第三話 抜錨、霹靂の艦隊
「――セイレーン1より八洲CIC、着艦許可を求む」
『――八洲CICよりセイレーン1、着艦許可。風向2‐8‐4、風速一ノット』
「セイレーン1、了解。これよりアプローチに入る」
『八洲CIC、了解。風況に変化なし』
そんな通信が交わされた直後、かつての水上機用カタパルトが撤去された代わりに着艦拘束装置付きのヘリポートに加え、船体内格納庫と甲板を上下する艦載機用エレベーターが設けられたフラットな八洲の後部甲板に、アリーナを乗せたSH‐60K――コールサイン“セイレーン1”が着艦する。
SH‐60Kのメインローターが完全に止まると、大半が日本人の姿をした八洲の乗組員達がM4A1カービンを持ってドアの前に整列し、ヘリから降機するアリーナを整然と出迎えた。甲板に並ぶ乗組員達が着ているのはアメリカ海軍の「NWUタイプⅠ」に似た蒼い迷彩服だが、着心地が悪く蒸れる、難燃性ではないといった理由で、現場の米海軍将兵からは不評だったNWUタイプⅠとは別物のCF独自の艦艇用作業着である。
「サフィールス司令長官、乗艦されます!」
そしてCFは「シーパワーズ・ストライク」内の一クランだった時から、M4A1を西側艦艇乗組員の自動小銃として採用している。それは艦の近代化改修に用いられた各種艤装から、東西冷戦期基準の「西側艦艇」とされた八洲も例外では無かった。
「ささーげー銃ッ!!」
サイドパイプの音色に迎えられながら甲板に降り立ったアリーナは、ワイバーンロードでヘリを囲む様に着艦してきたニンファ達と共に、捧げ銃の敬礼を受けた。それが終わると、列の後ろから乗組員達を代表して森峰艦長が姿を見せる。
「本艦へようこそ、サフィールス長官方。つい先程、両舷の副格納庫へ飼育用品の搬入が完了しましたので、ワイバーンロードに関しましては出航後にそちらへお預け下さい」
「ありがとう。仕事が早くて助かるわ。――ニンファ、聞いての通り、ウィゲオ達は後で艦内に預けなさい」
「承知しました、アリーナ様」
八洲の両舷には航空機格納庫とは別に、本来は内火艇や短艇を収容する為の艦載艇格納庫が存在する。だが救命ボートとしての役割を兼ねていた旧来の艦載艇は艦の近代化改修に伴い、よりコンパクトな繊維強化プラスチック製の内火艇やカプセル収容式の救命いかだに代替されて不要となり、今や艦載艇格納庫改め「副格納庫」は半ばスペースを持て余している状態だった。
そこでニンファ達のワイバーンロード用に竜舎として転用する事になったのだが、いささか狭いながらも竜の塒と考えれば副格納庫は何不自由ない場所といえた。近代化改修で物資等の品質維持用に空調機器が増設されている上、帝都艦隊やカリュブディア艦隊が運用する軍船のワイバーン格納庫と比べれば遥かに広々としていたからだ。
「では長官方。第一艦橋までご案内いたします」
そう促す森峰艦長に先導されてアリーナとニンファ達は、巨大な戦艦八洲の艦内へと遂に足を踏み入れるのだった。
◇◆◇◆◇
「――司令長官方と艦長、入られます!」
そう第一艦橋に詰めている乗員の一人が言うと、窮屈ながらも最大六人乗りに改造されていたエレベーターから、森峰艦長に連れられたアリーナとニンファ達が第一艦橋に入ってくる。それを見ていた第一艦橋要員全員が持ち場から一行に対して敬礼を捧げた。
「こ、ここが……ヤシマの第一艦橋……!」
「まるで空中にいる様な高さですわ……!」
そうニンファとソニアが呟く先の景色は、窓一面に広がるスキュラピスカ湾と大海原。第一艦橋の周囲を、まるで艦隊の出航を祝福するかの様にカモメが舞い、それは皆が高みから海原を見下ろしている事を意味する光景だった。
