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旦那様が、酔っ払い・1




 フェリシアはふと気が付いた。なんだか自分ばかりがグレンに対して情けないというか、慌てふためく姿ばかりみせている気がする。


「いっつもグレン様ったら余裕があってしっかりなさっててとても素敵で頼りになって尊敬できる方なのってずるいと思うんです」


 なんだかまたうちの奥様がおかしな事を言い出したなあ、などと己が主人の最愛の相手に対して不遜な考えを抱きつつ、しかしそれをおくびにも出さずカーティスはひとまずフェリシアの勘違いを訂正してやる。


「それは奥様の前だから気を張っているだけです。本来のグレン様はもう少しざんね……抜けて……少し、残念なところもありますよ」

「……お酒飲んでも酔っ払ったりしないし」


 カーティスの言葉にも不服なのだろう、フェリシアは僅かに頬を膨らませている。随分と幼い反応ではあるけれど、こういった気安い姿を見せてくれるになったのをカーティスとしては嬉しく思う。初めて出会った頃の彼女は、いつもどこか寂しげで暗い顔をしている事が多かった。それがこんなにも感情豊かになった、というか本来の姿に戻ったというのだから、何が幸いになるかは分からないものだ。


 まあもっとも、それに付随する大騒ぎだとか、完全にふっきれてしまってすっかり愛情を隠す事を止めた主人であり乳兄弟の姿を目の当たりにするのは、かなりいたたまれない気持ちにはなる。

 ひとまずその辺りの感情も置いておくとして、カーティスは新たな事実を教える事にした。


「酔いますよ? 普段は任務の事がありますから気をつけてらっしゃいますけど、酒に強いわけではないですから」

「え!? そうなんですか?」

「はい。ワイン程度ならそうそう酔いはしませんけど、量が多かったり、あと銘柄によっては身体が受け付けないのか、すぐに赤くなったり」

「……カーティスさん見たことあるんです?」

「それは、まあ、付き合いも長いですから」

「……ずるい」


 なにが、とカーティスが疑問を投げるよりも先にフェリシアが心の底から訴える。


「私だってちょっと抜けてたり酔っ払ったりしてるグレン様が見たいのに!!」


 えええええ、とちっとも同意できない、というカーティスの声が漏れていても、フェリシアの一度抱いたその願いは消える事はなかった。








 そんな願いがまさかこんなにもすぐに叶う事になろうとは、フェリシアとしても驚きである。

 そして非常に贅沢であるけれど、叶ったからには今すぐ終わらせて欲しい。

 無理、絶対無理、だってこんな、と身悶えるフェリシアの背中は重くそして温かい。ソファに深く腰掛けたグレンの膝の上に、背後から抱きかかえる様に座らせられている現状が理解できない。一体どうしてこんなことになったのだろうかと考えるも、腰に回った力強い腕の感触だとか、時折首筋に掛かる彼の吐息だとかですぐに思考は霧散する。


 だから無理だってばー! こんな状況で考えられるわけがないもの!!


 ひええええ、とフェリシアは何度目かの抵抗を試みるが、あえなく失敗に終わる。より一層きつく抱き締められ、あげく項に軽く口付けられた。


「ひっ……!」


 堪らず漏れた悲鳴に、しかしグレンは楽しそうにクスクスと笑っている。


「グレン様……あの、ですね」

「うん」

「少しだけこう……離していただけるととてもうれし」

「だめ」


 だめって! グレン様がだめって!! そう叫びそうになったのをフェリシアはグッと腹筋に力を篭めて耐えた。プルプルと震えながらどうにか首を動かして背後から抱き付くグレンを見る。


「ん?」


 とろりと蕩けた瞳のグレンが幸せそうに笑みを浮かべているではないか。あまりの威力にフェリシアはどうして振り返ったのかと己の軽率さを呪う。あとついでに、本当に、数日前に「酔っ払ったグレン様を見たい」と叫んでいた自分が恨めしくて仕方がない。


 そうだそうだったわ、とフェリシアはようやくこんな事になったいきさつを思い出した。


 遅い時間に帰宅したグレンは疲れ切っていた。早々に寝室に向かう様進めたが、明日は久方ぶりの休みであるし、あと何よりも君が足りないから、とグレンはフェリシアと少しでも長く過ごす事を求めた。

 時間が時間なので軽めの食事を摂るグレンに、たまにはゆっくり寝てくださいねとカーティスがワインを勧め、グレンもそれを気軽に飲んでいた。


 あれだわ、あれよあのワインがきっとだめだったのよ、とフェリシアは再び背後で楽しそうに笑うグレンの声を聞きながら確信を得る。


 自分が酔った彼を見たいと言ったがために、カーティスがそう仕向けてくれたのだ。もちろんそれだけではなく、本当に主人をぐっすり眠らせてやろうという思いからでもあるだろうが。

 つまりはこれはフェリシアにとっては自業自得である。誰も責められないし、誰も助けを呼べない。




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