わがまま・1
今年の冬は例年と比べても随分と寒かった。しかしその寒さもようやく和らぎ始め、これからようやく暖かい季節となっていく。
第二王子のフレドリックとその婚約者であるオリアーナの結婚式もちょうどその頃だ。で、あるからして、現在その準備だなんだで忙しい日々が続いている。一般人の式ですら何かと大変なのだから、それが王族ともなれば一体どれ程のものなのか。自分の時はどうだっただろうかと、ようやく一息入れつつグレンはふとそんな事を考えた、のがまずかったのか。
「……二人とも少し私の話を聞いてくれるだろうか」
あ、始まった、とグレンとジュリアは同時にそう思った。
「可能なら聞きたくはないですが、それでも貴方の相手をするのが我々の仕事ですからね。まあ、お聞きしましょう」
「義務感にかられなければ聞く気がないとは酷くないか?」
ジュリアの淹れた紅茶を飲みながらフレドリックはグレンの冷たい言葉に不満の意を表す。王族に対するには不遜すぎる態度であるし、そもそも話を聞く前からこういう態度でいるのは人としてどうかと思う。けれど、そうならざるをえないこれまでの経験である。相手がフレドリックでなければジュリアも聞く気はゼロだ。逆らえない宮仕えの身が辛い。
「ほら、なんですか話って」
「お前は本当に私に対してもう少し礼を尽くしてもいいと思うんだが」
「尽くす礼があればですね」
「ジュリアどう思う? ひどくないかこれ?」
「で、お話とはなんですか?」
フレドリックはジュリアを味方に引き込もうとするが全力で壁を立てられた。私の従者が冷たい、とブツブツと呟きつつ、けれどもまあ話を聞いて欲しいわけだからと悩みを打ち明ける。
「オリアーナが我が儘を言ってくれないんだ」
「良い事ではありませんか」
ジュリアは即答する。
「王妃の我が儘に振り回されて、危うく国を傾かせそうになった話も過去にはあるでしょう。オリアーナ様がそうでないというのなら、喜びこそすれそうやって愚痴の様に言う必要はないのでは?」
グレンは一気にまくし立てた。二人ともさっさとこの会話を終わらせたい意思に満ち溢れている。
「たしかにそうなんだ。そうなんだけれど」
しかしフレドリックはそんな二人の考えなど気付くはずもない。どれだけくだらないと思われようと、彼自身にしてみれば本気の悩みなのだ。
「……グレンはどうなんだ?」
うわこっちに来た、とグレンの身体が一瞬ビクリと揺れる。お気の毒様、とジュリアは心の底から同情した。
「どう……とは?」
「お前のフェリシアだって我が儘は言わないんじゃないか?」
「そうですね。俺のフェリシアもそういった事は言わないです」
ある種からかいを含んだフレドリックの「お前の」という言葉に対し、グレンは眉一つ動かさず「俺の」と付けて返事をする。そのやり取りにジュリアは今し方の同情とは違う視線と感情をグレンへ向けた。冷静沈着で氷の騎士の異名を持っていたはずの彼も、すっかり王宮でも一・二を争う愛妻家へと変貌したものだ。別にそれはいい。それはいいのだが、その海より深く山より高い奥様への愛情をこうも表に出されるのは正直辛い。辛い、と言うか、いたたまれない気持ちになるので出来れば止めて欲しい。真顔で、さらには即答で惚気るのを真横で聞かされるこちらの身にもなって欲しいものだ。
「お前はそれでいいのか?」
「なにがです?」
「フェリシアに我が儘を言って欲しいとは思わないかと訊いているんだ」
「……はあ?」
あっぶな、とジュリアはそっと胸をなで下ろす。フレドリックの言わんとする事をジュリアは察した。しかしグレンはよくわからなかったらしい。怪訝な顔をしているその様子に、まだ彼はそちら――フレドリックや、それこそだいぶアレな人間の筆頭である自分の婚約者と同じ域には辿り着いていないのだと知る。
「我が儘を言ってくれるということは、それだけ甘えてくれているという事でもあるわけだろう?」
「別に甘えてくる方法はそれだけではないのでは?」
「そうだけど! そうじゃなくてだな! つまりはアレだよグレン」
「我が儘を叶えてやる俺ってば格好いい、と?」
「ち、が、う! お前の解釈には悪意が満ちている気がするんだが!?」
流石にフレドリックも怒りを露わにする。しかしグレンはどこ吹く風だ。長年の付き合いって強い、とジュリアは場違いながらに感心してしまう。
「甘えてくれるというのも勿論だが、それと同じくらい――」