そして第一艦橋の内部は、近代化改修前から元々存在していた旧来の装備と、アナログ機器に代わって設置されたデジタル機器が共存する装いになっている。例えば有線が故障した場合のバックアップとして残された伝声管の隣に、電子海図を表示するディスプレイ装置が並んでいるといった具合だ。
やがてイルマとジータが窓から艦首側の甲板を見下ろし、威風堂々と海原へ砲身を向ける戦艦八洲の主砲、九四式45口径46センチ三連装砲に改めて目をやる。
「近くで見てもそうでしたが……ここから見ても何と巨大な主砲ですこと……!」
「アリーナ様……本当にあんな巨砲が自在に旋回出来るというのですか……!?」
「ええ。毎秒二度――いえ、今は毎秒三度で旋回する筈よね。森峰艦長」
「はい。長官が指示されていた改修内容通り、駆動用水圧ポンプの出力強化により、通常時の主砲塔旋回速度は、毎秒二度から三度へ向上しております。即ち大雑把に言えば、旋回開始から三〇秒間に九〇度旋回する事になりますね」
イルマとジータの目を回さんばかりの驚愕と疑問にも、アリーナと森峰艦長は当たり前といわんばかりに淡々と即答した。
地球人としての記憶や知識を持たない、純粋な異世界人であるニンファ、ソニア、イルマ、ジータが、八洲に乗り込んで驚いたのは第一艦橋からの眺めだけではない。ここに至るまでの艦内にいても、この巨大戦艦が如何に恐るべきオーバーテクノロジーの塊であるか、誇り高き竜族である彼女達でさえ肌で感じ取っていた。
まず乗艦して改めて実感させられた城塞の様な巨体は、海上に浮かぶ船に乗っているという感覚をニンファ達から奪っていた。そして艦内は得体の知れない照明によってどこも明るく、気温は快適そのもので湿気さえ感じられない。
艦内環境に関しては八洲の機関から供給される膨大な電力で、蛍光灯やLED等の照明を光らせ空調を稼働させている為なのだが、そのからくりをニンファ達が完全に理解するのは後日の話であった。
「……森峰艦長。シャングリラ、ウリヤノフスク、ノルマンディーと通信を繋いでちょうだい。各艦と出航前の最終確認をするわ」
「了解です、長官。――星野軍曹、第二・第三・第四打撃群旗艦の司令官方と回線を開いて」
「はい、艦長!」
星野軍曹と呼ばれた若い姿の通信士が森峰艦長の命令に応え、手早く各艦との通信回線を開いていく。やがて各艦と無線が繋がると、ミレイア、リーリヤ、フランカの声が順にスピーカーから聞こえてきた。
『――はいは~い。こちら第二打撃群旗艦シャングリラ、いつでも出航OKだよ♪』
『――こちら第三打撃群旗艦ウリヤノフスク、我が打撃群も出航準備完了したわ』
『――こちら第四打撃群旗艦ノルマンディー、アタシ達も出航準備完了です長官!』
アリーナはサフィールス邸の庭からヘリで飛び立って以来、初めて聞く三人の第一声に安堵しながら本題に入る。
「みんな報告ありがとう。ミレイア、リーリヤ、シャングリラとウリヤノフスクに載せる空母航空団各機や武装の状況は?」
『それじゃ、まずあたしから。第一・第二戦闘攻撃飛行隊のF‐35C、第三・第四戦闘攻撃飛行隊のF/A‐18F、第一早期警戒飛行隊のE‐2D、第一電子攻撃飛行隊のEA‐18G、全機キャンプ・フルメン飛行場にて待機中。MH‐60R多用途ヘリとMH‐60S輸送ヘリ、艦隊後方支援飛行隊所属のオスプレイは既に艦載済みだよ』
「前世のクラン時代に引き続き、スーパーホーネットのE型は無しね」
『うん。だってF‐35Cが充実してれば、単座機はステルス機で十分じゃん。……後、この世界じゃ電子戦機のEA‐18Gは今のところ出番なさそうだけど、一応何となく航空団の編成に加えといたわ。まあ何というか、あらゆる事態に備えてね』
