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第2話:泳ぐ極楽島Ⅸ『化けの皮』


「え?」


 敵味方双方から、困惑と動揺に濡れた視線が突き刺さる。


 しかし東雲は大真面目であった。

 普段ならばこんな発想はしないだろう。しかしいかんせん、腹が減っているのだ。

 人に似た胴体部分はさすがに躊躇を覚えるが、あのタコの頭部は、味はどうであれ食いでがありそうだ。


「ちょ、ちょっと、あんなうねうねしたの、食べられるわけないじゃない」


「なんだ、鬼の国ではタコを食わんのか? 美味いぞ」


 ドキリ、とタコ人間たちの肩が跳ねた。――……この男、本気である。


「お、お待ちくだされ。さすがに、知性ある種族を食すというのは……」


「そう、よね。さっきしゃべってたし、立ってるし……」


「なら足だけもらうか」


 飢えでギラついた視線にさらされて、タコ人間たちは怯えながらじりじりと後退をはじめた。中には自分の足を隠そうとしている者もいるが、狙われているのはそっちではない。


 レイラたちも、ことさらやめさせようとはしなかった。

 倫理的な拒否感はもちろんあったが、それ以上に枯渇した三大欲求が、冷静な判断をにぶらせていた。



「――やめんかッ!!」


 突然、雷鳴のような大声が混沌を貫いた。

 広場のむこう側に、ひとりの老人が立っている。額に細い一本角があった。青鬼である。


「この者たちは敵ではない。武器をおさめろ」


 彼らの長なのだろうか。片眼に大きな傷のある厳格な風貌の老人は、地に倒れているタコ人間たちを悩ましげに見やると、次いで研ぎ澄まされた矢のような眼光を東雲へ突きつけた。


「無礼をわびよう。見慣れぬ風体ゆえ、我らに仇なす者かと疑った」


 穏やかな言葉とは裏腹に、老人の鷹のごとき双眸が瞬きもせず威圧してくる。これ以上ことを構えるな、と忠告しているのである。


「仇をなされたのはこちらなんだが」


「いやはや、誠に申し訳ない。近頃とみに赤鬼(オグル)のならず者どもと出くわすことが多くてな。みな気が立っていたのだ」


 老人のもとへ居並んだタコ人間たちが、その頭部をずるりと剥いだ。その正体は、化け物に身を扮した青鬼たちであった。


「大層腹もすかれている様子、非礼のかわりといってはなんだが、夕食を馳走させてくれ」


 ふいに、島の側面にあった大岩が、轟音を響かせながら横へ転がった。

 巨大な空洞が姿を現し、中から幾人もの青鬼がこちらの動向をうかがっている。


「――歓迎しよう。赤鬼(オグル)の砦へ火を放った、剛毅なる勇士たちよ」


「なぜそれを!?」


 トトが驚きに目をみはった。


 東雲は、海上に積み上がった船の墓場を思い起こし、――してやられた、とこめかみをヒクつかせた。

 小船を木端微塵にされたところからすべて、彼らの手荒な〝歓迎〟の一環だったのだ。


(このタヌキ(じじい)め……!)


 見知らぬ他者の本質を見極める定石として、意表をつくことはもっとも手っ取り早い手段である。


 とんでもない先制攻撃からの品定めを受けていたのだと悟り、東雲は苦虫を噛み潰した。


「ここは本国より逃げてきた青鬼(ユニル)が隠れ住む島。すでに先客が、お主たちの到着を待ちわびている」


 トトとレイラが、わっと喜色をあらわにした。

 連中も船を粉々にされただろうによく無事だったな、と再会に水を差すようなことは、さすがに言わずにおいた。




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