表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/66

第3章:烏合の戦場Ⅸ『開戦』


 突如として、耳を(つんざ)くような叫び声があがった。


 部屋の内側で、発狂した捕虜同士の殺し合いが起きたのだ。

 ――もちろん演技である。


 しかし全数十名による迫真の熱演は、見張りの二人に扉を開けさせるには十分すぎるほどの衝撃をあたえた。


 混じり者の男たちは、中を覗いた瞬間に声を出す間もなく繰り出された縄によって足をすくわれ、数人掛かりで咽喉を絞められ、四肢の自由を封じられた。

 捕虜の拘束用に使われていた縄である。

 

 そして憐れな貧乏くじを引いた二人が事態を把握するよりもはやく、東雲は飛び出した。


 老人に教わったとおりに船内を駆け抜け、甲板へと踊り出る。


 澄んだ陽光が照らす真昼のだだっ広い空間を、黒い身なりの男が走るのである。

 当然目立つはずであったが、足音もなく一切の無駄を排した風のごとき走行に、東雲が役割をひとつ終えるよりも早く気づけた者は、わずかひとりであった。


 運悪く真正面から彼と対峙することになった青鬼(ユニル)の男は、律儀にも「脱走者だ!」と叫んだ後に、腰の半月刀を奪われ咽喉を斬り裂かれた。


 一斉に甲板にいたすべての視線が集まる。

 しかしその時にはすでに、東雲はひと仕事かたづけていた。


 帆綱(ほづな)が切られ、停留のためにたたまれていた白い帆が音を立てて広がった。

 あいにくと凪の海域である。それでもささやかながらに吹く風は、帆を緩やかに膨らませ、船がわずかに前進をはじめた。


 艦隊との接舷までもう少しというところであった。


「時を稼げ!」


 遅れて甲板に現れた船長が、後に続く者たちへ力強い(げき)を飛ばした。


「霧の海域まで持ちこたえろ! 迷路海流へ入るまで、船と己の命を守り抜け! 雲海さえとらえれば、あとはワシが、お前たちを島まで連れて帰ってやる!」


 練達の船乗りらしい気合いのこもった号令に、空気を震わせるほどの(とき)の声があがった。


 ――海戦の幕開けである。


 (しか)るに忍のお仕事は、敵の首級をあげることでも、華々しい武者働きをすることでもない……。


 東雲は、逃げる貿易船を追うために帆先を変えはじめた艦隊を()めつけ、ふてぶてしく頬を引きあげた。


「ひい、ふう、みい……――多いわボケェ」


 吐いた愚痴のぶん大きく息を吸いこみ、迷うことなく船の(へり)を蹴る。


 皮肉にも、それは〝音無し〟の揶揄を体現するかのごとく、着水の瞬間まで一粒の水滴すらあがらない物静かな離脱であった。


 この瞬間、彼がいなくなったことに気づけた者は、誰ひとりとしていなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