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序章:東から来た男Ⅲ『十三人の刺客』


 白い月が()()えと照らすその下で、血にまみれ、毒に侵され、なかば獣のような風体で東雲は抗い続けた。それは文字通り身を削る死闘であった。


 もはや正常な思考などは存在しない。忍びの術も、人間としての矜持もかなぐり捨てたその姿は、まるで生存欲という狂気が四肢を得たようであった。



 暗夜の風吹く(かさ)取山(とりやま)に、いくつもの骸の道ができた。


 そしてついに、何人目かの喉笛をつらぬいた時、その場に立っている生者は東雲だけになっていた。


 十三人すべて殺したのか、はたまたこれ以上手をかけずとも助からぬと判断し、引き上げていったのか……。いずれにせよ、逃げ出すには千載一遇の好機である。伊賀国の境は目と鼻の先にまで迫っていた。


(――死んで、たまるか……、死んで……ッ)


 しかし、現実は無情である。

 東雲は、もはやそこから一歩も動くことすらできずに倒れ伏した。


 とめどなく流れ出る血で濡れそぼった衣が、ぐじゅりと不快な音をあげ、咳きこむ口からも生ぬるいものが飛び出した。痛みはすでになく、もはや呼吸すらままならない。片方の瞳はつぶれ、暗く狭まった視界からじわじわと光が奪われていく。


 いよいよ終わりが近づいていた。


 かすむ視線の先には、一足先に物言わぬ屍となった同朋が一人、土の上に転がっている。もうすぐ自分もあのように、無価値な肉袋となるだろう。



 死の淵に横たわりながら、東雲は唐突に、自分の中心がぽっかりと空洞になってしまったような喪失感に襲われた。


(――なんだったんだ……なんだったんだ、俺の人生は……)


 生きるために身を削り、目的もなくただ生きて――最期はなんの意味もなく死んでいく。

 なんて空虚な一生だろうか……。



(冗談じゃ、ねえ……ッ)


 ぎしり、と奥歯が鳴った。東雲は鉛のように重い腕を強引に伸ばし、かたわらの巨木をつかんだ。――どこにそんな力が残っていたというのか。この期に及んで、彼はまだ生にしがみつこうとした。

 根の部分が二股になっている杉の幹へ、ほぼ死肉となり果てた身体を引き上げる。


(死んで、たまるか……ッ!)


 いやしくも、事切れるその瞬間まで、東雲は一心不乱に命の糸を離すまいとした。



 しかしそんな無様な抵抗も虚しく、彼の意識は深い霧の底へ沈んでいったのである……。




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