「了解。もしかしたらグラウラーにも、意外な使い道があったりして……」
ステルス艦上戦闘機F‐35CライトニングⅡを重用するCFでは、非ステルス機のF/A‐18E/Fスーパーホーネットに関しては、敢えて複座タイプのF型のみを運用する独自方針を採っている。かつてゲーム内の一クランだった時は艦戦の開発ツリーが途上の頃に単座タイプのE型も使われていたが、現在のシャングリラにおいてはステルス性と優秀な航空電子機器を兼ね備えた単座機と、兵器搭載量に優れ二名のパイロットが役割分担可能な複座機という二本立てが成立していた。
尚、今のところ互角の脅威が存在しない世界で何故わざわざステルス機の運用に拘るのか、などという野暮な質問をアリーナ達にするのは魔族を恐れぬ命知らずの蛮勇である事を記しておく。
『我が方も、Su‐33CFMの第五・第六戦闘攻撃飛行隊、MiG‐29Kの第七・第八戦闘攻撃飛行隊、Yak‐44Eの第二早期警戒飛行隊、同じくキャンプ・フルメン飛行場にて待機中よ』
第三打撃群の旗艦を務める重航空巡洋艦――もとい空母ウリヤノフスクのロシア製主力艦戦であるSu‐33は、元より旧式化が著しかったのに加え西側兵器を主力とするCFにおいて、独自の近代化改修を施され「Su‐33CFM」の名称を与えられていた。もう一つの主力艦戦であるMiG‐29Kは、インド海軍でも採用されている《9.41》仕様の機体となっている。
『それから我がウリヤノフスクはもちろん、キーロフ級のペレスヴェートとオスリャービャ、949A型原潜のオムスクとトムスク――いずれの艦にもP‐700グラニートを満載させたわ』
最後にリーリヤは通信機の向こうでニヤリと笑みを浮かべた。それをアリーナは声音の変化から察しつつも丁重にスルーすると、第三打撃群の誇る必殺兵器の誘導手段について溜息交じりに語る。
「……それにしても一旦退役させた筈のレゲンダを、また活用していく事になるとは思わなかったわ。まあレゲンダの後継に使っていたNOSS‐3のイントルーダー、リアーナのピオンNKSとロトスSは、どれもエリント専門の測的衛星だからムーリア艦隊相手に役立たないのは解るけれど……」
CFではクラン時代から洋上の敵艦隊を偵察・捕捉するのに、アメリカ製のNOSSやロシア製のリアーナといった、人工衛星による測的システムを積極的に用いてきた。クラン時代ならば、対峙する敵艦隊も概ね現代艦艇ばかりだったので、それらが自ら発する電波の逆探知能力に特化したエリント衛星が、アクティブに洋上を捜索するレーダー衛星以上に活躍したものだった。
しかし、ここは異世界。衛星が魔力を探知する能力でも備えていればいざ知らず、地球の産業革命期程度の戦力でしかないムーリア艦隊が、常時電波など利用している筈もない事は明白である。
それを見越してか、アリーナ達の初期戦力として艦隊と共に衛星軌道上へ召喚されたのは、旧式の「US‐A」レーダー衛星と「US‐P」エリント衛星の二組から成る、ソ連製海洋偵察衛星システムの17K114レゲンダだったのだ。
その前者――西側からは「RORSAT」とも呼称されるUS‐Aが、厄介な代物を電源としている事実がアリーナ達の懸念を誘っていた。
『ほんとそれよね……太陽電池で動くEORSATはともかく、リアル原子炉衛星のRORSATはマジで取扱注意』
『この世界で堂々と核動力艦艇を保有している我々が、今更US‐Aなど心配した所で説得力なんて無いでしょう?』
『いやいや、あたし達のデカい空母に原子炉積むのと、宇宙を飛び回ってる衛星に原子炉積むのとは話が違うから!』
「お、落ち着いてミレイア、リーリヤも」
