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第3章:烏合の戦場ⅩⅧ『レイラ』


 レイラは、青鬼(ユニル)の母親と、赤鬼(オグル)の父親の間に産まれた混血児である。


 父の顔は生涯一度も見たことがない。

 名前も、母は頑なに教えてくれなかった。


 しかしその男は赤鬼の中でもかなり高位の身分であるらしく、彼女は混じり者ではあったものの、他の青鬼たちからの迫害を受けることもなく、比較的普通の奴隷と変わらぬ生活を送ることができた。


 ただし、周囲はいつもレイラとその母親を腫れ物のようにあつかった。

 極力眼をあわそうとはせず、仕事以外の時は近づこうともしない。


 幼い少女はそれを寂しく思い、自分の髪が銀色であったならと、どうにもならない差異を憂いた。


 混じり者は、男ならば赤鬼に近い姿で産まれ、女ならば青鬼とよく似た容姿で産まれる。

 レイラは母親の血をより濃く継いでいたため、髪の色さえ同じであれば、他の青鬼と見わけがつかないほどであった。


 彼女の暮らす集落には、レイラ以外に混じり者がいなかったこともあり、彼女はますます銀の髪を欲した。


 そして、彼女のささやかな願いは、数年前母親が病で息を引き取った日を境に、命にかかわるほどの切実な欲求へと変貌した。


 権威ある父親の影を気にして親子を遠ざけていた奴隷たちであったが、母親の訃報を受けても男が姿を見せることなく、ひとり残された娘を引き取りにも現れないと知るや、たちまち態度を一変させたのである。

 レイラは他の混じり者の例に漏れず、手酷い差別にさらされることとなった。


 赤鬼の血を引いている分、細身のわりに女性らしからぬ力と健脚を有し、どうにか日々の暴力から身を護ることができたが、そうすると今度は配給されるはずの食事がまわってこなくなった。

 やむをえず深夜に食糧庫を漁るうちに、彼女は自然と盗みの業を覚えていった。


 そんな終わりの見えないどん底に亀裂が生じたのは、ほんの数カ月前のことである。

 奴隷の誰かが、食糧庫荒らしの犯人としてレイラの名を上に報告したらしく、処罰を受けることになったのだ。


 本来ならば、奴隷の食糧事情ごときに上官が重い腰をあげることなどない。

 しかし彼女の前に現れたのは、煌びやかな金の勲章をいくつも胸に飾りたてた、帝都の役人であった。


 男はレイラに、西大陸(ユーラヘイム)攻略の一助となるよう命じた。

 彼女の容姿と、したたかな身体能力が使えると判断されたのである。


 レイラに選択の余地はなかった。


 しかしこの話は彼女にとって、一筋の光明のように思われた。

 もはや故郷の集落に愛着も未練もなく、ここから出て行けるのならばなんだって構わないとさえ言い切るほどに、彼女は疲弊していた。承諾し、帝都へむかう荷馬車に乗せられた時、レイラはホッと安堵すら覚えた。


 もうひとつ、思いもかけないことがあった。

 本国の研究機関から、潜入のために髪を脱色する薬品が支給されたのだ。


 彼女は、長年の夢であった白銀の髪をついに手に入れたのである。


 はじめて脱色液を使った日、レイラは何度も鏡を覗きこんでは頬をゆるませた。

 嬉しかった。身も心も生まれ変わったような気分であった。


 その薬の背景に、身の毛もよだつどろどろとした思惑がはびこっていたとしても、不都合な現実などかすんで見えなくなるくらいには、レイラは美しい髪に夢中になった。


 ――彼女は浅はかであった。


 夢を叶えた代償は、少女の想像を遥かに越えて残酷なものだったのだ。

 レイラはその日のうちに、一生あらがうことのできない服従の毒を飲まされた。


 そして海賊の石牢へと放り込まれ、脱走した青鬼たちから情報を引き出せと命じられたのである。


 レイラは青鬼のことが嫌いだった。自分を虐げる者たちを、どうして好きになんかなれようか。

 だから、彼らをだますことなんて容易な任務だと高をくくっていた。


 しかし、捕らえられた青鬼たちはレイラを自分たちと同じ境遇だと思い、恐怖に震えながらも、優しく励ましの言葉をかけてきたのである――。


 その時になってようやく、レイラは自分の愚かさに気づいた。


 彼女は、透きとおるような白銀の髪が欲しかったのではない。

 本当は、誰かの温もりが欲しかったのだ。


 青鬼のようになりたかったのではなく、彼らに自分を受け入れてもらいたかったのだ。


 失った母の代わりに、逢いにきてくれない父の代わりに、誰か――、心許せる友を、肩を並べて歩ける仲間を、彼女は欲していた。


 彼らを裏切れば、自分はもう二度と、誰とも心通わせることなど許されない気がした。

 ――もはやレイラに残された道はひとつしかない。


 赤鬼に逆らうなど、この上ない恐怖である。

 命令を反故にした時、毒の束縛がどれほど自分をむしばむかも未知数だった。

 しかし愚かな自分には似合いの枷だとすら思えた。


 彼女はその日、種族というしがらみと決別する覚悟を決めた。


 そして時を同じくして、ひとりの男と一匹のネズミが、彼女の背中を後押しするように叛乱の導火線へ火を灯したのである。


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