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第1章:鬼ヶ島からの脱出ⅩⅥ『反撃の狼煙』


   ― Ⅳ ―


 潮気をふくんだ薄靄(うすもや)が、夜明け前のかすかな陽光にたゆたう時刻――。



「火事だ! 地下から火の手があがっているぞッ!」


 その声は奇妙なことに、砦の二方向からほぼ同時に発せられた。

 ひとつは門番の立つ玄関口。そしてもうひとつは、青鬼らが捕らえられている石牢のそばである。


 夜の静寂(しじま)にまどろんでいた砦は、にわかに不穏な喧噪(けんそう)によって叩き起こされた。


「地下だと!? 不寝番(ねずばん)の野郎なにやってやがる!!」


「草は? 草はどうした!?」


「ごちゃごちゃ言っている場合か!! とにかく急げ!」


 赤鬼たちは血相を変えて持ち場を飛び出し、取るものも取りあえず暗い廊下を疾走した。


 その一部始終を、鉄格子の内側にとり残された青鬼たちは呆けた様子で見送った。

 本国へ連れ戻される恐怖と絶望で引き攣れていた胸中に、困惑と警戒がさざ波となって広がっていく……。


 この降ってわいた騒動を、物陰から息を殺し、じっと見つめるひとつの影があった。

 部屋の暗がりに潜んでいたその小さな生き物は、見張りがすべていなくなると、牢檻の壁をするすると這いおりた。


「――あっ!」


 一人の青鬼が驚きの声をあげ、あわてて自らの口を手でふさぐ。

 どこからともなく現れた一匹の獣が、その短い前足を伸ばして、壁にかけられている鍵束をつかんだのを見たからだ。


 つられるように、いくつもの視線が飴色の毛をもつネズミへとむけられた。


 ざわり、と緊張が走る。

 賢い囚われ者たちは、はじめの目撃者にならうように、喉までせりあがった驚嘆の声をぐっと嚙み殺した。


 彼らは、このチミー族という生き物が赤鬼と敵対する立場の種族であると知っていた。

 ゆえに、これが自分たちにとって最後の転機なのだと、暗黙のうちに悟ったのだ。


 ネズミは鍵の束をかかえ、鉄格子の間をするりとくぐり抜けた。


「キミは……!」


「しっ、お静かに……。みな様方、枷をはずされましたらこのトトの後ろにお続きください。外へとご案内いたします」


「!!」


「……、恩に着るッ!」


 囚人たちが互いに鍵を解きあっている間、ネズミは木戸の隙間からそっと廊下をうかがい見た。

 喧噪は遠く、今ならば脱出も難しくないように思われる。



 まさか、こうもあっさり事が運ぼうとは――。


「何者なのだ、あの御仁は……」


 ぽつり、とこぼれ落ちた疑問は、誰の耳にも拾われることなく、カビついた石牢の片隅に転がった。


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