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「――おれに依存するようになったらいいのになって」


 できたての野菜たっぷりのスープは美味しそうで、そしてジュリアはまさにそのスープを口にしようとしていた。その寸前で、テーブルの向かいに座り、ニコニコとした笑みを浮かべて頬杖を突いている男がそうのたまった。


「人が食事をしている時に不穏なことを言うのやめてもらえる?」

「えーだってジュリア最近忙しいじゃん。だから少しでも機会があるなら会話したいし」


 だったらなぜその会話の中でこんな不穏の極みの様な言葉が出てくるのだろうか。そもそも会話の流れからここに辿り着くのがおかしい。


「どうして……」

「ん?」

「どうして、私が我が儘を言わない、という話から依存云々って話になるの」

「そうそれ、それだよジュリア。ジュリアってば全然おれにワガママ言ってくれないのが寂しいなあと」

「言える相手はちゃんと見極めないと」

「それはまるでおれには言えないみたいに聞こえるんだけど」

「そう聞こえなかったのなら一度医者に行くと良いわ」


 うわあひでえ、とルイスはケラケラと笑うが、ジュリアにとっては笑い事ではない。どうしてそんな危険をみすみす犯す様な真似をしなければならないのか。


「理解できないわね」

「突然の暴言でしかないけどなにを言おうとしてなのかは理解した」


 おれってそんなに信用ない? とルイスはほんの少しだけ寂しさを含んだ様な笑みを浮かべる。そういう所が信用できないのよ、とジュリアは目だけで答えた。


「ジュリアのおれへの理解度が高い……やっぱりおれたち相性がいいね! 通じあってる!!」

「あなたがそう思うならそうなんでしょうね」

「言葉だけなら同意に聞こえるのに、ジュリアが言うと丸っと全部どうでもいいから適当に返してる感じがする」

「余す事なく通じていて何よりよ」


 ほんとひでえ、とこれまた楽しそうにルイスは笑う。悪意であれなんであれ、ジュリアの意識が自分に向いているという事だけで嬉しいのだと何度となく口にしているが、どうやらそれに嘘はないらしい。ありがた迷惑もいいところだ。


「ジュリアはさ、おれにわがままを言ってそれを叶えられたら、その分の見返りを要求されると思ってるんだろ?」


 それ以外になにが、とジュリアはスープを飲みながらルイスを見る。やれやれ、と軽く肩を竦めるその態度がやたらめったら気に入らない。


「ソコのところはまだまだだなあ。おれがそんな見返りなんて求めると思う? おれはただ純粋に、ジュリアに嫌われたくないからひたすらわがままを叶えていくよ」

「あ、なるほど」


 つまりはジュリアの想像以上の展開を望んでいるのだと、ようやくここで思い至る。


「流石、真に頭のイカレた人は違うわね?」

「話聞く前からその評価ってジュリアこそ流石だね? おれのことなんだと思ってんの」

「だから、頭のイカレた人でしょう」

「おれ君の婚約者なんだけど!」

「はいはいそうねそうだったわねなんならあなたに対して初の我が儘を言ってもいいかしら」

「却下」

「まだ言ってないわ」

「ジュリアってばわりと我慢したり自分の欲を後回しにするだろ? だからおれはさ、そんな我慢ばっかしてるジュリアの我が儘を叶えたいだけなんだよ。おれにだけは、遠慮なく甘えて、そして」


 露骨に話題を逸らして、そこでルイスは一旦言葉を句切る。愛しさをふんだんに含んだ眼差しをジュリアに向け、蕩けるような笑顔を浮かべた。


「おれに言えばなんでも我が儘が叶うって思う様になって、それで人として駄目になって、おれに依存しまくっておれなしでは生きていけなくなったらいいのに!」

「一瞬でもあなたの話を真面目に聞こうと思った私が馬鹿だったわ」


 最低、と全身全霊の侮蔑の視線を向ければ、だからそれはキツいからやめてってば! とルイスは両手で顔を覆ってテーブルに突っ伏した。しかし顔を隠す瞬間、ルイスの口元が嬉しそうに弧を描いていたのをジュリアは見逃さなかった。

 侮蔑の眼差しすらも自分の婚約者にとってはご褒美であるらしい。やはりどうにかして唯一の我が儘を叶えられないものだろうかと、この時ばかりは本気でジュリアはそう思った。






 ふと蘇った己と婚約者との会話にジュリアが頭を痛めていると、そこにフレドリックの言葉が重なった。


「オリアーナの心の赴くままに、我慢などせずに自由にいてほしいなと、そう思うんだ」


 あ、よかったこの方はまだアレ程酷くはなっていない、などとこの場において最高に不謹慎な思いをジュリアが抱いてしまったのは致し方ない。

 全身で安堵の息を吐くジュリアを横目で確認したグレンは、ここまでの会話の流れがフレドリックのあちらの方向への進み具合の判断の一つになっていたのだなと今さらながらに知る。それでもどうにかクリアしたらしい事をジュリアの様子から察し、こちらもそっと息を吐いた。


「オリアーナはずっと家のため、家族の為と我慢して生きてきただろう? だからせめて、私の前でだけはささやかな我が儘でもいいから言ってほしいだけなんだ……」


 ああこの王子が根っからの善人で本当によかった! ジュリアはそう天を仰いだ、心の中で。


「だから、別に、オリアーナに国が傾く程の我が儘を言ってほしいとかそういうわけではないからな! お前達は私に対して少し偏見が過ぎやしないか?」


 そこに関してはグレンもジュリアも沈黙を貫くしかない。本人以外の全ての人間が、フレドリックに対して紙一重の危うさを感じているのだと、どうして口にできようか。


「それにだな、そもそもそんな心配が杞憂なんだ」


 フフン、とどこか誇らしげなフレドリックの態度にあ、これまた別の意味で面倒くさいやつ、とグレンとジュリアは身構える。


「どんな事でもいいから我が儘を言ってくれと頼んだ私に、オリアーナはなんと答えたと思う?」

「人に叶えて貰わなければならないような願いはありません、ですか?」


 そう喉元まで出かかった言葉をグレンは腹に力を込めて飲み込んだ。


「いちいちそういった事を口にされるとは、随分と面倒くさいですね王子、などと?」


 ジュリアは唇を横一文字に結び、思考が外に漏れない様に懸命に耐えた。そうした二人の努力の甲斐あって、フレドリックの気分を害する事なく話は進む。


「――そうやって我が儘を口にしてしまえば、その事に甘えてしまっていつか自分が駄目な人間になってしまう、そんな気がするので駄目です、とそう言ったんだよ!」


 キラキラと目映い笑顔を浮かべてフレドリックは二人を見た。その視線を受けて二人はどうにか同時に首を縦に動かす。フレドリックはひとまず置いておくとして、オリアーナのその答えは確かに見事だと思う。


「そういう自制心を取り払って欲しいと思うけれど、しかしだからこそのオリアーナだとも思うわけだ……ああ、やはりオリアーナは素敵だ……素晴らしい……!」


 フレドリックは最早泣きそうな勢いだ。もしかしたら薄らと涙くらい浮かべているかもしれない。

 己の婚約者の素晴らしさに感動に震えるフレドリックをどこか遠い目で見つめつつ、どうかあの方が呆れ果てて離れていく事がありませんようにと、そう切に願うグレンとジュリアだった。




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