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第一話 始まりの夜に霹靂は落ちて

 フルミオン歴三〇一八年四月一四日の夜――その日はいつもより早めの夕方までに湯浴みを済ませ、サフィールス家の館に迎え入れたスマラグダス家、アメテュストゥス家、ルーフス家の面々と晩餐を共にしたアリーナは、大広間で食後の特製ハーブティーを嗜みながら会議の席に着いていた。


「――――では諸君。改めて本題に入るとしよう」


 そう一同に呼び掛けた魔人の男は、サレイユス・デ・サフィールス。


 このカリュブディア島を支配する四貴族の代表であり、カリュブディア辺境伯の爵位を世襲するサフィールス家の当主。その娘であるアリーナにとっては“良き父親”を絵に描いた様な紳士でもある。


「まずは帝都のユリウス殿下直々の要請である、帝都防衛の為の艦隊の招集――それに我がカリュブディア艦隊から、如何程の戦力を割いて応じるかですな」


 それに真っ先に応えた竜族の男は、カリュブディア辺境伯艦隊司令官、テオドロス・ドリュフォロス。


 カリュブディア辺境伯艦隊のトップを務める提督であり、またアリーナの専属メイドであるニンファの父親であると同時に、アリーナ自身にとっては直属の上官という複雑な関係の人物であった。


 そんなドリュフォロス提督の提起に対してしばらく議論が続いた後、自身も第二沿岸警務隊を率いる立場にあるアリーナが意見具申する。


「ドリュフォロス提督……私としましては、此度(こたび)はアウルス殿の第三戦隊を中核として派遣艦隊を編成すべきと考えます。現在イルミア諸島から逃れた軍民を乗せて帰投中の第二戦隊と第四戦隊に、続けてカリュブディア島を離れての激務を命じるのは得策とは言えません」


「そうだな……私も同感だ、アリーナ君。確かにアウルス旗下の第三戦隊ならば、練度は第二戦隊と第四戦隊にも劣るまい」


 ドリュフォロス提督は四貴族会議という場の雰囲気に臆さず、堂々と的確な意見を述べるアリーナに感心していた。大貴族、それも辺境伯家の令嬢という立場にありながら、決して浮世離れしたお嬢様感覚に染まる事なく、自分と同じ位に海軍軍人としての才能を示すアリーナを見て、我が主君かつ無二の親友から優秀な部下を賜ったものだと思う。


 故にドリュフォロス提督のアリーナを見る目は貴族の娘に対するそれではなく、純粋に上官が部下に接する時の目そのものだったが――そう遠くない内にこの島にも侵攻してくるだろうムーリア艦隊との戦いで、そんな彼女に下手をすれば死を強いる事になるかもしれない、という苦悩を彼がこの場で口にする事は無かった。


「……お父様、如何でしょうか?」


「そなたは実に兵を思いやり、人を見る目に長けているな……良いだろう。派遣艦隊には第三戦隊の他に適宜練度の高い戦隊を加え、現在帰投中の第二・第四戦隊はしばらく休養させた上で、この島の守備戦力として残ってもらう。皆、これに異論は無いな?」


「良いでしょう。まさにアリーナ嬢の言う通りだ」


「左様。我輩も同感であります」


「応よ。俺も異論は無いぜ」


 一同の盟主であるサレイユスの決定に、スマラグダス伯爵家当主クリウス・デ・スマラグダス、アメテュストゥス伯爵家当主ウプイーリ・デ・アメテュストゥス、ルーフス伯爵家当主ドラコ・デ・ルーフスの三人が、二つ返事で賛同の意を示した。


 斯くも重要な議題を一言で決着させたアリーナの隣に座る、ツインテールに纏めた美しい金髪が周囲の目を惹くサキュバスの少女が、そのエメラルドグリーンの瞳をアリーナに向けて呟く。


「や、やっぱりアリーナって凄い……今夜の最重要議題が即決しちゃったじゃない」


「そんな……私はただ個人的な意見を述べただけだって」


 そうアリーナが照れながら謙遜する相手は、ミレイア・デ・スマラグダス。


 夢魔の一族であるスマラグダス家の当主、インキュバスのクリウスの娘として何故かアリーナと同じ生年月日、同じ時刻に生まれてきたアリーナの幼馴染である。


「というか、アリーナはその個人的な意見がいつも的確過ぎるのよ」


「そうそう! 昔からそうだったけどマジで感心するしかないわ~」


 先程の一言を単なる個人的意見と言い切るアリーナに対して、思わず苦笑いしながら賛辞を贈る吸血鬼と鬼人の少女は、リーリヤ・デ・アメテュストゥスとフランカ・デ・ルーフス。


 吸血鬼の一族であるアメテュストゥス家に生まれたリーリヤは、薄紫色の長髪と縦長の瞳孔を持つ鋭い赤紫色の瞳、鬼人の一族であるルーフス家に生まれたフランカは、揺らめく炎の様なウェーブのかかった桃色の長髪に黄金色の瞳、加えて父のドラコにも劣らない猛々しい二本の角が特徴だ。


 そしてリーリヤとフランカもまた、生年月日と生まれた時刻はアリーナやミレイアと全く同じである。


 即ちこの四人の娘達は、血を分けた姉妹でないにもかかわらず、同じ日の同じ時刻にそれぞれの家で同時に生を受けた存在なのだ。この一見冗談めいた偶然の一致――或いは何者かの意思が介在しているのかもしれない――は、それぞれの家に留まらずカリュブディア島内ではつとに有名であった。


「――君達、今は会議中だ。私語は控えなさい」


「あっ……スミマセン」


「申し訳ありません、お父様」


 四人の中で最も大声を出していた事に気付いたフランカに続いて、アリーナも率先して議長たる父に私語を詫びた。四人のリーダー格であるアリーナに先に詫びさせてしまったミレイアとリーリヤはバツの悪そうな表情をしている。