最早アリーナ達の会話内容に全くついていけず、頭上に「?」を大量に浮かべた状態のニンファ達を差し置き、最後にフランカからの報告が第一艦橋に響いた。
『ま、まあRORSATは安全第一で使ってくとして……こっちも第一海兵遠征部隊の全地上並びに航空戦力、アタシのノルマンディー、グリーン・ベイ、アシュランドの三隻に分乗完了! もちろん隊員の練度はばっちり、武器弾薬もたっぷり……いつでもどこへでも殴り込めるよ!』
「今回の作戦の最終段階では、マリーン・レイダースが最重要任務を負う事になるわ。……プレッシャーをかける様で悪いけれど、海兵隊の働きに期待させてもらうわね」
『アイ・アイ・マム!! 第四打撃群とCF海兵隊の活躍、ご照覧あれッ!!』
どんな重責でも受けて立つといわんばかりの自信に満ちた声。猪突猛進のフランカらしい屈託ない声に、アリーナはクスッと微笑みながら応じた。
「……了解っ♪」
斯くして――艦隊出航の時は訪れる。
「――長官。第一・第二・第三・第四打撃群全艦への放送、只今繋がりました。お言葉と号令を」
「ええ、分かったわ」
森峰艦長から手渡された放送用のマイクを握り、アリーナは艦隊の全将兵へ向けて言葉を紡ぎだす。
「――霹靂の艦隊、第一・第二・第三・第四打撃群全艦に乗り組む各員へ。司令長官のアリーナ・デ・サフィールスです。かつて、サバティア魔王国の建国者である魔王アルカディエルが旧CFを率い、エーギルの民による支配から七つ海を解放した時代より約三〇〇〇年……今度はムーリア皇国の脅威が七つ海を席巻しつつある今、ここに再び古の大艦隊の力が復活しました」
この時、アリーナは“古の大艦隊の復活”という表現を使ったが、魔王が率いた旧CFの主戦力とされる「鋼鉄の魔船」の正体については、実のところ未だ判然とはしていなかった。
というのも旧CFの実態はサバティア魔王国の最重要国家機密の一つであり、アトランス帝国皇室の伝承を知るサレイユス達はおろか、前世の記憶と知識が蘇った上で伝承についても聞かされたアリーナ達でさえ、鋼鉄の魔船について“恐らく近現代地球の軍艦に匹敵する戦闘力を持つ船”以上の見当はついていなかったのだ。
それでもアリーナが敢えて古の力の復活と表現したのは、自分達のCFもまた魔王のCFと同じく、再び七つ海を救う存在となる事を願ったからであった。
「ですが……幾ら圧倒的な力を有しているからといって、それに慢心し敵を侮ってはならない事は言うまでもありません。故に、各員が各々に課された役割をしっかりと自覚し、私達の力を示す初戦の勝利に全力を捧げる事を期待して、短いながら私からの最初の訓示とします。マーレ・ノストルム!」
『『『マーレ・ノストルム!!』』』
「「「「「マーレ・ノストルム!!」」」」」
艦隊の全将兵を代弁するかの様にミレイア、リーリヤ、フランカが唱和すると、アリーナの周囲にいる第一艦橋要員達も三人に続く。通信機越しである事を感じさせない完璧な一体感だった。
そしてアリーナは制帽のハイバック帽を被り直し、きっと眼前に広がる海原を見据えると、CF司令長官として裂帛の号令を放つ。
「――――第一・第二・第三・第四打撃群、全艦出航せよ!!」
「八洲、出航用意!!」
アリーナの号令を受けて森峰艦長が出航を命じると、海上自衛隊式の出航ラッパが勇ましく吹奏される。
「出航よ~い!!」
「舫を解け!!」
それを合図に、第一艦橋要員達が慌ただしく動き出す。
「第一艦橋の潮崎より機関室、全主発電機始動!」
『こちら機関室、了解。全主発電機始動します!』
