第2話(2)
僕とヒツジは、カウンターの奥のテレビに映るスペインのサッカーの試合を眺めながら生ぬるいビールを飲んでいた。
「やれやれ」とヒツジはつぶやくように言った。
「どうかしたのか?」と僕は訊く。
「馬鹿馬鹿しいなと思ってさ。今の大学生活も卒業後のことも。ついでに言うといままでのしょうもない人生を振り返っている俺自身がさ」
「誰だってそんなものじゃないか。不満のまったくない生活なんてありえない」
「そうかい?」といくばくかの驚きを顔に出しながら、ヒツジは言った。
「思春期が終わっただけで、まだまだ僕らは尻が青い子供も同然さ」と僕は言った。
ヒツジは何も言わずにテレビの画面をじっとにらみつけていた。反論の言葉をここではないどこかに探し出そうとしているようだった。
「やれやれ、あんたの言う通りかもしれない。でもあるいはケツの青いガキのほうがいいのかもしれない。現実を達観した老人よりはね」
「どちらとも言えない。隣の芝生は青く見える」
「はっきりしないな」とヒツジは言った。「まあ老人は老人らしく。子供は子供らしく。夢を見ちゃいけないとは誰も言ってないしな」
「その通りだ」と言って、僕は軽くうなずいた。
「なあ、あんたの夢ってなんだ?」とヒツジは視線をこちらに向けて言った。
僕は少し考えこむ。無言の間が我々の周りを刹那、支配する。
「夢なんて、ないさ」僕はポツリと言った。
その言葉は、まるで自分から出たものとは思えないような違和感を生み出したが、その意味するところはまさしく真実だった。
少しばかり飲み過ぎたようだ。たまには悪くないだろうと自分を納得させる。別に気分が悪くなるまで飲んだわけじゃないかと。
部屋に着くとコップに水を2杯飲んだ。腕時計を外し、服を脱いでベッドに転がり込む。
しばらくすると強い眠気が襲ってくる。僕はそのまま眠ってしまった。
*
怜央がいて、何かを僕に話しかけている。何を言っているかはわからない。
また星空の見える空間に横たわっていた。暗くて、広いのか狭いのかあいまいだ。ただ不思議と落ち着いていて悪い気はしない。
彼女は僕達が通っていた高校の女子の制服を着ていた。
靄がかかっているのか顔はよく見えない。
怜央の気配がが徐々に離れていくのがわかった。
彼女の名前を呼ぼうにも声がでない。体も動かせない。
僕の意識は、温かい泥のなかにゆっくりと沈んでいった。
「ゆっくり眠りなさい」そう言われた気がした。