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巨躯の男


突然鳴り響く凄まじい轟音。


檻の中にいるのに何故か体がふわりと浮いた。

どうやら、なにかの衝撃で馬車が横転した様だ。景色が逆さまになり、壊れた壁から外の光が漏れ出していた。


幸か不幸か、私は頑丈な檻の中にいたので、多少の擦り傷はあったが、大きな怪我などは無かった。


「うう…痛たたた…。

うぁっ!?」


逆さまの檻の中で、私が見たものは、圧倒的巨躯。


その男は非常識なほどの筋肉を蓄え、大きく息を吸って吐いてを繰り返していた。体は傷だらけで、幾度となく戦いを繰り返してきたのだとわかった。体には赤い不思議な模様が刻まれている。


男は、そばに落ちている檻に顔をくっつけて中を覗くと、首を横に振り別の檻を見る。どういうつもりなのかわからないが、同じ動作を繰り返していた。


男が檻の中を覗くたびに中にいる人達の悲鳴が上がる。


男はそれを数回繰り返すと、ついに私の檻の前に来た。


私は檻の中なので、当然身動きが取れない。


男は大きな目を見開き、両手で檻を掴むと、中の私を凝視した。


いや…、近い近い近い!!


「な…。何?」


悲鳴に近い声色で私は言った。


「ウー?」


この声…、聞き覚えがある。動物じゃなくて、この男の声だったのか…。


彼の頭部には、包帯が巻かれていた。隙間から覗く皮膚は爛れ、目を逸らしてしまうほど惨状だった。手にも包帯を巻いている様だが、どう見ても何本か指が足りない。残っている指も、爪が剥がれていたり、明らかに短かったり、ひどく歪だった。


