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第3章:烏合の戦場Ⅴ『鬼の空念仏』


 ――男は嗤っていた。


 これから、この船に乗っている者だけでなく、島の住民たちも亡命者狩りの標的となる。

 一度でも枷を解いて脱走した奴隷は、その背中に咎人(とがびと)烙印(らくいん)をおされ、死よりも過酷な処遇が待ちうけているのだ。


 しかしながら、彼の胸に同情や罪悪感といったものは微塵もなかった。

 仮にも五年の歳月をともに過ごしたというのに、むしろ清々しいと言わんばかりに、男の心は満ち足りていた。


「たいした忠誠心ね」


 ダネルの高話(たかばなし)を聞き終えたレイラは、冷ややかに言った。


「よく情が移らずにいられたもんだわ」


 軽蔑をふくんだ感想に、彼もまたそれ以上の軽蔑を返した。


「混ざり者も同胞だ、ってか? 笑わせる。あんな言葉を本気で信じたのか」


「…………」


欺瞞(ぎまん)だ、もしくは偽善だ。これまでの惨めな人生をやり直そうと、自分を美しく着飾って、善人ぶりたいだけさ」


 腹の底に堆積して黒く腐った憎悪と私怨を、男はこれみよがしに並べたてた。


「国にいた時、ヤツらが俺たち(・・・)になにをした? 汚らわしいと蔑み、鬱憤(うっぷん)ばらしに虐げ、視界に入るなと(ののし)った。そうしておいていざ国を離れれば、可哀想だったね、なんて他人事みてェに憐れみやがる。――何度殺してやろうと思ったことか」


 レイラは否定することなく押し黙った。

 男は気分を良くして、大海へむかって高々と両腕を広げた。


「だがこれですべてが報われる! さぞ見物だろうよ。あの島の連中や、西大陸でのうのうと生きる元奴隷どもの顔が、恐怖と絶望で歪む光景は!!」


 艦隊はもうすぐそこまで迫っていた。


 甲板で船を操る者たちの赤黒い屈強な体躯と、額にそびえる牛のようなずんぐりとした二本角まではっきりと目にすることができる。

 彼らは、砦の寄せ集め海賊とは違う。揃いの重厚な装備を身にまとい、指揮官の指示のもと迅速に動く統率された部隊である。


 まだいくらか距離があるというのに、貿易船で待ち受ける青鬼たちは、幼い頃より記憶に刻まれた畏れと身もすくむような圧迫感に息をつまらせた。


「世界の勢力図が塗り替わるぞ!! 俺たちの居るこの場所が、新しい時代の転換点となる!」


 東西の均衡を瓦解させる引き金を、自分が引いたという自負が、ダネルの獰猛な野心をはちきれんばかりに膨れあがらせていた。

 そのほとばしる熱情にあてられ、同じく計画に従事していた者たちの何人かは、次第にほの暗い高揚感に胸を躍らせた。


「……興味ないわ」


 レイラは、表情を硬くこわばらせながらも、一蹴するように首を振った。


「私は、自分の欲しい物が手に入れば、それでいいの」


 即物的なそっけない態度に、ダネルは面白くなさそうな様子で鼻を鳴らした。


「分かっている。お前のお望みはこれだろう?」


 ダネルは、銀色の液体が入った小瓶をレイラへ投げてよこした。


「こんなもののために一生破れぬ誓いをその身に受けるとは。――可愛いほど、安い女だな」


「ほっといて」


 レイラは大事そうに小瓶を仕舞うと、ダネルの耳ざわりな笑い声を振り払うように、足早に船倉へと降りていった。


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