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心霊写真屋さん

作者: 野空 大吾

つたない文章ですが、何卒宜しくお願い致します。

 歴史を匂わせる木造の建物。

そこは写真屋さんだ。今時はすっかり珍しくなった個人経営の老舗である。

地域の小学校や年の節目の記念写真など、地域に根差した写真屋である。

当然その店を訪れるのは、その地域の人くらいだろう。

しかし、ごくまれにとある噂を聞きつけた人が訪れる。


「亡くなった人との写真が撮れると聞いて」

彼ら、彼女らは決まってそう言う。


そう、ここは世にも珍しい心霊写真が撮れる写真屋さん。

会いたい人との一時を切り取り、思い出を作れる写真屋さん。


・・・


久しぶりに開いたアルバム。そこでの一枚には、病室で笑う6歳の自分と父が写っていた。

「入学式は一緒に学校に行こうね」と約束したのは、今となっては父の覚悟だったのだろうと思う。


それから一週間後、父は最後の手術を受けて、亡くなった。


小学校の入学式当日、母と二人、父の墓の前で写真を撮ったのは今も覚えている。

それから、何かあるたびにそこに足を運んだ。

父はずっとそこにいる。そこで私を見てくれている。

まだ純粋だった小学生の自分は、母の言葉を本気でそうだと信じていた。いや、心の底では今もそうかもしれない。


はじめてのテストで100点を取った時、運動会の短距離走で一位を取った時、初めて皆勤賞を取った時、幼い頃から病気がちだった父の願いが通じたのか、彼女はとても健康体だった。

小学校6年間、中学校3年間1日も休むことなかった。

高校では、部活でけがをしてしまい、一日だけ休んでしまったけれど本当にそれだけ。


新しい父ができたのは、高校に上がるころだった。

それから母とは少しずつ会話が減っていった。


思えば、あの時が反抗期だったのだろう。

父が早くに亡くなって母は仕事に追われるようになり、負担をかけぬように、心配をかけないように、掃除に洗濯、料理、皿洗い、家事は私の仕事だった。


中学から部活を始めて、すれ違うことが増え、家で会う時間はほとんどなくなった。

そうして高校に入ってすぐの頃、母が連れてきた母より少し年上の男性。

相手の男性の方は未婚で、結婚に前向きだった。


その男性は母とは、中学からの付き合いで、父が亡くなってからよく支えてくれたのだとか。

それからしばらくして二人は入籍した。


父はどう思っただろうか?

忘れられたなんて考えるかな。

優しい父ならそんなことは思わないだろう。むしろ、その男性に感謝しているのではないか。


「今日からは『お父さん』ね」

母がそう言ったとき、私は少し怒りを覚えた。

私に父は一人しかいない。


「昌行さん」と

同じ家に暮らし始めても、他人行儀を貫き続けた。

母は、何も言わなかった。別に何か言われて変える気なんてなかったけれど。


高校生活で、二人と交わした会話なんて必要最低限だった。

部活の応援だって来なかったし、高校では保護者が必要な行事なんてなかったし。


大学からは一人暮らしを始めた。

地元を離れたのは少し寂しかったけど、友達を作るのは苦手じゃない。


2年になった夏休み、お盆のお墓詣りで帰省したところ、久しぶりに母の方から話しかけられた。


「あんた、成人式の写真はどうするの?着物レンタルするなら早いうちがいいでしょ」

忘れていたわけではないが、別に必要と思わなかった。


成人式当日に着るものは決めている。着付けに限らず、髪型やメイクも時間がかかるし、一度やっておいた方がいいというのが母の言葉だった。


ならばこっちにいる間に、やってしまおう。中学や高校の友達といろいろ予定があるけど、9月半ばまでは地元にいる予定だったから、それなりに時間はある。1日くらいなら大丈夫だろう。


着付けに1時間、ヘアセットと化粧も入れて3時間なんて思わなかった。

だけど、二十歳になったなんて今まで実感わかなかったけど、こうして振袖を着てみるともう二十歳なのか、やっと二十歳なのか、とにかくようやく大人という実感が湧いてきた。


