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「フェリシア!! ああもうなんてこと、本当にごめんなさいねフェリシア!」
「あなたがまさかそこまで思い詰めていただなんてちっとも気付かなかったの! 謝罪で済む話ではないけれど、本当にごめんなさい」
「……なにをしたのフェリシア?」
再び招待されたエイベル伯爵夫人のお茶会。前回と同じくオルコット男爵夫人も参加しており、そして今日はミッシェルもいる。友人も一緒だということでフェリシアは気楽に喜んでいた。この場に来るまでは。
到着して二人と対面した途端謝罪の嵐だ。何の事か分からずフェリシアはひたすら二人の勢いに圧倒される。ミッシェルの問いにも首を横に振るしかない。
「あの……一体どうなさったんですか?」
「あのことよ!」
「あのこと……?」
オルコット男爵夫人の言葉につい鸚鵡返しをしてしまう。するとさらに詰め寄られた。
「この間の、お茶会での話!」
この間、と考えた途端蘇る数々の記憶にボフンと顔から湯気が出る。ははーん? とミッシェルが横で楽しそうな顔をしたのが視界に入り、より一層フェリシアは羞恥に襲われた。
「主人経由で彼から手紙が来たの」
「えっ!? グレン様からですか!?」
そう、と頷くのはエイベル伯爵夫人だ。彼の夫は文官で王宮に勤めており、確かにグレンと会う機会はあるだろう。しかしそれで手紙とは。
「自分達の事で心配をかけたようで申し訳ない……けれどおかげで誤解も解けて仲を深める事ができた、って書いてあったのだけれど」
「私にも伝えて欲しいとあったから見せてもらったのよ……ええ、うん、あれは確実に【余計な茶々は入れるな】って意思が文章の端々に隠されていたわね」
「あー……はいはいそうですよねグレン様ってそんな所ありますもんね」
フェリシアが答えるより先にミッシェルが大きく頷く。
「フェリシアのことになると器がちい……独占……心配性になるから、愛されてるわねフェリシア!!」
言葉を選んでくれる友人の気遣いがありがたいやら恥ずかしいやら。フェリシアはともすれば叫びそうになるのを必死に堪える。
「それにしても、この間のお茶会でなにがあったんですか?」
あの時はミッシェルも招待されていたのだが、運悪く体調を崩した為に参加できずにいた。自分が不在の時にどんな面白いことがあったのかと、わくわくとした様子を隠そうともしない。こういう彼女の性格が妙に夫人達に気に入られ、大抵フェリシアと一緒に茶会などに誘われている。
「彼からフェリシアへの贈り物が多いという話が出たの」
「誕生日や記念日なんかじゃなくて、頻繁にですって」
「たしかに……フェリシアのドレスやアクセサリーすごく増えたし。グレン様ったらフェリシアを着飾らせるのが楽しいんだなって思ってました」
「そうなの。でもね、そこで私達が余計な事を言ってしまったのよ」
「なんです?」
「――浮気じゃないかしらって」
エイベル伯爵夫人相手でなければミッシェルは盛大に吹き出していただろう。ぐ、と唇を噛み締めてプルプルと震えている。どう見たって笑いを噛み殺しているその姿に、今更ながらにフェリシアはいたたまれなくなった。
「ぐ……グレン、様、が、浮気って……ありえな……考えられない、ですけど」
「私達だってそうは思ったわよ? でもね、万が一という事もあるでしょう?」
「それにほら、本人にその意思がなくても纏わり付く野良猫は多いじゃない」
「そうですね、それはうん、多いです」
当事者であるのにフェリシアは蚊帳の外だ。三人だけで会話がどんどん進んでいく。
「だからフェリシアにはもっと主張なさいって言ったのよ。王宮での屈指の愛妻家である騎士様の、その愛妻は自分だという主張が足りないのよフェリシアったら」
「彼も彼でフェリシアを一人占めしたがる気があるのかしらね? 夜会にもあまり参加させようとはしないでしょう? そこも馬鹿な猫達を増長させていると思うの」
参加しないのは単にフェリシアが興味を持たないからだ。貴族にとって重要な社交の場であるとは分かっているが、できれば必要最低限で済ませたい。グレンはそんなフェリシアの意思を尊重してくれているだけだ。
「まあでも、それはほら、伝説のダダ漏れ事件がありますから」
「そう! それ、それを是非この目で見たかったのよ!!」
優雅なご夫人にあるまじき姿で、エイベル伯爵夫人はテーブルに身を乗り出す。オルコット男爵夫人も悔しそうに顔を顰めてそれに続く。
「ああもうどうしてあの時その場にいなかったのかしら!」
フェリシアが二人に目を付けられた切欠、となった記憶が戻ってからすぐの夜会での出来事。思い出すだに恥ずかしくて、フェリシアはひええええと心の中で叫ぶしかない。
「誰がどう見てもフェリシアが愛しくて堪らない、って溢れ出してたのは本当にすごかったです」
しみじみとミッシェルが口にすれば、伯爵夫人はそこで改めてフェリシアを見やる。
「それほどまでに愛してくださってる方と……フェリシア! あなたったらよりにもよって離婚を考えたんですって!?」
「え!? そうなのフェリシア!」
「ちがッ、違います! 出家しようかなって思っただけで!」
「同じ事よフェリシア!」
驚いてミッシェルが隣に座るフェリシアを見る。慌ててそれを否定すれば、強い口調で男爵夫人から突っ込まれた。
「最初に浮気じゃないかと言い出した私達が悪いわよ? それについては心の底から謝罪するわ。けれどねフェリシア、だからってあなたのその一足飛びの考えはどうかと思うの」
「しかも喜々として修道院の資料を集めて見ていたんでしょう? なあに? まさか本当に、本気で修道院に駆け込みたいほど彼に酷いことをされているの?」
「とんでもないです! そんなことありえなくて」
グレンはフェリシアに酷い事など一つもしない。するのはとてつもなく恥ずかしい事だけだ。
ぶわわわわ、とフェリシアは全身を朱色に染める。直近の出来事が群を抜いて恥ずかしい事だっただけに、いつまで経っても動揺が消えない。
「うわあ……ない……ないわ、フェリシア……あれだけあなたにベタ惚れなグレン様に対して、出家って……ないわあ」
「……ほんとうに反省してるの……」
両手で顔を覆ってフェリシアは俯く。反省していますという態度と、そしてなんとなく、その後の展開を察していそうな友人に対して合わせる顔がない。
楽しいはずの茶会は、いつの間にかフェリシアに対する査問会のようになっている。
これもまた自業自得、身から出た錆だと、フェリシアはひたすら耐えるしかなかった。