クリスマスプレゼント!
「いらっしゃい。ここに何の用ですか?」
…………
「なるほど。気になって来た、と」
コク、…………………
「面白いかって?うーん……僕には分からないよ」
…………
「気になるなら、自分の目で確かめてみると良いよ?」
………………。………………
「僕?唯の案内人だよ」
……………
「名前なんて知らなくていいでしょ?」
…………?
「何故かって?物語には要らない情報だからね」
…………
「物好きだね、君。良いよ、教えてあげる。僕の名前、矢木って言うんだ。よろしくね」
……、………………………
「うん、楽しんで来てね。行ってらっしゃい」
その日、俺は、学園のアイドルに告白された。
「私、霧鮫くんが好きです!付き合ってください!」
黒髪を真っ直ぐ伸ばし、パッチリとした目に彩られた目の色は黒、肌は色白と言われても可笑しく無いほど白かった。
彼女の名は砂羅 陽奈、学園のアイドルである。
そんな彼女が、夕暮れ時の夕日を背に、俺の目を真っ直ぐに見て告白した。
俺も彼女を見つめ返して言う。
「好きな人がいるので付き合えません」
ハッキリと、勘違いしようも無いほどハッキリと言いきった。
「えっ?」
俺の言葉に陽奈は、顔を青白くさせた。
そんな状態で言うのは辛かったが、変な期待を持たせたままではどちらにとっても辛い結果にしかならないと思い、どんなに酷い事を言われようとも受け入れる覚悟を決めて言った。
「俺は砂羅さんの事を表面上しか知りません。また、砂羅さんと仲良くなるつもりもありません。好きな人もいます。ですので、諦めてください」
我ながら淡々と言ったもんだ。
俺はどこか、自分を他人事の様に見ていた。
俺の言葉を受けた砂羅さんは泣きそうな顔になり、
「そう、だよね……ごめんなさい!」
俺に頭を下げてから、逃げるように走って行く。
砂羅さんが帰って行くのを見送った後、
「女性を振るのは慣れないな」
誰も居なくなった屋上で独り言を呟き、教室へと向かって行く。
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振られた!振られた!振られた!振られた!振られた!振られた!振られた!振られた!振られた!
陽奈の心の中は、その言葉だけで埋め尽くされていた。
涙に顔を濡らした姿を見られたくなくて、片手を目に当てながら、俯かせて家に走って帰る。
それでも声は漏れてしまう。
「うっ、うぅ……」
(痛い、苦しい、虚しい……どうして私は告白なんてしたんだろう……霧鮫くんに好きな人がいるなんて見ていたら分かっていた筈なのに!!)
今、彼女の心は様々な感情に苦しめられていた。
ずっと、好きだった人にフラれた事による喪失感
ずっと、好きだった人に好きな人がいたと言う事実による、胸を締め付けられるような痛みや苦しみ。
そして、成功すると信じて疑わなかった自分自身に対して怒りを抱く。
今の陽奈は、精神がズダボロと言っても過言が無いほどに不安定だった。
だから仕方が無かったのかも知れない、
(ならもう、いっそのこと霧鮫くんを殺して、霧鮫くんが好きな人も殺して私も死んじゃえば……)
そう考えてしまうのは……そんな時だった、母さんの声が聞こえたのは。
「陽奈ー」
驚いて顔を上げた陽奈を見た母さんは、
「陽奈?何かあったの?」
心配そうな顔で私を見た母さんに、涙で顔が濡れていることを思い出した。
「だ、大丈夫だからぁ……」
母さんを心配させたくは無かったけど、それでも先程の出来事は私にとって、深い傷だった。
涙を流し始めた私を見て母さんは抱きついて来た。
「やっぱり何かあったのね?母さんに全部話しちゃいなさい」
優しく頭を撫でながら語りかけてくれる。
安心できる声と匂いで、私は今まで堪えていた分を吐き出すように泣いた。
「ふぇ、あああああぁー!」
近所迷惑になることも構わず泣いた。
怒りそうなものだったが、母さんはずっと頭を撫でていてくれた。
暫くして落ち着いた私は母さんにお礼を言う。
「ふっ、グズッ、グス、あ、り、がどう、があ、さん」
「うん、どういたしまして。さぁ、家に入りましょう」
「うん」
最後に、頭をポンっとされてから家に向かって行く母さんの後を小さく返事をして着いて行く。
玄関に入ってすぐ、母さんは私を振り返って笑顔で言う。
「お帰りなさい、陽奈」
「うん!ただいま!」
少しの間だったけど、家に入る頃には調子は少し良くなっていた。
「まず、顔を洗って来なさい。そしたらリビングに来てね」
「分かった」
母さんに言われた通りに洗面所に行き、鏡を見ると、
「酷い顔してるな、私」
涙で赤くなった目と、涙に濡れた顔が映っていた。
バシャッ バシャッ
顔を洗い、タオルで拭いてからもう一度鏡を見ると、先程よりはマシになった私が写っていた。
「よし!これなら大丈夫かな?」
調子も段々と、取り戻して来た。
バチン!
