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オタク系魔法少女☆白鞘之紅姫


 ブラウン管のテレビやら事務机があった部屋から出て、階段を降りてビル地下へ行き、厳重な金属扉を開け、業務用の十人は乗れる大きなエレベーターで、地下の100階まで降りた所にある、だだっ広い、白く、丸い空間に、私と霧須手さんがいた。

 もうなにがなんだか。

 業務用のエレベーターに乗る前、厳重な金属扉が、〝ガシャンガシャン〟という音をたてながら開き始めたころから、すでに思考が停止していたけど、なんだこれ。

この国に、こんな場所があったなんて……いや、まあ、ここが対インベーダーの最終防衛ラインだと考えたら、ここまでするのは当たり前なのかも。

 それにしても、数か月でここまで造れるものなのだろうか。



「デュフフ……わかる。わかりますぞ、その気持ち。拙者もここに初めて来た時、興奮しすぎて、空いた鼻腔が塞がらなかったでごんす」


「び、鼻腔って……」



 今も十分興奮して開いてるんだけど、て言っちゃだめだよね。さすがに。

 それよりも、今は霧須手さんが手に持っている、白鞘の刀ぽい(・・)ものが気になる。



「デュフフ……、こ、これ、気になりますよね……?」



 そう言って、霧須手さんが刀の中心を持って、掲げて見せた。



「気になるって言われれば……ううん、言われなくても普通に気になるけど、それ、刀だよね?」


「デュフフ、さすがはキューブロ師範」


「いや、師範って……」


「この白鞘から発せられる、並々ならぬ妖気を感じ取ったみたいでござるな。この刀は妖刀紅紫(ベニムラサキ)セカンドエディション」


「やっぱり刀なんだ。……でも、セカンドエディション?」


「さ、左様。初代紅紫はわた……拙者の度重なる酷使に耐えられず、ぽっきり逝ってしまわれたのです。お、惜しい刀を亡くし申した」


「そうなんだ。でも、それくらいインベーダーと戦ったって事だよね? 歴戦の戦士ぽくてかっこいいね」


「ののの、ノーでござる」


「脳?」


「料理中に折れちまったんでござるぅ……」


「いや料理って……、ていうか、何作ろうとしたの?」


「か、かつおぶしの刺身をば少々……」


「……正気でござるか?」


「もしかすると、冗談なのかもしれないですな。……デュフフ、それに、キューブロ殿も、わ、我が口癖が移り申したな。これは僥倖。我が仲間を増やす好機とお見受けした。デュフ、デュフフフフ……」


