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「……え?」


 しかしその音がフェリシアの目を完全に醒まさせる。驚きに大きく目を見開くその様子に、グレンはまるで何事もないように微笑んだ。


「改めておはよう、フェリシア。せっかく寝ていたのにすまない」

「グレン様……? え……ええっ!?」


 まさか夜這いされかけていたとは夢にも思っていないだろうフェリシアは、ただただグレンが目の前にいるという事実に驚いて跳ね起きる。

 本当にすまない、とグレンは盛大に詫びた。もちろん心の中で。流石にこう、正直に口にする度胸は無い。


「あああああ私いつの間に寝て……!」


 ごめんなさい、とこちらは素直に謝罪を口にするフェリシアである。良心が苛まれるが、それもどうにか耐えてグレンはフェリシアの髪を優しく撫でる。軽く跳ねた毛先までもが可愛く思えるのだから中々に末期だと、グレンは自然と口元を緩めた。


「いや、本当に俺の方こそすまない。寝ている君を起こすつもりはなかったんだが……つい」

「つい?」


 コテン、と首を傾げて鸚鵡返しをしてくるフェリシアには答えず、グレンはますます笑みを深める。


「グレン様?」

「いつも遅くまで起きて待ってくれているんだろう?」


 待たなくていいと言ってはいても、ギリギリまでフェリシアは起きて帰りを待っているのだとカーティスから聞いている。グレンの睡眠が足りない様に、フェリシアだって足りていないのだ。


「あまり睡眠不足が続くと身体に良くない」

「……それはグレン様も同じじゃないですか」

「俺は慣れているから」


 最悪一時間でも眠る事ができればある程度の回復はできる。それが何ヶ月も続くのは流石にキツいものがあるが、それでもこなしてきたのだ、これまでは。


「だめですよ! 睡眠不足は早死にのもとなのに! グレン様にはずっと長生きしてもらわないと困ります!!」


 ポスポスとフェリシアはベッドを叩く。ん? とグレンは軽く片眉を上げた。すると焦れたのかフェリシアは強硬手段に出る。グレンの腕を掴むとそのまま勢いよくベッドの中央、自分の元へと引き寄せた。 

 もつれる様に共にシーツに沈む。まるでグレンが押し倒したかの如く、な体勢なのは完全なる不可抗力だ。これは俺は悪くはないだろう、とグレンの脳裏にそんなくだらない言い訳が浮かぶ。


「ほら、グレン様こっちです。ここにどうぞ!」


 グレンの身体の下でフェリシアはもぞもぞと動き横にずれる。ここに寝てください、と言わんばかりにまたシーツを軽く叩きながらグレンを誘う、その姿だけでも可愛いと言うのに。

「ここなら私とポリーが寝ていたから暖かいですよ!」


 さらには渾身の自慢顔である。可愛いがすぎる、とグレンは倒れる様にその場に沈んだ。


「おやすみなさいグレン様」


 横になったグレンの身体に今度はフェリシアがシーツを掛ける。と、その手をグレンはそっと掴む。え、と軽く驚くフェリシアに対し、我ながら未練がすぎるなとグレンは苦笑を浮かべつつ、それでもせっかくの彼女との一時なのだからとなりふり構わずすがりつく。スルリと指を絡めると、暗闇の中でもフェリシアの頬に赤みが差したのが分かった。


「フェリシアはもう寝る? 眠い?」

「いえ……今起きたばかりなのでわりと元気ですけど……」

「じゃあ少しだけ話をしないか?」


 フェリシアは言葉を詰まらせる。話はしたいが、しかしグレンの睡眠を優先せねば、との欲と理性が葛藤しているのだろう。そこに、最早欲しか残っていないグレンが後押しをする。


「ここしばらくはろくに会話もできなかっただろう? 君が足りなくてどうにかなりそうなんだ。せめて、少しでもいいから話がしたい」


 年下の妻のいじらしい気遣いを、年上の夫が蹴散らしていく。我ながら拗らせ方が酷いものだと笑うしかないけれど、優しい彼女は頬を赤く染めたまま小さく頷いてくれた。


「じゃ……じゃあ、あの、眠くなるまで、一緒にお喋りしましょうね」


 照れ笑いのままフェリシアもシーツを肩まで引き上げた。かと思いきや、それはまさかのグレンのシャツで。


「――あ」

「ん?」

「あ……あああああッ!!」


 フェリシアはまるでバネ仕掛けの人形の如く跳ね起きた。ベッドの上にペタリと座りこんだまま、掴んでいたシャツを背中に隠しプルプルと震えながら首を何度も横に振る。


「フェリシア」

「ちがっ、く、て、……その、これは、ちが、わないけど! でもちがうんですったら!」


 じんわりと両目に涙まで浮かばせてフェリシアは「ちがわないけどちがうんです」とひたすら繰り返す。これは確実に話がしたい、の中身がズレ、且つ、眠気が四方八方へ散らばっていくのをグレンはひしひしと感じた。

 それでも彼女としばし賑やかな一時が過ごせる、という事実に胸が躍るのだから末期である。

 小動物の様に震えながらも、こちらの色んなアレコレソレをゴリゴリに削ってきたり揺さぶってきたりする彼女だ。これからどんな会話が飛び出すのか楽しみで仕方がない。




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