長い撮影を終えて、ようやく帰路につけば、すっかり日が落ち始めていた。

バスを降りて、家までの数百メートル。


久しぶりに歩いた道。

あの公園は、お父さんがよく連れて行ってくれたっけ。

ブランコも滑り台も、もうなくなっちゃったのか。


「…みんな…なくなっちゃうのか」


時間が経てば経つほど、思い出が薄くなっていく。

忘れないことはできるけど、その色はどんどん薄くなっていく。


生きているから仕方ない。だけど・・・


・・・


その日の夜、SNSを見ていると、おすすめの欄には成人式の写真のことについてのものが多かった。

一昨日から、いろいろ見ていたからだろう。

その中でなぜか異様に目を引く投稿があった。

「亡くなった人との写真が撮れるという写真屋がある」というもの。


別に都市伝説なんて信じているわけではないが、気づけばリンクに貼られたURLを開いていた。


なにやら、都市伝説のことをまとめたサイトのようだ。

元の投稿だっていいねの数はたったの20程度、期待するだけ無駄と思った。


内容は、千葉の田舎のとある写真屋で、亡くなった人の魂を呼び出し、ともに写真を撮ることができるというのだ。


呼び出したい人との強いつながりや思い出が必要らしいのだが、実際に何人もの方が亡くなった方との写真を撮っているらしい。


そんなことない。そんな漫画のような話があるわけない。


…思い出ならある。つながりだってある。

…もし…本当にできるのなら、これを逃すのはもったいない。


思い立ったが吉日、というものだ。サイトには店の名前そのものはなかったものの、田舎の写真屋となれば、数は少ないだろう。調べれば、すぐに絞れるはずだ。



見つかった。簡単すぎて拍子抜けしてしまった。

あの地域の個人経営の写真屋は一つしかなかった。


サイト上の写真はモザイクがかかっていたが、HPで店の外観と比べればある程度はわかる。


こんな簡単に見つかっていいのか?

やっぱりサイトの内容はデマだったのだろうか?

その写真屋を調べてみても、そんな都市伝説の話は一つもヒットしなかった。


いや、やってみるんだ。…でもな~もしデマだったら、お店の人に変な人扱いされちゃうし~

よし!とりあえず今日は寝よ。


・・・


8月も残すところ1週間。まだまだ蝉の鳴き声が響き、暑さを実感させる。

建物の隙間を縫うように走っていた電車の両脇は、徐々に緑が増えてきた。

やがて線路沿いに田畑が広がるようになり、それと共に乗客も減ってきた。


東京駅で京葉線に乗って何度か降りたことがある夢の国への駅を素通りして、約30分。

蘇我駅から内房線に乗り換えてさらに40分。


ここまで長時間電車に乗ったのは高校の卒業旅行くらいだろう。

まぁ、あの時は新幹線だったからそこまで苦ではなかったが。


電車を乗り継いで約1時間半。着いたのはとある駅。

こんな風に言うと怒られてしまうかもしれないが、静かなところだ。


お昼前のこの時間で、駅の人はスカスカだ。

とりあえず、北口側にあった喫茶店で軽く食べて写真屋までの道を確認する。

駅からバスで20分。長い。

しかもバスの運賃は何駅乗っても変わらないものとは違い、一駅ごとに料金が加算されていくタイプで、写真屋の最寄までは360円。しかも、バスの時間は1時間に1本だ。


今さらになって自分が馬鹿馬鹿しく思えてしまう。

信憑性の低い都市伝説のような話に飛びついて、片道2時間で2000円弱。

ここまできて嘘でした、なんてことになったらほんとに笑い話にもならない。


それでも、心の奥底では期待してしまっている。


当たって砕ける思いで行くしかない。


バスに揺られて約20分。


着いた。……着いてしまった。

木造の味わい深い建物。間違いない、かな?

そとから見たところ他のお客さんの姿はない。

手汗がじわじわと出ているのを感じる。もう、行くしかない!


店の中は写真でいっぱいだった。泥まみれで遊ぶ園児の写真。七五三の家族写真。

野球チームの集合写真。学ランで卒業証書を持ち涙を流して抱き合っているのは中学生だろうか?


たくさんの人の思い出の一瞬がそこにはあった。


「はいはい、いらっしゃいませー」

扉の閉まる音で、奥から店主と思われる男性が出てきた。


見たところ40代後半。いや50代だろうか?

