんだろう。
そんな事を考えつつ降りて行くと、船長さんや船員さん達にご挨拶された。そしてブランシェさんと一緒に御礼をされた。
あとリューシャは何故かお祈りを捧げられていた。
そして此処で出会った空の船乗り達は皆カッコ良かった。
制服もカッコ良くて厨二心を刺激して来るしな!
ブランシェさんと一緒に彼らに手を振りつつ発着場を後にした。
「バレるとこれだから困る。」
営業スマイルを顔に貼り付けたリューシャは言った。どうやら彼女は、このお祈りが苦手らしい。
オレ達には迎えが用意されていたが、馬車がちょっと変わっていた。
と言うか、馬が変わっていると言うか何というか。
ペルシュロンっぽくガッツリ筋肉のついた大きな馬に山羊の角の様なものが生えていた。魔獣か何かと思ってしまったがカルデアやユヴァーリでは唯の重馬、普通の馬として扱っているらしかった。
どう見ても魔獣ですからこれ!
因みに、魔獣は一定以上の魔力を持つ動物のことを言い、魔物と動物の違いは魔素により生まれたか否かだ。
そして魔素や瘴気に蝕まれた動物の魔物化と言うものもある。勿論人間も。
ルラーキ男爵領の国境門から帝国に入国する際、ゲートらしき物を通った。それが測定器で、一定以上の魔素を浴びせて耐性を測っていたそうで、具合の悪くなった者や体に不調の出た者は入国の許可が降りない。
一瞬、元貴族令嬢の新人冒険者達の姿がよぎったが、クレモナの森を走破してしまえるんだから大丈夫だろう。
そんな事を考えていると、リューシャもブランシェさんもワクワク度数がマキシマムだった。
クリームか、そうかそうか。
今まで乗ったどの馬車よりスピード出るなぁ、しかも全然揺れない。と思って外を眺めていると、パルティア城が見えて来る。
上から見ても馬鹿デカかったが、下から見上げると威圧感が凄い。何処が城門かすら分からないレベルだった。
正門と呼ばれる一際大きく荘厳な門をくぐるが、目的地はまだまだ先らしい。
オレ、ここのお家の養子になるんだね・・・
そう思ったら死ぬほど緊張して来た。
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