第一艦橋から機関長の潮崎が機関室の機関科員へ指示を出すと、本来の艦政本部式ボイラーと蒸気タービンから、米海軍のズムウォルト級駆逐艦を参考に組まれた統合電気推進機関に全面換装された結果、元々のボイラー区画に搭載された合計八基のMT30ガスタービン発電機が唸りを上げる。補助のLM500ガスタービン発電機は既に稼働済みだった。
「全主発電機、回転数上昇。AIM電動機へ回路接続、電力供給開始!」
『機関室了解。AIM電動機へ回路接続、タービン燃焼系に異常なし!』
「第一艦橋了解。主発電機一番から八番、そのまま徐々に出力上げて!」
『了解。燃料供給系、吸排気系にも異常なし。発電出力、上昇します!』
統合電気推進機関に対応した速力通信機のディスプレイに表示された、MT30ガスタービン発電機の回転数と出力が上がっていく。やがて一基当たり出力四〇〇〇〇馬力に調整されたAIM電動機に電力が供給され始め、モーター二基でスクリュー一つを駆動する形で一軸八〇〇〇〇馬力、モーター八基四軸で合計三二〇〇〇〇馬力の機関が完全運転に入る。
因みに八洲のスクリューはモーターの大馬力を効率よく推力として活かす為、五枚翅の大直径スキュードスクリューに換装されていた。
「八洲、離岸! 以後は航海長操舵!」
「はい! 田嶋航海長、頂きました!」
航海長の田嶋が森峰艦長の離岸指示に従い、操舵系統を複数化させる改修によって司令塔内のみならず、第一艦橋内にも設けられていた操舵コンソールの前に立つ。
「バウスラ右二〇度、両舷前進最微速!」
「バウスラ右二〇、両舷前進さいびそ~く!」
舵を握る航海長の号令を受けた航海科員が、艦首に増設されたバウスラスターを操作して八洲を桟橋から離し、艦をスキュラピスカ湾の出口へ向けてゆっくりと慎重に前進させる。艦尾のスターンスラスターを操作する号令も飛び交う中、CF所属の港湾用タグボート数隻も離岸を支援した。
「……よし。両舷前進微速から半速へ増速。面舵七〇でスキュラピスカ湾口へ!」
「了解! 両舷前進はんそ~く! 面舵七〇、進行方向、スキュラピスカ湾口!」
桟橋から離れスキュラピスカ湾口へと巨体を進める八洲に続き、直率の第一打撃群に属する四隻のイージス艦と一隻の補給艦が出航していく。
「あまぎ、たかお、マスティン、スタレット、おがわら、本艦に続き出航を確認」
まや型護衛艦の「あまぎ」と「たかお」を始め、アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦フライトⅡAの「マスティン」と「スタレット」に加え、ましゅう型補給艦の「おがわら」が高速戦闘支援艦として随伴する、CF総旗艦たる八洲の直衛を務める第一打撃群の僚艦達だ。まや型の「あまぎ」と「たかお」は静岡県の天城山と京都府の高雄山、ましゅう型の「おがわら」は青森県の小川原湖から命名されている。
「オレゴン、アイダホ、両艦とも出航確認。間もなく潜航体制」
更にヴァージニア級原子力潜水艦の「オレゴン」と「アイダホ」も、第一打撃群の一員として行動を共にする編成となっており、両艦はスキュラピスカ湾を離れ次第すぐに潜航する予定である。
「長官。シャングリラ、ウリヤノフスク、ノルマンディー、第二・第三・第四打撃群各艦と共に出航しました」
「……見て」
「……! おお……」
森峰艦長が全艦の出航完了を報告するや、はっと気付いたアリーナが左右の海を指さす――――
――――そこにはカリュブディア艦隊の軍船どころか、スキュラピスカ港を母港とする商船や漁業ギルドに属する漁船までもが、CFの出航を見送るべく何十隻と集っていたのだ。
事前にサレイユスが辺境伯としての権限で、カリュブディア艦隊や漁業ギルドに根回しをした結果、それに応えて集まった有志の壮行船団であった。
「――頑張れよ! 霹靂の艦隊!!」
「――征け、大艦隊! ムーリアの奴らを残らず沈めてこい!!」
