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第3章:烏合の戦場Ⅱ『策謀』


 冷めた表情で男の横へ並び立つレイラに、東雲は盛大な舌打ちをした。嫌悪や糾弾をこれでもかと詰めこんだ音であった。


 その臆面もない態度に触発されて、怯えていた青鬼たちも、いよいよもって気色ばんだ。


「ダネル! お前、五年も島で暮らしていたくせに裏切るのか!?」


「同胞を売るなんて!」


「俺たちをずっとだましていたんだな!」


 良心を疑う弾劾の声が噴きあがる。

 男は一笑にふした。低い、悪意に富んだ笑声である。耳障りな毒が険悪な空気を泡だてた。


「これだから貴様らは劣等民なのだ」


 混じり者の男はひとりの青鬼の髪を乱暴に掴みあげ、尖った耳の奥へ捻じこむようにゆっくりと(あざけ)りの言葉を吐いた。


「たかだか海を越えたくらいで自由になれたと信じこむ、まさに家畜並の馬鹿さ加減よ」


 赤鬼を想わせる大きな手が、掴んだ頭の軽さを量るように右へ左へ(もてあそ)び、最後には容赦なく床へ叩き落とした。耳を塞ぎたくなる酷い衝突音があがる。水を打ったように室内が静まり返った。


西大陸(ユーラヘイム)へ目をつけていたのが、自分たちだけと思ったか」


「っ、まさか」


 船乗りである初老の青鬼が、みるみるうちに顔色を変えた。望みどおりの反応を得て、男は楽しげににんまりと口の端を引き上げてみせた。


「まったくおめでたい連中だよ。貴様らがあの陰気な穴倉でだらしなく酒を煽り、女々しくも傷をなめあっている間に、本国は着々と西大陸(ユーラヘイム)への侵出を狙っていたというのになァ」


 食堂で東雲に水を手渡してくれた同一人物とは思われぬ、下劣な相貌(そうぼう)である。


 忍者の中にも、遠国で間者(かんじゃ)として暮らし、長い年月をかけて地位と信頼を築きあげる(あな)(うし)という者たちがいる。彼らは総じて国人としての人格と、忍としての人格を切り離して生活し、人々の輪の中へ滑りこむと聞く。


 この男も、ずいぶんと(うま)く化けの皮をかぶっていたものだ。


 長年腹の底に隠してきた一物を、気兼ねなく暴露できるこの瞬間がさぞ快感であるらしく、男は舌に油を塗りたくったように続けた。



 西大陸直前に横たわる複雑怪奇な海域、それこそが赤鬼の野心を阻む最大の障壁であった。


 迷路海流の攻略は、東大陸全土を統轄する大艦隊を投じようとも困難を極めた。

 なぜなら、霧深い広大な難所は、正しい航路をひとつ開拓すれば突破できるというものではない。日や時間ごとに、海流の構造ががらりと変化してしまうためだ。


 だがしかし、浮き島の住民たちはそんなデタラメな海域を我が庭のごとく漂泊し、西大陸との交易を確立することで生活の基盤を成り立たせてきた。すなわち――。


 男は腰にさげた皮鞄から、分厚い紙の束を取り出した。初老の青鬼が愕然と叫ぶ。


「それは! 迷路海流の海図!?」


「コイツを探し出すのに五年もかかってしまった。島長の老爺(じじい)め、俺がどれほど骨身を惜しまず献身してやっても、海図など無いの一点張りだ。挙句に、海域の全容を記憶している人材は、島長と交易のいっさいを取りまとめる船長のアンタだけときた」


 膨大な記録をしたためた智識(ちしき)の結晶を、混じり者の男はうっそりとなでつけた。


 先ほど家畜と愚弄されはしたが、島民の内の何人かは、島が秘匿し続けた財物(たから)の価値とそれがもたらす未曾有の危機を、程度の差はあれ見とおしていた。


 青鬼ほど赤鬼の野心を良く知る種族はいない。

 この世に生を受けた瞬間から奴隷として汚辱にさらされ続けた日々が、それらの憶測を極めてたやすく呼び起こすのだ。


 特に、幾度となく西大陸へ帆先をむけ、かの地の素晴らしさに数え切れぬほど胸を震わせてきた船乗りたちは、この場の誰よりも海図の真価を理解していた。


 だからこそ、彼らは正しく絶望した。


 西大陸が赤鬼に蹂躙される。


 そんな直視しがたい絵図が、本国での凄惨たる日々の記憶と重なり、生々しい恐怖となって、彼らの心をバラバラにした。


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