優しそうな笑顔で、見ただけでわかるいい人、という印象だ。


「今日はどうされました?」

「…あ、えーっと…」

当然の質問に言葉が詰まってしまう。緊張で、脈拍が早まり、背中にいやな汗が出るのを感じる。


疑問を抱える店主の視線がさらに追い打ちをかけてくる。

「…な、亡くなった方…との、写真が、撮れると聞いたんですが」


店主が目を見開き、静寂が室内をつつむ。

やっぱりあんな話はデマだったんだ。さっさと謝って帰ろう。


「わかりました。奥へどうぞ」


一瞬、その言葉を飲み込むことができなかった。


「…ひゃい!」

噛んだ。しかも裏声になった。

でも、でも、あれは本当だったんだ。

本当にお父さんと会えるんだ。


連れていかれた部屋は、待合室兼更衣室のようだ。

椅子を促されて座り、少し待っていると、店主の男性が奥から昔のドラマでしか見たことがないような黒電話を持ってきた。


「それでは、お名前からお聞きしてもよろしいですか?」

「は、はい。貞本美月です」

「はいはい、出身地は?」

「〇〇です」

店主はなんの変哲もない紙に、スラスラとメモしていく。


「会いたい方とのご関係は?」

「父です。私が小学校に入る前に亡くなってしまって…」

「お名前は?」

「康介です。伊藤康介」

漢字を聞かれたので、メモを借りて書き記す。


「亡くなられたのはいつ頃ですか?」

「私が6歳の時だったので、14年前になると思います」

「わかりました。それではこれから電話しますので、少しの間、受付の部屋でお待ちください」

誰に電話をかけるのか、とても、気になったが、聞いてはいけない気がした。

そもそもコードすらつながっていない黒電話を使う時点で、考えるべきではないと察した。


ジーコジーコとおそらくダイヤルを回す音が数回聞こえ、どうやら電話がかかったようで、話し声がかすかに聞こえだした。


なぜかはわからないけど、聞き耳を立ててはいけない気がしたので、イヤホンをはめて、お気に入りの音楽を流す。

歌手やアーティストに統一感のない、お気に入りのプレイリストだ。


時間にして5分ほど、一曲聞き終えたくらいのところで、店主が出てきた。

その顔は少し、複雑そうな顔をしていた。


「貞本さん。まず結果だけ言わせていただくと、お父さんを呼ぶことはできませんでした」

「…そ、そうでしたか」

なぜ⁈そんなことが頭の中をめぐる。やっぱり亡くなった人を呼べるなんてのは嘘だったのか。


「なぜ、と聞かないのですか?」

「…いえ、あんまり、その、なんていうんでしょうね。どうして呼べないのもよくわからなくって」

頭の中がよくわからないというか。

考えが霧散してしまって、まとめられない。


「私から特に言うことはできませんが、原因をお話するのならば、互いに会いたい人が合致しなかったということです」

「え⁈」

一体どうゆうこと?


「お父さんは、私に会いたくないということですか?」

「それを私からお話しすることはできません」


店主はそれ以上何も言わなかった。


・・・


 帰り道はまるで一瞬だった。もう少しで乗り過ごしてしまうところだった。


なんで…なんで、会えなかったの?


(会いたい人が合致していない。私じゃないの⁉︎お父さんは私に会いたくないの⁉︎)

延々とそんなことを考えていたら、気づいたら最寄り駅まで来ていた。


「お帰り」

昌行さんが声をかけてきた。

私が拒絶していたこともあり、向こうから声をかけてくるのはほとんどなかったので、一瞬戸惑うも、適当に返す。


「もうすぐ夕飯になるよ」

「…いらない。なんか食欲ない」


そのまま自分の部屋に戻ってベッドに倒れこむ。

頭の中がどんよりとして、何もする気が起きない。


(なんで、なんでダメだったの。なんでなの…お父さん)



…どうやら眠ってしまっていたらしい。

時間は深夜2時になろうかというところ、じめッと汗をかいてシャツの中が気持ち悪い。お腹もすいた。とりあえずシャワーを浴びようと廊下に出るとリビングから光が漏れていた。


