かんきん
短編の「護衛の騎士とお付きの侍女は〜」(https://ncode.syosetu.com/n1849ha/)を前提としてます。未読でも分かる様に書いているつもりですが分かり辛かったらすみません。
「もし俺が監禁したいと言ったらどうする?」
物騒極まりない発言はこの屋敷の主人からのもので、それを受けて答えたのはその奥方である。
「え――条件によります?」
よるのかよ! との突っ込みをカーティスはわりと必死に飲み込んだ。
突然の暴投、はこれまでフェリシアの専売に近かったはずだが、どうやら仲睦まじい夫婦は似てくるのか、え? こんなとこまで? とカーティスは冷静な顔をどうにか保ったまま周囲を見渡す。
久々の夫婦揃ってゆったり過ごすティータイム。楽しそうに二人にお茶の準備をしていたマリアもポリーも固まっている。それはそうだろう、普段から真面目が服を着て歩いているようなグレンから、まさかそんな言葉が出てくるだなんて思いもしない。
「かんきん……?」
あ、子ウサギは分かってないな、と小首を傾げるポリーを見てさてどうしたものかとカーティスは考える。考える、が、静かながらにも混乱の極みに近い現状、手をつけるにはいささか面倒くさいというかぶっちゃけ本当に面倒くさい。なので元凶がどうにかするだろうと放置を決めた。実際元凶であるグレンは「すまない、ちょっと、今のは」としどろもどろになりながら言い訳をしている。自分でも何を口にしているのかと後悔真っ最中なのだろう。
「ええと……そう言う話題が、出たもので……」
誰から、とは口にしないが、それだけでポリー以外の人間は理解する。グレンが仕える第二王子・フレドリックから飛び出たに違いない。
フレドリックの為人は温和で公明正大、真面目でありつつ融通も利き、民衆からの人気も高い。気軽に伯爵家に訪れるのは心臓に悪いけれど、使用人であるカーティス達にも気さくに接してくれる御仁だ。そんな彼が一人の令嬢に恋をして、猛烈なアタックの後見事婚約者として迎え入れたのは有名な話。
そしてその頃からフレドリックの言動がちょっとこう、となったのはごく一部しか知らない話だ。
いかに妻とは言え詳しくは口にできない。が、自分だけで抑えておくには難しい。そんな葛藤からポロリとグレンは愚痴として零してしまったのが冒頭の言葉だ。
フェリシアもそれらを察したのか「あー……」とだけ呟いて、ひとまず目の前の淹れてもらったばかりの紅茶に手を伸ばす。グレンも同じくティーカップを手にし、喉の渇きを潤した。
「――フェリシア様をお金に換えるんですか!?」
ひとまず落ち着きを取り戻した矢先、今度はポリーが豪速球を投げ付ける。グレンもフェリシアも運良くティーカップをテーブルに戻した直後だったので、不様に吹き出したり落としたりする事はなかったが、それでも二人ともグッ、と息を飲み込んだ。
「ええと、ポリー?」
「いや、違うんだポリー」
「だって! グレン様今そう仰って!」
かんきん、と聞いてポリーはずっと考えていたが、彼女の語彙の中に「監禁」の文字はまだ登録されていなかった。なので懸命に考えて考えて導き出した答えが即ち
「換金、じゃないから」
カーティスは軽く頭痛がするのを堪えつつそう訂正を入れるが、当然ポリーはそれで納得はしない。
「違うんですか? それじゃあ」
なんなんですか? と続くポリーの問いを、隣に立つマリアがその口に飴玉を放り込んで黙らせる。流石、とカーティスが小さく拍手を送ればマリアも軽く頷いた。
「フェリシア、俺はまかり間違っても君を金に換えたりはしないからな!」
「わ、わかってますよ! あれですよね今のはこうどこかに閉じ込めたりする方のかんきん、ですよね!」
