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「じっくり詳しく聞かせてもらおうかフェリシア」
「グレン様寝ましょう! もうお休みの時間ですよ寝なきゃ!!」
いやあああ、とフェリシアはどうにか逃げようと必死だが、グレンとしても逃がせるわけがないのでかなり本気で身柄を拘束する。あっと言う間に動きを封じられ、フェリシアはシーツの上に縫い止められた。
「ああああなんだかいつもの光景……!」
「君の口を割らせるには一番効果的ではあるな」
そのままグレンはフェリシアの身体を潰さない様に注意しつつも、容赦なく自分の身体を使ってのし掛かる。
額に一つ、瞼、目尻、頬、と触れるだけの口付けを落としつつ、ゆっくりと耳朶を辿り、首筋へと唇を寄せた。ビクリ、とフェリシアの肩が跳ね、そして少し強めの声が寝室に響いた。
「だめですグレン様」
それは彼女からの珍しくもはっきりとした拒絶の声。それを聞いて今度はグレンの肩が跳ねた。
「フェリシア……」
本格的に抱くつもりはグレンにも無い。朝になればまた護衛の為に城に戻らねばならないし、彼女を渇望して止まない現状では一度では済まないはずだ。二度三度と求めてしまうには、すでに時間が遅すぎる。無理をして付き合わせてはフェリシアの負担が大きい。
けれど、だからこそ、その分少しの触れ合いぐらいは許して欲しかった。
「すまない――寝ようか」
しかしそれもこれも全てグレンの独り善がりでもある。押し付けるなんて論外であるし、そもそもそんな事はしたくない。我ながら本当にどこまでも情けがないものだと、一人猛省しているとフェリシアが「えい」と小さく呟いて身体を動かした。
グレンの気が逸れていたのと、ただの偶然の産物であろう。フェリシアは見事グレンの身体をひっくり返して押し倒す事に成功する。まさかの事態に驚きに目を丸くしてしまうグレンの瞳に、なにやら必死の形相のフェリシアの姿が映る。
「その、ですよ……グレン様はあの、今はずっとお忙しいじゃないですか」
「ああ、そうだ。そのせいで随分と君に寂しい思いをさせている」
「それはグレン様のお仕事だから当然なんです。グレン様がいなくて寂しいって思えるのも、グレン様のつ……つ、ま、の特権だから私は嬉し、い……んです、って思ってます!」
ぶわわわ、とフェリシアの顔どころか首筋まで朱色に染まっていく。グレン自身も、身体中の血液が顔に集まってくるのを感じた。
「グレン様を朝お見送りして、夜にお迎えするのだって私の大切な仕事ですし、それ以上に楽しみなんです」
だからこそ、今日は事前に帰宅の予定を告げられていたから、なんとしても起きて待っていたかったというのに。
「すっかり寝てしまっていました……」
「……俺の真似をポリーとしながら?」
押し倒されたままグレンは手を伸ばす。フェリシアの頬に触れ、落ちてきた髪をそっと耳元へと掛けてやる。そうすればより一層はっきりと彼女の顔が目に映り、自然と笑みが零れた。
「その話を蒸し返します……?」
「そうだな、気にはなるけど、今は流してもいい」
なにしろそれ以上に嬉しい言葉を聞かされているのだから、ここは大人しく引くのが吉だろう。
「俺もフェリシアに見送られて、そして出迎えてもらえるのが何よりも嬉しいよ」
それが許される関係を結ぶ事ができた幸運は何物にも代え難い。
「今日はお迎えできなくてごめんなさい」
「君が待ってくれている時間に帰宅できなくてすまない」
「ぅ……ぁ、あの、ですねグレン様」
「うん、なんだろうフェリシア」
「……わた、しだって、その……グレン様にたくさんさわ……って、ほしいですよ私だって触りたいし! でも今日はだめです少しでもお休みして欲しいんですそういうことはグレン様のお仕事が落ち着いてからたくさんしましょう!!」
随分とぼかした言葉だらけではあるけれど、つまりは彼女もグレンとそうなる事を望んでいるわけで、けして拒絶しているわけではないらしい。真っ赤になった顔がこれ以上はないほどに赤くなっているのがその証拠だ。
「だから今日はもうおやすみなさいです! 寝ましょうグレン様!!」
フェリシアはグレンの身体から降りると横に転がった。そのまま背中を向けて小さく丸くなる。その様子に笑いが込み上がるが、グレンはそれをひとまず治めてフェリシアの肩に手を伸ばす。
「フェリシア」
「……なんでしょう……」
「本体はいらない?」
本体? とフェリシアは首だけで振り返る。そんな彼女にグレンは軽く両手を広げてみせた。意図が伝わったのか、またしてもフェリシアは顔を赤くするが、ややあって身体をグレンの方へ向けるとおずおずと近付いてきた。
「いります……」
グレンの胸元に額を寄せ、ぎゅ、と背中に手を回してくる。その可愛らしさにグレンは一瞬息を詰めるが、息を吐きながら彼女の身体を抱き締めた。
「おやすみフェリシア」
「はい、グレン様もおやすみなさい」
互いに温もりを感じながら、緩やかに眠りに落ちていった。