喉も潰されているのかまともに発音も出来ない様子で、檻に顔を近づけ、私を凝視し続けている。


かなりの恐怖を感じながらも、一つの疑問が浮かぶ。


周りにもかなりの数の檻があり、呻き声が聞こえる。

しかし、檻は全く壊れた様子が無かった。どうやら衝撃で壊れたものは無さそうだった。


どうしてこの男だけが檻から出ているのだろう…。

そう思ったが、すぐに理解できた。


奥の方に見えるひしゃげた檻と、両手両足についた千切れた鎖。


そう。この男は文字通り檻を破ったのだ。しかも道具も使わず、素手で。この惨状も、恐らくこの男の仕業なのだろう。


そんな巨大な男に凝視されているのだ。

私は否応にも恐怖心を抱いた。


「な、何?私をどうするつもりなの!?」


男は言葉を発さず、荒い呼吸で私を見ている。


「…なんなのよ…。何か言ってよぉ…。」


無言で凝視されて、私が檻の隅に縮こまり、隅っこで涙目になっていると、男は檻から顔を離し、「ヴッ!」と短く発声すると、大きく縦に頷いた。


男は畏まったような仕草で、少し距離を取り、片膝を立て、頭を下げた。


そして、ゆっくりと私の方に右手を、掌を下に向けた状態で差し出した。


薄暗い馬車の中。上に空いた穴から光が差し、男を照らしていた。


何やら儀式めいた雰囲気に私は困惑した。まるで忠誠を誓うかのような仕草。


私は何をどうすればいいのか全く分からなかった。


「な、何して…!?」そこまで言って、ひとまず立ち上がろうとしたとき、何かにつまづいて、男の方にダイブしてしまった。


「きゃっ!」


顔面を強く男の歪な手にぶつける。


「痛っ!」


硬い男の手に顔をぶつけ、自分の歯で口を切ってしまったようで、口から血が出ていた。男の手にも私の血が付着している。


私が、涙目で座り込んでいると、男はゆっくりと顔を上げた。


そして、自分の右手をまじまじと見ると、地面を思いっきり踏みしめて、上に向かって全身で長い咆哮をした。


あまりの轟音に思わず耳を塞ぐ。


しばらく間が空き、唐突に男は私の入った檻ごと左の肩の上に乗せ、担ぐと、空いた巨大な穴から悠々と馬車から降りた。


「ヴッ!」


小さく声を上げると、大男は意気揚々と私を担いだまま歩き始めたのだった。


「ひゃっ!?な、何!?何するつもりなの!?怖いから降ろして!」


私は男に必死に訴えかけた。なんせ今まで見たことの無い様な大男に担がれているのだ。


私の視線は今までないほど高いところまで上がっていた。

もう。怖くて仕方がないのだ。


馬車から出たことで、陽の光が直に目に入り目を隠す。


「眩しいっ!」


外に出ると、森の中だった。

どうやら車を引いていた馬は逃げてしまった様子だ。奴隷の運び手は不運なことに、衝撃で吹き飛ばされてしまった様で、木に頭をぶつけて伸びていた。


そんな事など全く気にせず、森の中を男は悠々自適に闊歩する。表情は読めないが、心なしか上機嫌に見える。


裸足なのになんの問題もなさそうだ。


「ね、ねぇ。どこ行くの?」


男に問いかけるも返答は無い。


しばらく男に担がれながら歩くと綺麗な川辺に出た。少し開けた河原の様な場所だ。


男はそこで私の入った檻を丁寧に降ろすと、川の前まで歩いて行った。


離れてみるとよく分かる。私はあんなに大きな人間を見たことが無い。もしかして、人間では無いのかもしれないと思ってしまった。


顔も包帯まみれだし、何も喋れないし。それに意思疎通も出来るかわからない。


なんというか本当に得体が知れない。


しかし、大勢いた奴隷の中で私だけ外に連れ出したのはどういう事なのだろう。それに、助けたいという事なら、何故、檻から出してくれないのだろう。


私は男の心理が上手く汲み取れないでいた。


しばらく後ろから川の前にいる男をぼーっと川を眺めていると、男は一瞬だけ動き、大きな水飛沫が上がった。


突然の事だったので、体がピクリと反応する。


そして、唐突に、ビシャッという音が私のすぐ隣で鳴った。


「ひゃっ!何!?」


音のなった方向を見てみると、一匹の魚がピチピチと跳ねていた。


「もしかして魚を取ってたの?」


「ヴァ」


返答のつもりなのかは分からないが、男は短く発声した。


そして、次々と素手で魚を取っていく男。みるみる増えていく魚の山。見たことがある魚もいたし初めて見る魚もいる。

しばらく経つと、私の隣にはこんもりと魚の山ができていた。


男は私のそばに来ると、山の中から、一番油の乗った一匹を残った指で器用に掴み、私に差し出してきた。


「え?くれるの?」


男は答えない。


しばらく魚を受け取らずに男を見ていると、男は持っていた魚を優しく檻の中にいれて、隣の魚の山に貪りつき始めた。


男は生魚をまるで炒り豆を摘むように口の中に放り込んでいく。


かなりの量があったのだが、骨すら残さず、跡形もなく平らげてしまった。満足げに筋肉で六つに割れた腹を叩く男。


それから男はしばらく檻の中の私を見ていた。包帯で顔が隠れている為、表情は読めない。いや、もしかしたら、ひどい傷で表情が作れなくなっているのかもしれない。


檻に顔を突っ込み、微動だにしない男を見て思った。



数十分後、男は相変わらず私を見ていた。まるで、虫かごの中の虫を観察する少年ようだ。

私の神経が案外図太かったのか、こんな異様な環境にもすぐに慣れてしまった。


もう、男の目もあんまり気にならなっていた。


私はそばに落ちた既に動かなくなった魚を拾う。

実は、私は魚があまり好きではない。特に生魚は尚更だ。


もちろん原因はある。

孤児院にいた頃になんとか自力で空腹を満たそうと、魚を釣ってそのまま食べたのだ。しかし、結果は腹痛と下痢。余計に腹が減る結果になってしまった。


それ以来、私は魚を食べる気にはならなかった。


魚をとりあえず床に置き、男から背を向け、横になる。


ちらっと男の様子をみる。


…まだ見てる。どういうつもりなんだろ?


「ヴーゥ…。」


そう思っていると、男は残念そうな声をあげ、唐突に立ち上がり、のそのそと森の中へと入って行った。


男の視線から外れ、私は少し安心したのか、そのまま眠りについた。



どれぐらい眠ったのだろう。次に目が覚めた時、すでに夜になっおり、私の隣には沢山の果物が置かれていた。


シスターの食卓によく並んでいたものと同じだ。


巨大な男は私の檻のそばで大型犬の様に丸くなって寝ていた。


どれも見たことのある果物ばかりで、美味しそうな物ばかりだった。良いものをわさわざ選んで持ってきているような感じがした。


「これ、私の為に取ってきてくれたのかな…。」


檻の中から男の体に触れてみる。まるで岩の様な感触。ゴツゴツしていて、とても同じ人間だとは思えない。


体に刻まれている傷は様々で、男が今までどんな生活を送ってきたのか想像させた。


…でも、どうしてこの人は私に親切にしてくれるのだろう…。


理由は分からなかった。


男はスウスウと静かな寝息を立てている。


「ありがとう。頂きます。」


私は小さく男に感謝を告げ、置かれていた果物を着ていたボロ切れで拭くと食べ始めた。両手に枷がはめられている為、凄く食べづらい。


生まれて初めて食べた果物は、とても甘くて、美味しかった。

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