そう、と力強くグレンは頷き、そしてそこでようやく気付く。
「条件による――?」
ほぼほぼノーモーションからのグレンの暴投であったのに、フェリシアはそれを「条件によります」と打ち返していた。
「……よるのか?」
まあそう突っ込むよな、とカーティスは改めて頷く。自分も真っ先にそう思った。
問うた側でありながら、驚きに目を丸くするグレンに対しフェリシアは少しばかり恥ずかしそうに視線を彷徨わせる。これまた迂闊な発言をしてしまったと後悔しているのだろう。そこで終わればいいだろうに、そのまま話を続けるのがフェリシアである。
「一人で閉じ込められてるのはさすがに嫌ですけど、グレン様が一緒にいてくれるならいいかなって」
おっとこれは、とカーティスはチラリと主人を見る。予想通りグレンは耳まで赤く染めて固まっており、これで氷の騎士とか呼ばれているのは嘘だろうとカーティスは苦笑するしかない。
「あ、別に深い意味とかなくてですね! ほら、グレン様いっつも忙しいしなかなかお休みも取れないし屋敷にも帰ってこなかったりする日もあるから、私が監禁されてる時にグレン様も一緒だったらゆっくりお休みできるかなと!」
どう言い募った所でグレンに対する愛情しか感じられない。真っ赤になりつつ身振り手振りで説明するフェリシアと、同じく赤くなった顔をこちらは手で隠しつつ黙って聞いているグレン。とんだ夫婦の惚気を聞かされている我が身が辛い、とカーティスはぼんやり視線を外に向ける。天気が良い。このまま散歩か昼寝でもできたらなあ、と現実逃避が進む中、仲睦まじい夫婦のズレた会話は続いていく。
「……俺が、フェリシアを、監禁するとしたら?」
「え……えええ……やっぱり一緒にいてほしいですけど、でもグレン様が監禁するんですよね? 毎日ちゃんと会いに来てくれて、あ、あとお話もしてほしいです! それだったらいいかなあ……でもそれ以外は一人だと退屈?」
「じゃあ私がその間はご一緒します!」
一通り飴玉を舐め終わったのだろう、ポリーが元気に会話に交じる。
「お掃除とか、食事の準備とかしてる時は無理ですけど、そうじゃない時はずっとフェリシア様とかんきんされてます!」
「本当!? ポリーが一緒にいてくれるなら楽しく過ごせるわね」
「そうだ、私がいない間はマリアさんがいてくれますよ! 私とマリアさんでお仕事交互にすれば大丈夫! そうしたらフェリシア様一人で退屈なんてしないし」
ね、マリアさん! とポリーの有無を言わせぬ笑顔がマリアに飛ぶ。マリアはただただ静かに微笑みでそれを流した。見事な大人の対応である。
「ミッシェル様もお呼びしたらいいかもですね。私精一杯おもてなしします」
それはもう監禁とは言わないのではなかろうか。
そんな突っ込みがカーティスとマリア、そして元凶であるグレンの三人それぞれの中で吹き荒れるが、とても楽しそうにキャッキャとしてるフェリシアとポリーを前に霧散する。
すっかり毒気を抜かれたグレンがその光景を微笑ましく眺めているのを目にし、カーティスは小さく息を吐いた。
大元はフレドリックの危うい発言であるし、それを受けてのグレンの愚痴でしかないわけであるが。
――グレン様も似ておいでになるからな……
温和で公明正大で真面目で融通も利く、という点はグレンも同じだ。似ているのだあの主従は。
――これ絶対グレン様もフェリシア様に対してもう少し拗らせてたらああなってただろ
その瀬戸際で例の記憶喪失の大騒ぎが起きたのだ。本当に運が良かったと思う。自分の主人が、そして乳兄弟が、道を踏み外す前で。
チラリと視線を動かせばマリアと目が合う。これからも屋敷の平和が保たれるよう、よく分からないけどとりあえず頑張ろうな! そう無言で固く誓い合った。