「いや、もうどうでもいいけど、今からやるのって模擬戦だよね……さすがにポン刀振り回すのって危なくない?」


「ぽ、ポン刀……?」


「あ、ご、ごめん。わからないよね。真剣って意味ね。この言い方なのは気にしないで」


「おk。……そ、そこらへんは、くく、クロマ殿から説明を受けてないのでござるな。拙者が力を込めなければ、この刀で魔法少女は切れないんでガスよ」


「そ、そうなの?」


「た、たしかに、ちょっと信じられないかもしれませんな……」



 霧須手さんはそう言うと、白鞘からすらりと刀を抜き出した。

 空間上部から放たれる電灯の光が、新雪のように白く、輝く刀身に反射されて艶めかしく光る。

 霧須手さんは刃の部分を首の横、頸動脈の辺りにあてると──



「──え、ちょっと、霧須手さん!? 何やって──」



 私の制止を待たず、霧須手さんは手に力を込め、刀を押したり引いたりした。

 しかし──



「き、切れてない……の?」



 私は霧須手さんのすぐ近くまで駆け寄ると、すこし身を屈め、首を触って確かめた。

 出血どころか、あんなに強く押しあてていたのに、すこししか痕がついていない。



「ひゃう……! く、くすぐったいでござる。キューブロ殿」



 執拗に撫でまわし過ぎたのか、霧須手さんはくすぐったそうに首を引っ込めた。



「ああ、ごめん。……でも、結構力込めてたよね、どうなってるの? 見た感じ、ちゃんと刃も研いであるし、普通に切れるよね?」


「然り。我々魔法少女は半インベーダー。それ故、インベーダーほどじゃないけど、この世界の物の影響を受けにくいんですぜ。……ここ、テストに出ます」


「そ、そうなんだ。テスト? ……じゃあ、霧須手さんの能力は剣士って事になるの?」


「デュフフフフ。さすがの慧眼。拙者、霧須手朱里改め、魔法少女〝白鞘之紅姫(しらさやのべにひめ)〟と申すますです」


「し、しらさやの……? は? え? なにそれ?」



 ちょっと、かっこよすぎない?

 私の名前と天と地ほどの差があるんだけど、どういう事、これ?

 刀を使うから、和名ぽい名前がしっくりくるし、得物由来の名前に姫ってつけるのもかっこいい。



「い、如何し申した、キューブロ殿。ぽかんと口を開けて……」


「うん。そう。私、キューティブロッサムって言うんだけど」


「え、い……今更?」


「……ひどくない? キューティブロッサムって何? ヤバいでしょ。しかもこの歳でキューティって」


「え、あ、あの……わ、わかりやすくて、可愛らしい名前だと思いますけど……」


「いやいや、白鞘之紅姫のほうが百倍もカッコいいでしょ!? 道行く通行人に〝キューティブロッサム(笑)〟と〝白鞘之紅姫〟どっちがカッコいいですか? って訊いたら、百人中百人が白鞘之紅姫って答えるでしょ!」


「そ、そうですかね……? 魔法少女という括りなら、キューティブロッサムも可愛いと思いますし、おすし──」



 その瞬間、脳裏に悪寒が走る。

 悪意とも呼べる、狂気を孕んだ指先が、私の脳天から背中を伝い、尻の割れ目に滑り落ちる感覚に陥る。

 私は震える口で、目の前の霧須手さんに尋ねた。



「……あの、ごめん。ちょっと訊いていい?」


「な、なんでしょう……?」


「ツカサ……芝桑司の魔法少女名って何?」


「え? えっと、〝ラ・マギ・フラウ〟ですけど……」


「ら、らまぎふらう……? なにそのシャレオツな名前?」


「たしか、仏蘭西(フランス)のほうの言葉で〝花の魔法〟という意味だったんじゃないかなって……」



 私は、おそらくこのやりとりを見ているであろう、クロマさんに語り掛けた。



「変えてください!! 私の芸名!!」


『勘弁してください……!』



 返ってきたのは肯定でも否定でもなく、勘弁してくれという答えだった。抑揚も、感情もない言葉だったが、なぜかその内にある熱意だけは伝わってきた。

 故に、私は黙ってしまう。二の句が継げない。

 勘弁してくれって、なんだよ!

 私が言いてぇよ!



『誰も彼も、僕の提案した名前を却下しました。鈴木さんだけだったのです。ちゃんとした、魔法少女らしい名前を受け入れてくれたのは……!』


「いや、私べつに受け入れてないんですけど……」


『鈴木さくらさん、いえ、キューティブロッサム……! 貴女は、貴女だけは、〝キューティ〟の意思を絶やさないでください……ッ!』


「あの、でも、その、私……もう二十代も後半で……」


『お願いします……!』



 何という熱量だ。

 肉声ではない、スピーカーを通した機械音だけど、その迫力は伝わってくる。おそらく、マイクの前で土下座でもしてるんじゃないか、と思ってしまう。

 なんというか。

 すごく。

 気持ちが悪い。

 今すぐ何か反論したいけど、なぜか聞こえないはずのクロマさんの慟哭が、嗚咽が、聞こえてくる気がした。

 私はトボトボと白鞘之紅姫から距離をとると、元の位置に戻り、模擬戦開始の合図を待った。



「……もう、いいです。さっさと始めてください」


「あ、あのぅ……、キューブロ殿から負のオーラが溢れてるんですけど、私、ここ、殺され……ませんか……ね?」

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