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プロローグ 白髪の悪魔


「…うん。知ってた」


薄暗いギシギシと軋む馬車の中、ボソリと小さく繰り返す。


目の前には鉄格子。頭上には低い天井。


そして、私の手には枷が嵌められていた。


馬車が揺れる度に下半身が痛んだ。



老人のような白く、膝まで伸びる髪の毛に、赤い瞳。


白髪の悪魔。

私はその奇異な見た目から周りの人間に気味悪がられ、そう呼ばれていた。


髪の毛を一切切らずに伸ばしっぱなしだった私の姿は、恐らく化け物じみていた事だろう。


はたから見れば、真っ白な毛むくじゃらの化け物が歩いているように見えたに違いない。


でも、私は怖かった。私の目を見て、化け物だと罵る他の人達が…。

だから、髪の毛は切らなかった。この老人のような髪の毛も不気味だと言われたが、眼を見られるよりは数倍マシだったから。


悪魔と良く似た真っ赤な瞳。この瞳のせいで。私はよく悪魔だと罵られた。悪魔とは、人の心を弄ぶ存在だ。これ以上の侮辱の言葉はそうはない。


私は自分の赤い瞳が嫌いだった。


そんないつも俯いている私を見て、多くの普通の人は、不気味な奴だとか、魔女だとか、化け物だとか、私を罵った。


わかっていた。私は元々皆とは違う。皆んなとは決して同じにはなれないんだって。


こんな見た目をしていたからだろうか、私は物心ついた時には孤児院にいた。幼心に気づいていた。恐らく私は捨てられたのだろう。


残酷な結論。しかし、不思議と納得もしていた。


私は、毎日酷い嫌がらせにあっていたからだ。こんな私の事だ。側にいるだけで損することは目に見えている。


同じ施設の子供達の奇異の目と、毎日殴る蹴るの暴行。私の体には痣がない日は無かった。


他の孤児たちの仕事を押し付けられ、終わらなくてはまた殴られた。唯一の楽しみの食事ですら、他の孤児達に奪われ、満足には食べられず、よく残飯を漁った。


夜な夜な厨房に忍び込んでゴミを漁ると、涙が出た。


「私…。なんで生きてるのかな?」


毎日泣いた。生きていることに疑問すら抱いた。


でも、そう思っていた時、転機が訪れた。



ある富豪が、気に入った女児がいれば引き取りたいと名乗り出たのだそうだ。


孤児院のシスターは嫌がる私の髪の毛を無理やり切り揃え、めかしつけた。そして、あざが目立たない様に、必要以上に化粧を施し、袖の長い黒いワンピースを私に着せた。


黒い服に私の真っ白な髪の毛は嫌に目立った。その見た目を見て、魔女だの、似合わないだの、化け物だの、他の孤児に罵られたのは言うまでもない。


私は他の孤児たちよりも一際目立った。なんせ、一人だけ髪の毛が真っ白で、目も赤い。それに厚化粧だ。そんな妙な見た目の私は、シスターの思惑通り、富豪の目に止まったのだった。


