夢見る少女
ソルは私の言葉が分かっているのかいないのか、大きく頷くと、再び私を担いで歩き出した。
心地よい揺れに身を任せ、お尻が痛くないように寝転んでいると、ソルが私に何かを伝えようとしていた。
檻から外を見てみると、どうやら森から抜けたようだった。そこは、どこまでも続くような広い草原だった。
一陣の風が吹き抜け、次々と短い草がお辞儀するように揺れた。
初めてみる景色。私は胸を躍らせた。
「凄い…。一面草しかない。
深い森を抜けた先の大きな平原…。
ここはもしかしたらユウラ平原かも。
それなら!」
幼い頃から友達が一人もいなかった私は、孤児院の書物を片っ端から読んでいた。
もちろん初めは全く読めなかったが、シスターが話している内容や、挿絵などを参考にして、少しずつ読めるように努力した結果、私はほぼ完璧に字が読めるようになった。字が読み書き出来る孤児はほとんどいなかった為、時折配られる嗜好品の中にある本は人気がなく、いつも余っていた。
私はそれらを読んで、孤児院の外の世界に思いを巡らせていたのだった。
何度も読み返した世界の地理が載っている本や、地図の内容と、これまで私がいた場所から推測すると、おそらくここはユウラ平原。
そう言う結論に至ったのだった。
「ソル。ここから太陽が沈む方角へ真っ直ぐ行ってくれる?多分街があると思うから。」
私が指をさして方向を示すと、ソルは「ウ。」と小さく返事をして、その方向へと歩いてくれた。
「ありがとう。ソル」
私は彼にお礼を告げると、ソルは少し嬉しそうに頷いた。
◆
月明かりを頼りに読んだ物語は、
いつも私を救ってくれた。
カッコいい王子様が、お姫様を救い、幸せになるお話。
どんなものでも溶かしてしまう高熱の息を吐くドラゴンを知恵と勇気で打ち倒した英雄の話。
どの物語もとても面白かった。
しかし、その中でも、私の心を掴んで離さなかったのは、残酷な物語だった。やけに生々しい内容で、自伝のような記述で物語は綴られていた。
そのお話のタイトルは、『悪魔の花嫁』。
生まれつき顔に痣がある少女が、家族や、親戚に虐待されてしまうのだが、ある日、遠い昔作られた落とし穴に落ちてしまった時に、偶然悪魔と出会ってしまう。
悪魔は封印されており、少女に契約を持ちかける。
「何でも願いを叶えてやるから封印を解いてくれ」と。
悪魔の胸には聖剣が突き刺さっており、長い時間放置されていたのか木の根っこが体を覆っていた。
少女は悪魔の願いを聞き届け、聖剣を抜いてしまう。そして、願う。
「もう、私を殺してくれ」と。
少女の心はすでに壊れていたのだ。度重なる嫌がらせと、彼女の尊厳を傷つける行為によって。落とし穴に落ちたのも、ありとあらゆる暴行をその小さな身に受けた後だった。
「もう、お前には何の価値もない。」そう言われ、両親に穴へ放り込まれたのだ。
少女は絶望していた。
悪魔は愉快そうに高笑いした。
「まさかそんな願いが来るとはな。
ほら、人間らしくもっと欲望に満ちたことを願えよ。ほら、金とか欲しくないのか?」
しかし少女は頑なだった。
「早く殺して。約束でしょ?」
少女の目に光は無かった。
「もともと願いを聞くつもりなど無かったんだがなぁ。気が変わった。
お前は俺の側で、最高の気分にしてから殺してやるよ。それまでお前には不老不死の呪いを掛けてやる。」
「そう。どうでも良い。
因みに、最高の気分ってどんな感じなの?」
「そりゃあ、そのままさ!幸せな人間を不幸のどん底に突き落とした時みたいな気分さ!」
「私にはその幸せがわからないわ。」
「まぁ、俺に任せとけって。」
それから、悪魔は人間の姿に化け、少女につくした。まるで、本当の家族であるかのように。
綺麗な服をあげたり、美味しいものを食べさせたり、普通の人間なら誰もが喜ぶことを。
しかし、少女は喜ばなかった。
「なぁ、お前。俺は今まで人間なら喜ぶ事を散々してやったつもりだ。だが、お前は全く喜ばない。お前はどうすれば幸せになるんだ?」
悪魔は痺れを切らし、少女に聞いた。
すると、少女は無機質に語った。
「今まで私がされてきた事を、やり返せば、私は人間として生きていけるかもしれない。」
悪魔は笑った。
「何だお前。こっち寄りだったのか!それなら話は早い。誰に何をすれば良い?ほら言ってみろ!」
その一ヶ月後、ある一つの街が滅んだとの王都に報告が入った。
報告によると、少女の姿をした悪魔と一人の男が、街の人達を残さず拷問にかけたとの事だった。
山賊と結託し、街中の地下室に全員を捕らえ、声が漏れないように拷問を行っていたらしい。
飯もまともに食わさず、性的暴行など、やりたい放題だったらしい。
その中で、何とか一人だけ生き残ったようで、その男性からの証言で少女の存在が発覚した。
少女の姿をした悪魔は突然街中に現れるとこう言ったらしい。
「今までの私の苦しみに耐えることが出来たら助けてあげる。」
それからはもう阿鼻叫喚だった。簡単には殺さず、残虐な拷問の日々。男性は何と30日間耐え続け、ようやく解放されたそうだ。
◆
「なんだ。あなたの幸せってこんなものかぁ」
自分を虐げた人達を牢に入れ、目の前でひたすら拷問を行い少女は無意識に笑みを浮かべた。
「その割には嬉しそうな顔してるじゃないか。血だらけでまるで悪魔だな。」
「冗談言わないで。」
泣き叫ぶ町人の悲鳴と、彼女の親族だったもの達の許しを請う声。
「じゃあ、次は父さんの番ね。まずはその股間の物壊してあげる。もう要らないでしょ?耐えることが出来たら助けてあげるわ。
私も耐えたんだから。大人なら大丈夫よね?」
少女は幸せそうな笑みを浮かべて器具を握った。
◆
この物語を初めて読んだ時はどうしようもなく怖かった。
しかし、時が経つにつれて、この少女は私と同じなのではないかと思ってきた。
おかしいと思う?歪んでいると思う?
それでも私はこの物語が好きなの。
悪魔は私の前には現れなかったけど、私にはソラがいる。
不思議と私の気分は高揚していた。