ブチギレ☆魔法少女
「カニカニカニ……! 我が名はミスターキャンサー!」
「か、カニが……しゃべった?!」
思わず大袈裟に、昼下がりの小学校のグラウンドにて驚いてしまう私。
まぁ、それもそのはずというか、プレハブ小屋くらいの大きさの蟹が聞き取りやすい日本語でしゃべっているのだから、驚くなというほうが無理な話である。
「カニカニ……! ちなみにキャンサーは蟹という意味カニ」
「誰もその風体で癌のほうだとは思わないと思うけど……」
「冷静なツッコミをする……そこのおまえ!」
突然、ビシィッという音が鳴りそうなくらいの勢いで、ミスターキャンサーは私にその自慢の鋏を向けてくる。
「名を名乗るカニ」
――きた。
そう心の中で叫んでしまう私。
ちなみにこの叫びは〝歓喜の〟ではなく〝悲痛の〟ほうが意味合い的には正しい。
怪人に名を訊かれたら口上を述べる。
これがあいつとの契約。
とうとうこの時が来てしまった。
「わ、わたっ、私の名は――」
「フリフリでヒラヒラで……えーっと、ロリータファッション? ……に身を包んだ、桃色ツインテール頭のおばはん、おまえのことカニ」
「……は?」
あれ?
びっくりした。
どうやら私は、思わぬ角度から刺されたようだ。
それも飛び切り鋭い言葉のナイフ……いや、鋏で。
「魔法少女だかなんだか知らんカニが、見た感じ、もういい歳なんだからそろそろ自分が周りからどう見られてるかくらい自覚しておいたほうがいいカニ」
「うごッ……!?」
どうやら気のせいではなかったようだ。
私は今、激しく貶められている。
その証拠に、今すぐ家に帰りたい衝動に駆られている。
それも、あろうことか倒すべき人外に説教され、衆目に晒され、羞恥に喘ぎ、自分でも顔が赤くなっているのがわかる。
けれど遠巻きに私を見ている大衆よ、どうか聴いてほしい。
私だって好き好んでこんなひらひらを着て、頭をツインテールに結っているわけではないのだ。
そういう契約なんだよ!!
「いいカニか? 一回しか言わんからよく聞くカニ。我らが幹部であらせられるミス・ストレンジ・シィムレス様は忙しい御方なんだカニ!」
閑話休題。
現実という名の鋭い鋏で両断されかけていた心と体が再び、ミチミチと糊付けされていくのがわかる。
どうやら寸でのところで、私の心は怪人の罵倒に耐え抜いたみたいだ。
「ミスキャンさん、そこをどいてくだ……どきなさいっ!」
あぶない。
気を抜いてしまうと、いつもの口調で話してしまいかねない。
たしかこの恥ずかしい口調も契約なんだったか……。
まったく、なんで私がこんなことを……なんて、それは今考えるべきことじゃない。
「ヒトの名前を勝手に縮めるなカニ」
「私は今すぐあいつの後を追わなければならないの!」
そう。私の目的は目の前の蟹をしばくのではなく、ミス・ストレンジ・シィムレスとかいうふざけた名前のバカ女を追いかけること。
こんなところで恥をかいている場合ではないのだ。
私は改めてミスキャンの横を通り過ぎようとするが、案の定、その巨体で進行方向を塞がれた。
「ククク……いや、カニカニカニィ……!」
不敵に巨体を揺らして笑う蟹。
どうやら怪人側にも笑い方をはじめ、色々な縛りがあるようだ。
「ならばしょうがないカニ。どうしても我らの邪魔をするというのなら、ここで死んでもらうカニィ!!」
蟹はそう言うと、私と同じくらいの大きさの鋏を振り下ろしてきた。
動きは緩慢。受け止めるだけなら何の問題もない。
だが――
「カニィ!? よ、避けた……だと……!?」
「ふっ、あまりにも遅い……欠伸がでるわね!」
まぁ、本音は素手で生の、それも巨大な蟹に触るのは少し抵抗があったからだが――
「……ん?」
蟹が私を見降ろしながらワナワナと震えている。
攻撃を避けたのがそこまでショックだったのだろうか。
「そんな……まさか避けられるなんて……話が違うカニ……」
「話……?」
「ミス・ストレンジ・シィムレス様の話だと真正面から絶対受け止めてくる……と言ってたんカニが……」
