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「……フェリシア」

「ッ! なんですかグレン様?」

「フェリシア」

「はい」

「フェリシアー」


 名を呼ぶ度に笑いが加わる。まるで幼い子どもが親の名を呼び、それに応えが返るのを喜ぶ様なその姿に、フェリシアの乙女心と淡い母性が音を立ててときめいた。

 くぅ、と喉が鳴る。飛び出そうになった色々な感情を飲み込んだその衝撃で胸が痛い。辛い。普段は凜々しくて格好が良くて強くてでも優しくて心から尊敬できて、そして大好きな相手のこんな可愛らしい姿など――可愛すぎて辛い、という感情をフェリシアはこの瞬間初めて理解した。


「フェリシア? どうかした?」


 俯いたままプルプルと震えるフェリシアをグレンが下から覗き込んでくる。不安気に瞳が揺れているのがまたいつもより幼く見え、フェリシアは「つらい」と溢れそうになる言葉を必死に飲み込んだ。


「だ……い、じょうぶです、なんでもないですよグレン様」

「ほんとうに? 顔が少し赤いようだが?」


 大丈夫? とグレンは抱き締めたままフェリシアの身体を少し動かし、横向きに体勢を変える。


「どこか具合が悪い?」

「いいえ、ほんとうに大丈夫です。グレン様こそ大丈夫ですか? 気持ち悪くなったりしてません?」

「うん、大丈夫」


 コクリと頷いた上にふにゃりと笑みを向けられ、フェリシアはひあああああと小さく叫びながら両手で顔を隠した。


「フェリシア?」


 顔、みせて、とグレンの手が伸びるが、フェリシアは無理ですと首を横に振る。


「どうして? 俺が、いや?」

「いやとかではなく……」


 モゴモゴと口を動かせば、「なく?」とどこか舌っ足らずにも聞こえるグレンの声が後を追う。声すらも可愛らしいとはこれ如何に、とフェリシアの思考は崩壊の一歩手前だ。


「グ……グレンさま、ったら、今日はとても……可愛らしくって……たまらないんです」


 男性に、ましてや年上相手に口にしていい言葉ではないけれど。それでももう今のグレンは「可愛い」としか言いようがなく、なのでフェリシアは降伏の意を込めてそう白状する。


「ひゃ!?」


 するとグレンが無理矢理フェリシアの手を顔から引き剥がした。真っ赤になった顔をしたまま、そして驚きに目を丸くしてグレンを見れば、どこか照れた様に笑っている。


「……グレン様?」

「おれは、かわいい?」

「っ……か、可愛らしいなあと、思います、よ」


 そうか、と呟いた後、「嬉しい」と笑みを深めてグレンはフェリシアを強く抱き締めた。


「グレン様?」

「フェリシアは、かわいいのが、好きだろう?」

「え……? あ、はい、好きですね」


 可愛い物を好きだと思うのは万人がそうではないだろうか。抱きすくめられた腕の中で、必死に羞恥心と戦っているフェリシアの額に、グレンはまるで猫の子の様に頬を擦り付ける。


「ポリーのことも、かわいいかわいいと言っては、いつもぎゅってしてる」

「ポリーは可愛いですもん」

「うん、かわいい」


 お屋敷、どころか王都でも屈指の可愛さを持つ、と完全に贔屓目のフェリシアから見るポリーの可愛らしさであるが、今はそれと並び立つ程のグレンの可愛らしさだ。そろそろ私の心臓止まるんじゃないかしら、とそんな不安が脳裏を過る。そこを狙って、ではなかっただろうけれど、ここでグレンのトドメの一撃が入った。


「かわいいものが好きなフェリシアのかわいい、になれて、おれはとても嬉しい」


 酔った勢いで力の加減ができないところに、本気で喜んでいるものだからグレンの抱き締めてくる力に容赦は微塵も無い。いっそ苦しい程の抱擁だが、それよりもなによりも、言葉の威力にフェリシアの意識は軽く遠のいた。

 その後もずっと「好き」「だいすき」「おれは、かわいい?」などと、あざとすぎやしませんかと叫びたくなるほどの猛攻をフェリシアは受け続ける。

 息も絶え絶えに返事をしていれば、やがてフェリシアの肩に額をのせてモゴモゴと言い始めた。これは寝落ちの寸前なのではないかと、慌ててグレンの背を叩きベッドに行く様促せば、寝ぼけているだろうに力強く抱きかかえられたままベッドに運ばれる。


「フェリシアにすきでいてもらえるように、あしたもかわいくしてる」

「そんなのむりぃ……!」

「かわいいおれは、きらい?」

「かっ……わいいグレン様も大好きですよ! ええもう大好きですってば! でもいつもの凜々しくて格好良いグレン様も大好きで……つまりはグレン様ならなんだって大好きなので、ええと……いつものグレン様でいてください?」

「……うん……おれも、いつものフェリシアが、すきだよ……愛している」


 可愛らしさの中にも、普段の凜とした顔を見せグレンは微笑み――そのままフェリシアの横にポスンと顔を埋めた。


 最後の最後にとんでもない一撃を与えられたフェリシアは絶命の寸前である。それでもうつ伏せでシーツに沈んだままでは息苦しいだろうと、グレンの顔を横に向けて少しでも寝やすい体勢にと動かす。

 すうすうと穏やかな寝気を立てる彼の姿を見るなど、これまででも数回あるかないかだ。カーティスが酔ったグレンを見た事がある、というのに羨望したのは、それだけ彼がグレンに心を開いている、油断している姿を見せてもいいと思われている、という事だからだ。

 それがこうして叶ったのは本当に嬉しくは思うけれど。


 もう絶対こんなこと願ったりしないんだから!!


 格好いい相手に可愛い要素が加わるなどとんだ凶器だ。到底凡人には太刀打ちできるものではない。フェリシアは一人猛省しながら、遙か彼方に飛んで行ったっきり戻って来そうも無い眠気の到来を待ち続けた。





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