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絶賛羞恥心に襲われたままでの会話は支離滅裂といっても過言ではない。フェリシアはそれでもどうにか全てを話し終えた。結果、目の前というか目の上ではグレンがガクリと項垂れている。
「ええと……グレン、様?」
見上げているのにグレンの顔が見えない。それ程までに落ち込んでいるのかと、フェリシアは恐る恐る身を起こしてグレンの頬に手を伸ばす。するとグレンはその手を掴み、自ら頬に押し当てつつ伺う様にフェリシアを見つめる。
「俺が君にした贈り物は迷惑だった?」
氷の様だった眼差しは叱られた子犬の様に震えており、フェリシアは乙女心を盛大に射貫かれた。が、今はそれに悶えている場合ではないのでなんとか耐える。悶えるよりも先にやらねばならぬ事があるのだ。
「そんなわけないです! ものっっっすごく嬉しかったですからね!!」
もう片方の手も伸ばし、グレンの顔を両手で挟んで真っ直ぐに視線を合わせる。
「本当に嬉しくて私もなにかお礼っていうか、贈り物をしたくて、でもなにを贈ったらいいか分からなくて」
「俺はフェリシアがずっと傍にいてくれたらそれだけで充分だよ」
「わ……私だってそうですよ! 今のままでもものすごく幸せだし嬉しいのに、グレン様はさらに私を嬉しくさせてくださるから……だから、お二人に相談してみたら」
「俺が浮気をしているんじゃないかという話になったわけだ」
そうです、と今度はフェリシアが項垂れた。こうやって改めて、しかも本人に話をするととんでもなく失礼である。愛情を伝えてくれていたのに、事もあろうに不貞を疑うなど。むしろこのせいで離婚を突きつけられても仕方がないのではなかろうか。
ごめんなさい、と弱々しい声なれどもフェリシアは謝罪を口にする。そんなフェリシアにグレンは額をコツンとぶつけてきた。
「でも本気で俺が浮気をしたと思ったわけではないんだろう?」
「グレン様は浮気なんてなさらないですもん」
「その信頼があったならまあ……一つ目はこれで手打ちにしよう」
「……怒ってないです?」
「これに関しては怒ってない」
よかった、とフェリシアは安堵の溜め息と共にようやく笑みを浮かべる。えへへ、と気の抜けた笑顔のまま、グレンに触れていた両手を引き寄せようと動かすが、しかし何故かグレンの両手も一緒に付いてくる。掴まれたままの状態におや? とフェリシアは内心で首を傾げた。
今し方の会話を思い返してみるが、怒っていないのならばこの手は離してくれてもいいのではなかろうか。別に掴まれたままなのが嫌だというわけではないけれど、なんだかとても不穏な気配を感じる。とても感じる。非常に感じるというかこれはまだ窮地を抜け出せていないのか。むしろさらに追い込まれているのでは、となった所で気が付いた。
一つ目は、と彼は言った。これに関しては、とも。
と言うことは、つまりはまだ問題は残っていて、そしてそちらはまだ怒り心頭のまま。下手をすれば怒りの度合いはより一層強いのではなかろうか。
浮かべていた笑顔が段々とぎこちないものに変わっていく。その変化にグレンは笑みを深めた。そして瞳にはまたしても凍てつく様な冷たさが宿る。
「……浮気はなさらないと信じてますよ?」
「君以外の女性に惹かれた時は、まず離婚してから新しい相手の元へ行くと思っているんだもんな? 確かにそれだと浮気にはならない」
少しずつ慣れてきたとはいえ、それでも至近距離でくらう美形の凄み笑いは恐ろしい。ましてや非はこちらにあるのだから余計に怖い。
「フェリシア」
「グレン様ごめんなさい心の底から反省しています本当にごめんなさい!」
「俺は君以外の女性を愛する事はない。とはいえ、人に心がある以上絶対ないとは言い切れないのもあるから、それで君が不安になるのは当然だ。俺だって、いつか君の気持ちが他の男に向くんじゃないかと思うと胸を掻き毟りたくなる」
「それはないです! だってグレン様より素敵な人なんて他にいませんからね!? グレン様どれだけご自分が魅力的で最高かあまりにも分かってない!」
「全く同じ言葉を返すよフェリシア。君より魅力的で素敵な女性は他にいない」
「贔屓目が過ぎやしませんか……!」
「少なくとも俺にとってはそうなんだ。君のことが愛しくて堪らないのに、どれだけ頭を捻ってもこの気持ちを伝えきるだけの言葉が浮かばない。だからこそ、できる限りの事は尽くそうと思ってこれまで君に接してきたつもりなんだが」
向けられる言葉はどこまでも甘いのに、飛んでくる眼差しと掴んだままの両手がそれだけではないと伝えてくる。おのずと逃げ腰になるフェリシアを、させるものかとグレンが容赦なく追い込む。
「俺の完全な力不足を痛感したよ」
「全くそのようなことは微塵もなく……!」
「いやいや、だって君は仮に、ありえないけど、絶対にないけど、俺が心変わりをして離婚を求めたとして」
「三段階の突っ込みつらいですグレン様!」
「それを回避するための話し合いをするでもなく、あっさり受け入れてさっさと出家する道を選ぶんだろう? つまりは君にとって俺は所詮その程度の存在だと言うわけだ」
「そんなことはありませんってば!!」
「だからフェリシア」
「グレン様今過去最高にこわいですその笑顔ほんとこわいんですけど!」
「今からしっかり、何度でも、君が分かるまで教えるよ――俺がどれだけ君を愛しているか」
これはいつぞやの再来、とフェリシアは声なき声で叫ぶ。それに対しグレンも声には出さずに答える。正解、であると。
一度起き上がったはずが再びベッドに押し倒され、両手はひとつに纏めて頭の上でグレンの右手だけで拘束されてしまう。腰の上には馬乗り状態で彼がおり、あっと言う間にフェリシアの身体の自由は奪われてしまった。
「あの、ほんと、グレン様、あのですね」
「大丈夫だフェリシア、痛いことや怖いことはしないから」
「だから今が一番怖いんですってば!」
「君が気持ちいいことと、ものすごく恥ずかしいことをするだけだ」
「無理ですー!!」
お慈悲を、とフェリシアは本気の涙目で訴えるが、蕩ける様な笑顔を浮かべたグレンに一蹴されてしまう。
「これに関しては自業自得だな、フェリシア」
まさにそれ、とフェリシアもそう思うが、だからといってそれを受け止める覚悟も心の準備も何一つできていない。けれどグレンは引くわけでも手加減をするわけでもなく、宣言通り行動に移り、フェリシアは嫌と言うほどに分からせられた。