「よし!」
最後に頬を両手で叩き、気合いを入れた。
母さんが待つ、リビングに入ると、
「うん!先程よりはマシになったね」
私を顔を見て、母さんは感想を言った。
「恥ずかしいから見ないで!」
顔を赤くさせながら叫ぶと、母さんは「ふふ」と笑った。
「分かった。それよりも、私の向かい側に座って」
母さんに言われた通りに座ったら、急に、両手を組み、顎の下に置いた。
「それじゃあ、何があったのか話してちょうだい」
「う、うん、分かったよ」
母さんから発せられる圧に、驚きながら今日あったことを話した。
「実は、前から好きだった男の子に告白をしたの」
「うんうん、何となく分かった」
「うぅ、そんなに分かる物なの?」
「分かるよ。泣いて帰ってきた、告白、この2つがあれば何が起こったのか分からない人はいないよ」
「そうだよね…」
私はまた、先程の事を思い出して泣きそうになってしまったが、
「思いっきり泣きな」
優しく言いながらまた、頭をポンポンされて泣きそうな気持ちよりも恥ずかしさが勝った。
「泣かないよ!もう落ち着いたから部屋に帰るね!」
椅子から立ち上り、リビングを出ようとした、
「元気になった見たいで嬉しいよ」
母さんの嬉しそうな声を聞いて私は、顔が赤くなっていくのを感じてそっぽを向きながら、
「話に付き合ってくれてありがとう、母さん」
とお礼を言った。
「どういたしまして」
顔は見えなかったけど、笑顔だと確信できる声だった。
それからリビングを出て、部屋へと帰る。
ガチャ
部屋のドアを開けてすぐ、目に写るのは、霧鮫くんの写真。
「うっ!」
その写真を見た瞬間、先程まで忘れかけていた喪失感と後悔が思い起こされた。
思い起こされた同時に、胸が締めつけられた様に苦しくなって、その場で蹲ってしまった。
「うぅ……」
走馬灯の様に遡っていく記憶。
霧鮫くんとの大切な思い出、出会った時の記憶が再生された。
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その日も、いつもの様に夕暮れ時の帰り道を歩いていた。
だけど、その日は違った、
「あ、あの!砂羅さん!」
後ろから急に声を掛けられたからだ。
後ろを振り返ると、そこに居たのは学校でよく見る男の子だった。
「えっと、確か貴方は…」
私が名前を思い出せず、四苦八苦していると、
「矢木!僕の名前、矢木って言います……」
最後は、恥ずかしくなったのか、小声になりながらも名前を教えてくれた。
「矢木くん……うん!思い出した!教えてくれてありがとう」
笑顔で矢木くんにお礼を言うと、
「しっ!矢木くん?!」
顔を真っ赤にさせながら混乱していた。
くん付けは悪かったかな?っと思いながらも、話を進めていく。
「それで、矢木くんは私に何の用事があるの?」
私の質問に、先程まで混乱していた矢木くんは落ち着かないながらも答えてくれた。
「えっと、えっと、砂羅っ、さん!ぼ、僕と!付き合ってください!」
声を上擦らせながら告白をしてきた。
「ごめんなさい!」
勇気を出して、告白をした矢木くんには悪いと思いつつも、頭を下げて断る。
「何故、で、すか?」
顔が青白くなり、絶望した表情で矢木くんは私に問い掛けてきた。
矢木くんの目を真っ直ぐに見つめ返して言う、
「好きでもない人と付き合っても、どちらにとっても辛い結果にしかならないからだよ」
その言葉に矢木くんは俯き、コクりと頷いた。
私はホッと安堵した。
「それじゃあ、また明日」
無責任かも知れないけど、毎日顔を合わせるからその内、慣れるでしょ。
その時の私は他人事に考えながら、帰ろうとした。
しかし、
「待ってください」
帰ろうとした私に矢木くんは声を掛けて来たのだ。
返事をしようと振り返ると、
「ひっ!」
瞳が濁り、真顔になった矢木くんが、私の真正面にいた。
そんな矢木くんを見た私は、あまりの恐怖で腰を抜かしてしまった。
「嫌ですよ、砂羅さん」
何を考えているのか分からない顔で、私を見下ろしながら言った矢木くんは化け物に見えた。
「どう、して?」
私の言葉に、矢木くんは不気味に笑いながら言う。
「どうして?そんなの決まっているでしょう?好きだからですよ。好きで好きで堪らない!だから、フラれた時は絶望しました。ふふ、でも、一緒にいる方法を思い付いたのです」
その時見た矢木くんの表情は恐ろしかった。
私を見てるようで、どこも見ていない表情
笑っている筈なのに、笑っていない顔
何よりも怖かったのは、何も見通せない瞳だった
私はその瞳に飲み込まれて、抵抗できなかった。
「だからね、一緒に死にましょう」
矢木くんはそう言って、私の首を締め始めた。
「くはっ…」
苦しい苦しい苦しい!