「な、なんであいつが……」
「だからこうして、人間が触れるだけで肌がただれる猛毒を鋏に塗りたくったんカニが……」
あまりの事に絶句する私。
こいつはやべえやつだった。あまりにも。
日曜の朝9時に出てきそうなファンキーな見た目に反し、えげつない手を躊躇なく使ってくるやつだった。
「カニカニカニ! ……けれど、こうすると――どうカニかッ!!」
蟹は声高にそう叫ぶと、急に全身をぐるぐると竜巻のように回転させた。
「これぞカニ流拳法奥義〝ポイズン・クラブ・ハリケーン〟カニィ!」
「だ、だせぇ……」
「ちなみにこのクラブも蟹という意味カニ」
「それ、どっちかに統一しとかない?」
「カニカニカニ! けれどおまえは、今からそのだせぇ技にやられるんカニ……!」
「え……?」
そう言われて私はようやくその異変に気づく。
「こ、これは……まさか、回転速度が……!?」
そう。
蟹の回転速度が上がるにつれ、私の体も蟹に引き寄せられていたのだ。
「ほれほれ、どんどんどんどん回るカニよー!」
まるで物凄い力で服を、全身を引っ張られている感覚。
これは逃げだそうとして逃げだせるものじゃない。
なんとかして回転を見切り、動きを止めたとしても鋏に触れてしまえば即アウト。
たしかにこれではどうしようもない。その上、距離を詰められてはなす術がない。
これは万事休――
「カニカニカニ! これで痛いババアのなます切り一丁上がりカニ!」
「……おい」
「カニ?」
「お前、今なんつった」
「え? な、なます切りって……?」
「……おばはんはまだいい。たしかに若い子たちから見たら20歳以上の男女なんて、全員おっさんかおばはんだしな」
「お、おまえは一体、なにを言ってるんカニ……!?」
「だがババアはどういうことだあ!? ババアなんて今日日本物のババアにも言わねえよ! ただの悪口だからなあ! ふざけやがって……! それに第一、27歳のお姉さん捕まえてババアは28歳以上の世の女性たちにも失礼だろうが!」
「な、なんなんカニ!? このババア!? 急にビクとも――」
「二度目だ」
私は顎を引き、腰を落とし、脇を締めて拳を構えると、そのまま体を捻りながら拳をまっすぐ突き出した。
「魔法少女正拳突ッ!!」
読んで字のごとく、魔法少女(私)が繰り出す渾身の一撃である。
固定砲台から射出される弾が如き拳圧は、己が眼前のすべての敵を屠るのだ。
蟹は断末魔をあげる間もなく爆散、絶命し、あたりに鼠色の蟹味噌が散乱した。
〝カンカンカンカンカーン!〟
突如として、つけているのをすっかり忘れていたインカムから、大音量のゴングの音が聞こえてくる。
怪人討伐の合図なのだが、もっと鼓膜に優しい効果音はなかったのだろうか。
『蟹の怪人、ミスターキャンサーを倒したようですね、キューティブロッサム』
ゴングの音に引き続き、今度は聞き覚えのある男性の声が聞こえてくる。
「あ、お疲れ様です九六間さん。あと、その……いい加減優しい音に変えてくれませんか? ちょっとびっくりしちゃって……」
『善処します』
「する気ないですよね」
『……キューティブロッサム、どうやらミス・ストレンジ・シィムレスを逃したようですね』
「もうすこし自然に話を戻せませ――」
言いかけて、突然視界がぐらりと揺れる。
これはもう、決定的だろう。
『どうしました、キューティブロッサム』
「すみません、どうやらあの蟹……全身に毒を塗っていたみたいです……」
『あの猛毒の……? 大丈夫なのですか、キューティブロッサム?』
「だ、だい……じょう……」
『……ぶい?』
もはやツッコむ気力もない。
正直全然大丈ブイではない。
そんな私の脳裏に浮かんでいたのは、走馬灯のようなものだった。
私がなぜこうなって、こうしているのか。
それが鮮明に、ありありと浮かんでは消え、また浮かんでくる。
「そう……はじまりはたしか……まだ私が社畜だったころの……」
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