「あら、どうしたの?」

そこには母がいた。


「ちょっとお腹すいた」

「あなたの分の夕飯あるわよ。温める?」

「そんなにいらない。カップ麺とかある?」

あったかしら?と母は、台所の棚を探し始める。

確かに中年夫婦の二人暮らしならカップ麺なんてないかもしれない。


ふと、先ほどまで母が見ていたものに目が留まった。

かなり年季の入ったアルバムだ。


写っている男女が父と母であることに気づくのには、1秒もかからなかった。

「二人とも若いね。いつの写真?」

「あなたが生まれるまでのだから20年前ね。結婚前の写真も入ってるわよ」


母は懐かしそうにページをめくる。どうやらカップ麺はなかったようだ。


「こんなの初めて見た」

「そうね。お父さんが亡くなってから、しまいっぱなしだったから」


お父さんが亡くなって、私を一人で育てることになり、お父さんを思い出すものは物置にしまい込んでしまったらしい。

あの時は、思い出してしまうと何もかも手につかなくなってしまっただろうから、と母は当時を振り返った。


確かにそうだ。まだ6歳だった私を一人で育てることの難しさは、私には想像もできない。


お父さんの保険が下りたり、いろんな人に助けてもらったりして、金銭的な問題はそこまで大きくなかったものの、余裕があるとは言えず、仕事と時間に追われる日々であったという。


私はまだ小さかったこともあり、お父さんが亡くなった悲しみを引きずっており、小学校でやっていけるかとても心配したという。


同じ保育園の友達も何人かは同じ小学校に入ったこともあり、杞憂に終わって安心したとのことだった。


「今日、昌行さんがお父さんの話を聞きたいなんて言ってきたから、びっくりしたのよ」

「え、話してなかったの?」

私の驚く場所は母のそれとは逆だった。


「まぁ、普通はそうよね。私もあまり話したくなかったし、察してくれてたみたいで最低限のこと以外は聞いてくれなかったの」

「……」

「頭の中で、お父さんから『頼みます』って言われた気がしたんですって」

「えっ⁉」


しかも、今日ってタイミングが良すぎる。まさかお父さんはあの人に会いたかったの?

「…どうかしたの?」

「あ、いや、それで今日は、向こうから話しかけてきたんだ」


言ってみる?いや、でも、絶対に変に思われるし、絶対信じないし、

「あれ?」

メモ?住所だ。千葉?、でも、どっかでみたような

「あぁ。それね、昔、都市伝説で聞いたの。死者と会える写真やがあるってね。結局忙しくて忘れてたけど」

……嘘、こ、こんな偶然って、あるの?血は争えないってやつ⁉


あ、そっか、合致ってそういうことか


「はぁ、やっぱり親子ってことなのかぁ」

「急にどうしたの?」

「…お母さん、今日ね、その写真屋に行ってきたの」

「えっ⁉」

「そしたらお父さんね、会ってくれなかったの。私には会いたくないのって思ったけど、違った。お父さんは私だけじゃないんだ。私たち3人に会いたかったんだよ」

「美月…」

そうだよね。お父さんにとって、お母さんは結婚相手、恋して、愛したたった一人の人だものね。私は言わずもがなだろうけど、あの人にも会いたいってなんかむかつくけど、私たちを任せられるか見ておきたいって気持ちがあったんだろうね。


・・・


「お待ちしてました」

あれから数日、私たち3人はあの写真屋さんに来ていた。


あの夜、私はありのままに母に話した。都市伝説なんて笑われるかもしれないと思ったけど、すんなり信じてくれた。そして翌日には昌行さんにも話した。最初は冗談かって苦笑いしてたけど、お母さんの説得で信じてくれた。

「あの声は気のせいじゃなかったんだね」

少し嬉しそうにそうつぶやいた。

お父さん、自分だけ昌行さんに会いに行くなんて、説教が必要みたい。


「今日もですか?」

「今日こそは、です」

「わかりました。奥へどうぞ」


前と同じ部屋、しかし、そこにはすでに人がいた。

喪服のように黒いスーツ、Yシャツまで黒いのはどうなのか?しかし、それとは対照に、髪と豊かな髭は真っ白だ。顔を見る限りでは、高齢なのはわかる、しかし、背筋はスッとまっすぐだ。私より姿勢がいいかもしれない。