「――霹靂の艦隊に武運長久あれ!!」
「――アリーナ様、ミレイア様、リーリヤ様、フランカ様、万歳!!」
船上から口々に声援を送る魔族達の眼前を、一隻一隻が巨大な灰色の大艦隊が悠然と進んでいく。朝日を浴びて燦然と輝き、白波を蹴立てて驀進する鋼鉄艦の群れを、誰もが感慨を込めて見送った。
「我々は、彼等の期待に恥じぬ戦果を挙げねばなりませんな……」
「そうね、頑張りましょう。――目標、帝都マーレポリス! 各艦は左右の船団に注意しつつ、そのままスキュラピスカ湾口へ!」
「はっ! ――両舷前進原速! 赤黒無し、進路そのまま!」
「了解! 両舷前進げんそ~く! 赤黒無し、ヨーソロー!」
斯くして――――CF第一・第二・第三・第四打撃群に所属する水上艦二八隻、潜水艦一〇隻から成る総勢三八隻の大艦隊は、アトランス帝国第一皇子ユリウスとの謁見を果たすべく、帝都マーレポリスへ向けスキュラピスカより出航していった。
◇◆◇◆◇
CFの四個打撃群がマーレポリスへ向け出航して数時間後、二隻の原子力空母に属する空母航空団の固定翼艦載機も、キャンプ・フルメン飛行場から全機離陸を完了した頃――スキュラピスカより南南西に約二〇〇キリオ離れた空域を、CFが運用する一機の白い無人偵察機が飛行していた。
「――ハルピュイア03、レーダーコンタクト。洋上に多数の反応あり」
スキュラピスカ鎮守府中央庁舎の地下にある管制室からコントロールされる、その無人偵察機はMQ‐4Cトライトン。コールサイン“ハルピュイア03”の機体を専用コンソールから遠隔操縦するオペレーターは、MQ‐4Cが搭載するアクティブフェーズドアレイレーダー、AN/ZPY‐3多機能アクティブセンサーが洋上を移動する複数の船団らしき反応を捉えた事に気付く。
「うむ。慎重に高度を下げつつ、目視で確認しろ」
「了解」
傍らの上官から指示を受けたオペレーターは機体を降下させ、高度三〇〇〇フィートまで降りた所で水平飛行に移ってから、レーダーが捉えた目標群がある方向へ機体を向かわせる。
「……! 目標視認! 望遠で国籍を確認します!」
機体からの映像を映すモニターには、三段櫂船や五段櫂船とガレオン船が融合した様な奇妙な見た目の軍船から成る僅か一〇隻余りの艦隊を、汽走戦列艦の様な軍船に率いられた四〇隻超の艦隊が追い回しているとしか思えない光景が映し出されていた。
「恐らく前方の小艦隊が、アトランス帝国海軍の帝都艦隊。後方の大艦隊が……先日イルミア諸島を占領した、ムーリア皇国海軍艦隊と思われます!」
「な、何だと!?」
「はい、ほぼ間違いありません! 敵艦隊視認ッ!!」
それぞれの艦隊に掲げられた軍艦旗を望遠で確認し、CFが予め有していた国籍表と照合させたオペレーターは、小艦隊を追撃する大艦隊をムーリア皇国の艦隊と断定した。
「ここから南南西に二〇〇キロか……こりゃあ、司令長官方との鉢合わせは決まったも同然だな」
「ええ。自分もそれは思いました……」
これにはオペレーターと上官も思わず苦笑を浮かべざるを得なかった。薄暗い管制室の中でモニターの光に照らされた表情には、幾らかの哀れみが含まれている様にも思われた。
「よし。長官方に捧げる最初の贄だ……報告は俺がやるから、お前は極力奴等に気付かれない距離でずっと張り付いてろ!」
「ハルピュイア03、了解です!」
MQ‐4Cに発見され、今や狩る側から狩られる側へと成り下がった事など全く知る由もない、哀れなムーリア艦隊は尚も狩人のつもりで帝都艦隊の残存艦を追撃し続ける。
こうしてムーリア艦隊発見の一報はCF総旗艦の八洲へ伝えられ、ここにCFの初戦闘が幕を開ける事となるのであった。