誰か助けて!
私は助けを求めるように道行く人に手をのばしたが、夕暮れ時なのも相まってか人が少なく、この状況を見て逃げ出してしまう。
「ぁ……」
段々と意識が薄れて行く。
嫌だ!いやだ!し…にた………く…………
「やめろ」
ガッ!
「かはぁ」
何かを殴った音とそんな声が聞こえた、そしたら急に呼吸が出来るようになった。
「げほ、げほ、はぁはぁはぁ」
「大丈夫か?」
助けてくれた人は、胸を押さえて咳き込む私に話し掛けて来た。
「はぁはぁ、あり、がとう、ごさいます……」
ちゃんと顔を見てお礼を言いたかった私は、顔を上げた。
そこにいたのは、王子様だった、
後ろで一纏めにした金の髪
パッチリとした睫毛きに彩られたブルーの瞳
男の子とは思えない程、肌は白く
まさに王子様と言える男の子が私に向けて手を伸ばしていた。
絵の様な光景を見て、私は暫くの間、見惚れていた。
惚けている陽奈の様子を見て、霧鮫は陽奈の顔の前で手を振るったりしていた。
「うん?気絶したか?」
そう判断した霧鮫は、放置して帰ろうとした。
背を向けて、家に帰ろうとした霧鮫の背に、
「待って!貴方の名前を教えて!」
陽奈の声が聞こえた。
霧鮫は振り返らずに、
「霧鮫」
と言って帰って行く。
彼、いや、霧鮫の背を見送りながら私は霧鮫の名前を心に刻んだ。
「霧鮫、霧鮫くん……私は貴方が好きです」
誰にも聞こえない程小さく、しかし、ハッキリと言った。
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「あっ」
霧鮫くんとの思い出が再生し終わると同時に気が付いた。
「そうか、そうだったんだね。矢木くんが言っていたことが今なら分かるよ」
彼も苦しかったんだ。
振られ、喪失し、後悔し、心がズタズタだったんだ。
だから、あんな行動をしちゃったんだ。
今なら分かるよ、その気持ち。
でも、一つだけ分からないよ。
何故、殺そうとしたの?
そんなじゃ意味は無いよ。
好きな人がいない世界なんてつまらないでしょ?
だったら、心まで依存させる方法が良いよ?
そしたら、両思いになるでしょ?
「アハッ」
今、とってもいい考え思い付いた。
霧鮫くんの好きな人を殺して、私が支えてやれば良いんだ。
あっ、でもダメ
そしたら、ずーっと霧鮫くんの心の中に残ってしまう。
そんなのは嫌だ!
私だけを見て欲しい。
どうしたら良いかな?
うん、そうだね。
霧鮫くんの心を、私色に染めれば良いんだね。
ふふ、楽しみだね?
うん、準備をしようか。
あぁ!待っててね、霧鮫くん!
今、君を救いに行くから!
「アハッ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハアハハハハハハハ…………」
今の彼女を見た者がいたらゾッ!とするだろう。
瞳は蕩け、頬は上気し、狂った様に嗤い続けているのだから。
いや、もう既に狂っている。
狂った彼女を止められる者等、存在しないだろう。
「おかえりなさい」
…………!
「犯罪者?君は何を言ってるんですか?」
………………………!
「はは、仕方ないでしょう?好きなんだから」
…………………!
「僕がおかしい?君は恋をしたことがないんだね」
………!………………!
「嘘ですね。恋と言うのは、その人を失ったら生きて行けないんですよ?」
…………!
「恋ではないと?君は、まだ見付けられていないみたいだね。だから、そんな事が言えるんだよ」
……………!………………!
「はぁ、君みたいな人が多くて困りますね」
………?
「おかしいと決め付けるのはやめてください。僕からすれば、今の人達の方がおかしいと思っています」
………………?
「何故って?決まってるでしょう?簡単に浮気をする、離婚する、些細な出来事で別れる。僕の考えからすると理解出来ない」
……、……
「反論出来ないみたいですね?」
コク
「一生を添い遂げられない恋は、恋ではないです」
?
「あぁ、今のは僕の自論ですよ」
?
「何故、急に?ですか」
コク
「貴方なら理解できると思ったからですよ」
?
「今は分からないと思いますがね。ですが、貴方も分かる時が来ますよ。砂羅さんも、僕と同じ考えに至ったからですよ」
…………?
「僕と同じ自論に至った砂羅さんの表情は、とても綺麗だった」
…!
「あぁ!でも一つだけ残念です。綺麗な表情を僕ではない人に向けるのが……」
スス
「逃げないでくださいよー」
ビクッ!
「君には、僕の話に付き合って欲しいんですよ」
そろりそろり
「だからね?」
?!
「これなら、逃げれないでしょ?」
ズズ
「さぁ!語り合いましょう!鳴喜さん?」