黒いハットを脱いで、老紳士はお辞儀した。

「こんにちは、私、伊藤康介様の担当死神、83号です」

「担当死神?」

「はい」

な、なんだこの人⁉死神⁉え、どういうこと⁈


「ほっほっほ、まぁその疑いはもっともでしょうな。死神と言われれば、骸骨面に鎌を持つ、そんなイメージでしょうから」

「びっくりすると思いますが、事実なんですよ」

店長さんもそういうけど、信じられない。まぁ死者を呼ぶなんて言うんだから死神さんが出てきても驚かないけど、さすがに。

「では、これなら信じられますか?」

パチンと指を鳴らせば、老紳士の肌が、髪が溶け落ちた。現れたのは、骸骨だ。

「ダメ押しです」

声も出せなくなった私に手を近づける。その手が私に触れることはなかった。私の体をすり抜けていたのだ。

「ひいいっ!」

「ほほほ、信じていただけたようで何よりです」

悲鳴を上げた直後には姿は元に戻っていた。


私たちが落ち着いてから、老紳士が説明を開始した。店長さんはスタジオの方で準備しているようだった。

「伊藤様がこの世にいる皆様と会うにあたっての条件ですが、死者と生者、両者の会いたい人が合致することが条件でした。今回はそれをを果たされているようで、何よりです。次に、皆様と会える時間ですが、我々の規定により、3分間のみとさせていただきます。最後に、会話ですが、皆様の言葉は死者にも聞こえますが、残念ながら、死者から生者に言葉を伝えることはできません。以上です。何か質問はございますか?」

「よろしいですか?」

「どうぞ」

質問したのは昌行さんだ。

「死者から生者に言葉を伝えることはできないとおっしゃいましたが、私は先日、康介さんから声をかけられた気がしたのですが」

「そうでしたね、訂正します。言葉をつたえることができないのは家族のみです。元より家族しか会うことができないので、忘れていました。家族とは言葉をつたえることができないからこそ、直接、目で見ることができるわけです」

「それでは、私は会うことはできないのですね」

「はい、見ることはできません。しかし、言葉を伝えられたのはあなた様と伊藤様が互いに会いたいという思いがあったからこそです」

昌行さんはとても、驚いていた。私も驚きだ。お父さんに会いたいと思っていたなんて考えもしなかった。


「はい、そうですね。一言謝りたかったのです。美月ちゃんの父代わりになることができず、まともに信頼関係さえ築けなかったことを」

「はい、存じております。しかし、伊藤様はそれを知っている上で、逆にお礼を言いたかったそうです。あなたのおかげで、奥様と娘様は確かに救われたと。だからこそあの一言だけをつたえたのだと思います」

「わかりました。ありがとうございます」

昌行さんは泣いていた。思いが決壊したように涙となってあふれ出したようだった。


「さあ、準備も整ったようですし、撮影に入りましょう。康介さんも待ちわびていますから」

スタジオに移動すれば、店長さんが用意していたカメラは一眼レフといわれるもの。けれど、よく見れば、隅々に不気味な意匠が施されている。なんとなくこの世のものではない気がしてならない。


「それではお呼びします。この砂時計が落ちきるまでとなります」

どこからともなく取り出した杖で、83号さんは床を2回叩く。すると、無機質な床から扉が現れる。片方は白、片方は黒の扉が観音開きに開かれる。


「…お父さん」

「…あなた」

何も変わっていない姿で、駆け出すように扉から出てきたお父さんは一目散に私とお母さんを抱きしめた。触れてはいない、けれど不思議な暖かみを感じる。

「………」

お父さんは何も言わない。口を動かしているけど、何も聞こえない。あの優しい声はもう聞こえないものなのだと、現実を突きつけられる。でも、泣いてる暇なんてない。

涙を抑えてすぐに撮影に入る。

私とお母さんとお父さんの3人で、昌行さんを加えた4人で、私とお父さんの二人、お母さんとお父さんの二人、4枚を取り終えたときには、一分も残っていなかった。


「お父さん、私ね、もう20歳になったよ。成人だよ。ケガとか、風邪なんて全くないくらい元気だよ。たくさん友達もできたし、彼氏はまだいないけど、私こう見えてモテるんだよ。それからね、それから、あれ、もっと、もっとたくさん話したいことがあったのに、考えてきたのに、言葉が、出てこないよ」

「…」

お父さんは一言、口を動かして、私の頭を撫でた。

そしてもう一度、私とお母さんを抱きしめて消えていった。


「ごめんね、お母さん、私ばっかり話しちゃって」

「いいのよ、会えただけでとてもうれしかったわ。ありがとう」


最後の一言、お父さんはなんて言っていたのか聞こえなかった。

けれど、わかったよ。届いたよ。


私もだよ。


大好き。





最後まで読んでくださり、ありがとうございます。


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