豚の様に肥えた、身なりの良い富豪は私の顎をくいっとあげると、私の顔をまじまじと見た。生臭い息が顔にかかる。


「ほう…。随分と擦れた眼をしている。

しかし、銀色の珍しい髪と、悪魔のように紅く深い瞳…。ようし、気に入った。君にしよう。」


シスターはこの子を幸せにしてくださいと慈愛に満ちた顔をしながら、富豪から銅貨を受け取っていた。


銅貨5枚。価値にしてパン5つと同程度。


これが、私の価値だそうだ。


富豪が孤児院に施すには、あまりに少ない額。どうやら孤児院のシスターは私をどうしても追い出したかったらしい。


そうして私は富豪に連れていかれた。私は少し期待した。少しでもこの苦しい生活が変わればいいと。


しかし、待っていたのは二つ目の地獄だった。



富豪の家に連れて行かれると、いきなり服を脱がされ、地下室に連れて行かれた。


暗い室内で、松明の火が辺りを照らしている。


よく見ると、周りにも同じ様に服を着ていない女児が不安げな表情で列を作っている。


出口には、武器を持ったニヤついた男達が見張っており、とても逃げられそうにない。


周りの子達と同じく不安を感じながら、奥に見える鉄製の扉に少しずつ近づいていく。


そして、扉の前まで来た時、悲鳴が聞こえた様な気がした。


鉄の扉の奥には、もう一つの扉があった。


恐らく、音が漏れない様に工夫しているのだろう。


二つの扉を通り抜け、新しい部屋に出る。


焦げ臭い嫌な臭い。そこは灼熱の地獄だった…。


熱気を帯びた炉に、燃料をくべながら、目の前の年老いた男は振り向き、醜悪な笑みを浮かべた。


「ひひひひひ…。痣だらけじゃないか。それに痩せっぽっち。汚い体だなぁ。しかも、その目!まるで悪魔だな。君は見世物小屋にでも入るのかねぇ。さぞ人気者になるだろうなぁ。ひひっ!」


その部屋と、男の言葉で私は今の状況を悟った。


私は富豪に引き取られたのではなく、【奴隷商】に売られたのだと。


男は灼熱の炉から高温に熱された真っ赤な焼印を私に向けながら、しゃがれた声で言った。


「さあ、後ろを向きな。あの子の様に顔を焼かれたくはないだろう?」


男は空いた左手で奥の方を指差しながら私に言った。


どうして今まで気がつかなかったのだろう…。


「ひっ!?」思わず悲鳴をあげる。


そこには、なんども身体中にに焼印を押し付けられたのか、焼けただれた体の子供が、両手両足を枷に嵌められ、吊るされていた。


身体つきから辛うじて女の子だとわかる。


ひゅー、ひゅーと今にと事切れそうな呼吸をしている。


特に顔は入念に焼かれた様で、原型は留めていなかった。恐らくもう助かることは無いだろう。


「ひひひ!安心しな。おれぁ優しいから、一瞬で綺麗に焼いてやるよぉ。まぁ、大人しくしてればの話だがなぁ。ああはなりたく無いだろぅ?


ほら、後ろ向きな。嬢ちゃんの尻に一生消えない俺の印を刻んでやるからよぉ。」


私は小さな悲鳴をあげ、恐怖ですぐに後ろを向いた。


「へへっ。良い子だ。約束通り一瞬で焼いてやるからな。


でも、俺の一瞬は結構長いって評判なんだぜぇ。


いい声。聞かせてくれよ?逃げたら最初からやり直しだからなぁ」


…それからの事はあまり思い出したく無い。




小さな檻の中、馬車が振動する度に、私は下半身の痛みに顔を歪ませた。


異形の見た目の私は、他の子達とは違い、見世物小屋行きだそうだ。閉じ込められていた牢の中で、男たちが笑いながら話していた。


服と言えるのかわからないボロ切れを着せられ、他の奴隷達と馬車に揺られる。


他の子供達は手足が無かったり、体が欠損している子が殆どだった。包帯を巻かれていることから、先天的では無いのだろう。


私はまだマシな方なのかもしれない。


「ウガアァァァア!!」


時折聞こえる獣の様な咆哮と、金属の檻を叩くような音が耳をつんざく。


恐らく同じ馬車に動物でも乗っているのだろう。


私は見世物小屋の動物たちと同列らしい。うるさい吠える声も、しばらく聞いていると慣れてしまった。


最初は皆怖がっていたが、もう誰も反応しない。


…期待なんてするもんじゃ無い。


そう。


こうなる事は分かってたでしょう?


自分に言い聞かせる。そうしないと壊れてしまいそうだったから。


同時に、疑問が浮かぶ。

どうして私はまだ生きているのだろう?


もしかしてまだ、この世界に希望を抱いているのだろうか?こんな世界に?


それは私にも良くわからない。


私は自分に言い聞かせる様に呟いた。そう、私はこうなる事を知っていた。そう思い込むために。


「うん。知ってた。」


最初から期待なんてしなければ良いんだ。


そうすればこれ以上落ち込むことなんてないのだから。


「うん。知ってた。」


私が辛くても、今日も空に太陽は昇る。

私が死んでもいつもと変わらず月は夜を照らす。


これからも何も変わらない。


私など関係なく、世界は回っていくのだろう。



そう、思 っ て い た…。


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