02.12/16(月)休演日/『よいこのえんじょうのふせぎかた』
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櫻井水鳥 様
この度は、若手俳優炎上防止委員会へご返信いただき、誠にありがとうございます。
櫻井様には、清く正しく、叩いても埃の出ない模範的な若手俳優を目指していただくために、微力ではございますが、当委員会が全力でバックアップを担当させていただきます。
「模範的な若手俳優」の到達地点といたしまして、櫻井様が目標としている『王国劇場での舞台出演が決まり、無事に大千穐楽を迎えるまで』と設定させていただきました。
こちらの項目を達成されるまで、炎上をされる度に炎上前にリセットをさせていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします。
早速ではございますが、下記の内容にお心当たりはございませんでしょうか?
お時間がある際にご確認いただけますと幸いです。
尚、下記項目は櫻井様が万が一炎上してしまい、炎上以前の時間に戻られた際に随時追加させていただく予定です。
それでは、ノー炎上若手俳優ライフを目指して、日々健やかにお過ごしくださいませ。
若手俳優炎上防止委員会 リト
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十二月十六日(月)、休演日。
昨日は事態を認識するのに精一杯で、ほとんど眠ることが出来なかった。
リトという名前のアカウントから送られてきたダイレクトメッセージを、何度も何度も読み返す。最初はまるで取引先からのメールのような丁寧な文章にのせて、「炎上する度にリセットされる」という現実味のない内容がつづられていた。
その後は『もしいみがわからなかったら、おとなのひとによんでもらってね』と、急に小馬鹿にしたようなひらがなばかりの丸いフォントでこう書かれている。もう口に出して言えてしまうほど目を通した。
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『よいこのえんじょうのふせぎかた』
①SNSはこわいところなので、とうこうするまえにかならずいかのないようをかくにんしましょう。
・いまいるばしょがとくていされてしまうようなしゃしんをアップしようとしていませんか?
・いっしょにうつっているひとはアップしてももんだいないあいてですか?
・もしないしょのこいびとがいるひとは、テンションがあがっておそろいのものをつけていませんか?
・こいびとといっしょにあそびにいったばしょを、さもひとりでいきました! といってアップしようとしていませんか?
・こいびとは、なまえをかくしてSNSにあなたのそんざいを『におわせ』てはいませんか?
・こいびとのSNSに、あなたがあげたファンからのプレゼントがうつっていませんか?
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①、と書かれているのに続きがない。
それは恐らく前述に『尚、下記項目は櫻井様が万が一炎上してしまい、炎上以前の時間に戻られた際に随時追加させていただく予定です。』と記載があるためだろう。
まずは、ここに気をつけなさいよ、ということだろうか?
ありえないことが、今自分の身に起きていることは重々承知している。
だが、それより何より、まずやらなければならないことがあった。
「『そうですよ、確かにあの時僕は君を助けました。ですが、ただそれだけです。裏切者? 笑わせないでください。最初から、君を仲間だなんて思っていませんよ』」
去年の冬、つまり今、俺が演じていた役の台詞を明日までに入れ直さなければならなかったのだ。
大人気RPGアプリゲーム初の舞台化。
そのキーパーソンである役をオーディションで掴んだ。ここから、俺自身の人気も目に見えてあがったのだ。自分にとってかなり思い入れも強く、正直もう一度演じることができるのは嬉しくもあった。
当時はキャラクター人気のプレッシャーに押し潰されそうになりながらも、その時の最高を作り上げようと必死に役と向き合っていたが、それでも思い返せばまだまだやれることがあった、と分かる。それを挽回するチャンスだった。
しかし記憶を頼りに、といっても八ヶ月も前の舞台。一日で覚え直して、休演日明けの明日から、昨日までと同じように演じなくてはならない。出ハケはどうだったか? 着替えは? 殺陣は? 山のように覚え直さなければならないことがあった。正直、丸一日あっても完璧に出来るか分からない。でも、やるしかない。
そう意気込んでいると、ピロン、と通知が入る。
見れば、彼女からの連絡だった。
『今日会えない?』
絶対に無理だ、何を言ってるのだ。
確かに、この時期は休演日に会っていた気がする。マスクをして帽子を被って、こそこそと。だが今はそんな悠長なことを言っている場合ではなかった。
『ごめん、今日は忙しい』
『この前はオフって言ってたよね?』
『ちょっとやらなきゃいけないことが出来て』
『やだ、会いたい』
──彼女はこんなにもワガママな性格だっただろうか?
急に「彼女のせいで自分の役者人生が潰された」ことに対する怒りがこみあげてきた。彼女だけのせいじゃないことはわかっている。それでも、一言いっておかないと気が済まない、そんな気持ちになったのだ。
『本当にごめん、本番中だから集中したくて。今度絶対埋め合わせするから』
けれど、送ったのは無難な言葉。ひとつため息をつけば、ポコン、と会話が更新された。
『もういい』
絵文字も顔文字も使われていないその四文字は、彼女が怒っていることを明確に示していた。
どうしようかと思ったのも一瞬、彼女にはあとでしっかり謝るとして、今は台詞を入れることが重要だ。
「『そんな悲しそうな顔をされたって、僕は君を殺す任務を全うしなければならないんです』」
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数時間後、「今日は休演日!」という俺の投稿に対して、ひとつのリプライがついた。
それは、『匿名』と名前の付いた初期アイコンのアカウントであった。リプライには何も文字は書かれておらず、フォローもフォロワーもゼロだ。送られてきたのは、四枚の写真。
「…………これって、」
一枚目は、彼女と花見に行ったときに撮った満開の桜の木の写真。俺自身で投稿したものだ。
二枚目は、その木の前で彼女とツーショットで写っている写真。
三枚目は、彼女とイタリアンに行ったときに撮ったパスタの写真。俺自身で投稿したものだ。
四枚目は、その向かいの席に座った彼女を写した写真。
全部、撮ったのは俺。しかし、彼女が写っている写真は彼女にしか渡していない。
つまり、このいわゆる『捨てアカウント』から写真を送っているのは、彼女ということになる。
ぺロロン、ぺロロン。
鳴りやまない通知、誹謗中傷のリプライ。
さあ、と血の気が引いていくのがわかる。これじゃあ、一回目と一緒だ。
ふと、開いたままになっていた台本の、自分の台詞が目に入る。
「『後悔をするくらいなら、最初から仲間になんか入れなきゃよかったんですよ』」
その言葉が、目に焼き付いて離れなかった。
そして、記憶はまた切れる。
【ループ1回目:過去の投稿写真と同時に撮った彼女との写真を公表され、炎上】
かなり期間が空いてしまいましたが、2話投稿です。よろしくお願いいたします!