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01.8/15(土)マチネ/『今まで夢を見させてくれてありがとう』




 八月十五日、午前七時。

 目が覚めたら、人生が変わっていた。




 ベッドの中でスマホのアラームを止めて、そのままSNS『シャベッター』を開く。

 自分のアカウントの呟きについたコメントで目に飛び込んできたのは、誰にもバレないように付き合っていた、中学・高校と同級生だった彼女の写真。自分と彼女が、仲良くふたりで写っている画像が二枚、添付されていた。食い入るように見つめる。これは、初詣の写真だ。確かに、撮った記憶がある。


 背中から、嫌な汗が伝った。真夏のはずなのに、冷や汗が止まらない。手も震える。


 ペロロン、ペロロン。軽快に鳴り続けて止まらないSNS通知に、慌ててスマホをサイレントモードにした。通知って、どうやって消すんだっけ。普段なら嬉しいはずのその音が、今は怪物の鳴き声のように恐ろしかった。


『カノバレ最低』

『降ります』

『今まで夢を見させてくれてありがとう』

『仕事とプライベートも分けられないの?』

『チケット全部捨てた』


 今まで称賛と同意ばかりだったリプライは見る影もなく、それはもう散々なものだった。

 呆然と増え続ける悪意ををただ見ることしかできない。

 その間にも、昨日の夜に投稿した「今日もご観劇ありがとうございました!」という記事に対して、アプリを更新するごとに過激な反応が増えていく。


 いつも絵文字と顔文字をたくさんつけて可愛らしい文章を作って、受けの良い女の子像を作り上げていたアカウントで。ヘアメイクをきっちりと決めた後ろ姿の写真をアイコンにしたアカウントで。このためだけに作った初期設定のままのアイコンのアカウントで。『愚痴垢』と呼ばれる、匿名性を利用した誹謗中傷を目的として発言するアカウントで。


 2.5次元舞台を中心に活躍する若手俳優、櫻井(さくらい)水鳥(みどり)に彼女がいることを叩く。




 ーー炎上。



 その言葉が水鳥の頭の中を支配した。

 通知が止まらないスマホで、『炎上』と検索する。


 ーー『炎上とは、不祥事の発覚や失言などとインターネット上に判断されたことをきっかけに、非難が殺到し収拾が付かなくなっている事態または状況を差す。』


 今日も昼から公演がある。

 確か、終演後の日替わり挨拶は、俺じゃなかっただろうか?

 そもそも、どうして写真が流出した?

 俺のせいで、空席が目立ったらどうしよう。

 せっかく、主要な役もつかめるようになってきたのに。

 劇場に入ったら、共演者に何て言われる?

 もっともっと有名な俳優になりたかったのに。

 たくさんのお客さんに、俺はどう映る?

 『炎上俳優』のレッテルを貼られて、この業界を生きていけるのか?


 ぐるぐると、頭の中で色々な不安が渦巻く。

 どうして、どうしてこんなことになったんだ。彼女が? いいや、あの子がそんなことするわけがない。誰よりも俳優業を応援してくれて、忙しくてたまにしか会えなくても嫌な顔ひとつしたことがない彼女が。


 『どんな理由があろうとも、カノバレはカノバレ』

 

 今増えたばかりのリプライのひとつが頭の中を支配した。


 確かにその通りだ。

 舞台の若手俳優というのは、テレビメインで活躍している同年代の俳優と違って、圧倒的に認知度が低い。舞台に足しげく通ってくれる一部のファンをつかんで離さないために、リアコ営業、と俗に言われるような「自分を恋愛対象と思わせるファンサービス」も、少しはしている。


 アイドルと同じようなものだ、恋愛禁止とうたわれているわけではないが、夢を売る立場で、彼女の存在を少しでもちらつかせてはいけないのだ。

 

 どうすればいい、まずはマネージャーに連絡するべきだろうか。

 そう決めて握りしめたままのスマホに再度視線を落とすと、ちょうどとんできたリプライが目にとまった。



『ねえ、やりなおしたいかい?』



「…………え、」 


 それは、他の誹謗中傷ばかりのリプライの中で目立つ、奇妙な問いかけだった。

 やりなおす。そんなことができたら、どれだけいいだろう。

 彼女と付き合うのをやめる? 写真を撮らないようにする? それともーー流出させた犯人を突き止める?


 どれにしても、戻れるなら、やれることはたくさんあるはずだ。



『やりなおしたい』



 無意識のうちに、その平仮名七文字を入力していた。

 


 ーーーーそこで記憶がぷつんと途切れる。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「お疲れ様でしたー!」

「っ?!」


 明るい声に、ざわざわとした空間。

 目が覚めると、俺は、見知った部屋にいた。


「あれ、水鳥寝てたの? まー、疲れるよね、マチソワ」

「えっ、あ、……うん、悪い」


 楽屋だ。

 しかし、目の前にいたのは今共演している役者じゃない。彼は今年は日曜朝の戦隊モノのグリーンを演じている。舞台に出る暇などないはずだ。

 

 きょろきょろと見まわしてみると、部屋にいた役者たちは、全員去年の冬に同じ舞台で共演したメンバーである。もう帰る準備を終わらせている人がほとんどで、ニット帽にマスクに厚手のジャケット。さっきまでの俺がいた真夏とは正反対の服装だった。


 まるで、本当に去年の冬に戻ったような。

 …………戻ったような?


「なあ、今日何日だっけ」

「は? 十二月十五日、明日は休演日だぞー」


 ーーーー『ねえ、やりなおしたいかい?』


 流出したのは初詣の写真。去年の冬はそれを撮る前だ。

 本当に、俺は炎上する前に戻ってきたようだった。


 慌ててスマホを開いて『シャベッター』の自分の呟きを確認する。もちろんまだ、あの写真は誰も添付していない。当たり前だ。しかし、それは俺をひどく安心させた。



 肩の荷がおりたと認識した途端、無意識に涙が溢れて止まらなかった。



「あー、京也、水鳥泣かせてやんの」

「はあ?! 違う、こいつが勝手に泣き出したんだよ」

「悪い、目にめっちゃデカいゴミが入って」

「なーんだ。あ、俺目薬あるよー!」


 もし俺が炎上したら、こうして親しくしてくれてるヤツらも、手のひらを返したように軽蔑するのだろうか。絶対に、ここまで築き上げた信頼は落としたくなかった。


 目薬をありがたく借りてから落ち着いてスマホを見返すと、ピコピコ、とダイレクトメールの受信を知らせる通知が入っていた。開いてみる。


 相手のアカウント名は『リト(@Rexxt_Rexxxxt)』と書かれている。知らないアカウントからだ。おかしい、知り合いからしか受け取れない設定にしていたはずなのに。


 そこにはこう書かれていた。








()()()()()()()()()()()()()()()』、と。







連載作品、はじめました。

なろうで書くなら異世界転生が書きたい!と別のものを書いていたんですが、ハイファンタジーを今まで書いてこなかったためすぐに煮詰まり、ふと思いついたこっちのタイムリープものがするする書けたため、投稿に至りました。


はじめてのストックなし連載、ゆるゆる書いていきたいと思いますのでよろしくお願いします。

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