 その後も四貴族会議は概ね滞りなく話し合いが進められていき、ムーリア艦隊がカリュブディア島へと直接侵攻してきた場合に備えての、防衛作戦や島民の保護といった様々な手順が次々と決定されていく。


 そうして会議がいよいよ終盤に差し掛かった頃の深夜、大広間に掛けてあったサバティア魔王国製の振り子時計が、フルミオン歴三〇一八年四月一五日午前零時を指した時――――



「「「「――――ッ!?」」」」



 アリーナ達の生誕日を告げる時計の鐘が鳴り始めると同時に、四人の頭の中では記憶の混濁が起こり始めていた。


「……アリーナ、どうした!?」


「な、何これ……!? 何なの、この記憶……私は…………誰?」


「一体何を言っている、アリーナ君!?」


 サレイユスとドリュフォロス提督がアリーナの異変に気付いて問い掛けるも、その時には既に三人もアリーナと同じ状態に陥っていた。


「いっ、嫌ぁぁ……! あ、頭が……割れそう…………ッッ!!」


「私は……何者で……!? うわぁあぁあぁあぁあ…………!!」


「おぉおぉお……! ぐぅわああああああああああああ!!」


 頭の混濁と激痛に耐えかねたフランカが言葉にならない絶叫を放った瞬間、大広間の窓の外から突如激しい雷鳴が轟き始め、港町スキュラピスカの上空では急激に広がった雷雲が稲光を発していた。


 やがてスキュラピスカの軍港の南隣に広がる海岸地帯に加えて、スキュラピスカ湾内のあちこちにスパークを纏いながら青白く光る大小様々な魔法陣が出現していく。


「な、何という膨大な魔力……! こ、これは……巨大な何かが、大量に召喚されようとしている…………ッ!?」


 サレイユスは頭を抱えてもがき苦しむ愛娘アリーナの傍らから、驚愕に目を見開きながらその光景を見つめ続けていた。更にサレイユスはスキュラピスカを覆う雷雲の遥か上空(・・・・)にも、青白く光る魔法陣が多数出現した事を自身の能力で透視する。


 そして大広間にいる全員の頭の中にどこからともなく響く、澄み渡る様な清らかさを湛えた謎の青年の声――――



『――――さあ、来るべき復活の(とき)だ。かつて魔王アルカディエルが率いた、神罰の代行者たる(いにしえ)の大艦隊……』


「…………!?」


『そう……暴虐なるエーギルの民から七つ海を救った、霹靂の艦隊クラッシス・フルミニスのね』


「なッ……!? 霹靂の艦隊クラッシス・フルミニス……!?」



 そうサレイユスがまたも驚愕に満ちた表情で呟いた瞬間――――青白い魔法陣が出現した海岸地帯と湾内に無数の落雷が発生した。


「きゃああああああああ!!」


「うわああああああああ!!」


 稲光の直後にやって来た窓ガラスをビリビリと震わせる程の雷鳴に、アリーナの専属メイド達と館の使用人達が一斉に悲鳴を上げ終わった頃――大広間の高級絨毯の上には意識を失って倒れ伏す、アリーナ、ミレイア、リーリヤ、フランカの姿があった。


「…………あ、アリーナ!!」


「そんな……アリーナ様!!」


 倒れたアリーナの所に駆け寄るサレイユスとメイド達。他の三人の所にもそれぞれの家のメイドや使用人達が一斉に駆け寄り必死の表情で声を掛けている。


「ああっ……! アリーナ様ぁ! アリーナ様ぁぁ!! アリーナ様ぁあぁあぁあぁあぁあ!!」


 メイドや使用人達の様々な怒号が飛び交う中でも一際、アリーナの専属メイド長であるニンファの絶叫が大広間を支配するのだった。




◇◆◇◆◇




 ここは魔力を持たぬ人間だけが暮らす地球(テラ)と呼ばれる世界、そのアジアという地域の東端に位置する島国、日本。


 今の季節は春。


 魔法が存在しない代わりに高度な科学力を誇るこの国のとある海沿いの町を、四人の女子大生が朗らかに談笑しながら港に向けて歩いていた。晴れ空から射す春の麗らかな陽光に照らされて、彼女達の笑顔はより一層輝いて見える。


 その中の一人である白いブラウスと薄手のカーディガン、水色の膝丈フレアスカートというフェミニンな出で立ちの女子が、爽やかに吹き渡るそよ風に長い黒髪をたなびかせながら、いささか年相応の女子大生らしからぬ話題を周囲に振りまく。


「――もうすぐやっと実物が見られるね♪ まや型護衛艦の一番艦、海上自衛隊の最新鋭イージス艦、まや!」


 その話題に対してにこやかに答えるのは、空母と戦闘機らしき影絵が描かれたTシャツの上に羽織ったパーカーに、白いショートパンツという服装のやや茶髪かかったツインテールの女子。


「うんっ! 最初から弾道ミサイル防衛能力を備えてて、CECとNIFC‐CAに初めて本格対応したんだっけ。二番艦のはぐろもやっと就役したよね~」


 CEC、共同交戦能力。


 NIFC‐CA、海軍統合火器管制‐対空。


 そこにはカジュアルな私服を着こなした女子達が軍事分野の専門用語を、まるで日常会話の如くぺらぺらと話すシュールな光景が繰り広げられていた。


「やっぱりロシア艦は対空迎撃能力じゃ、イージス艦とかに水をあけられている感は否めないよね。私の“956CF型”ならいざ知らず……」


「そっちの“スーパーソヴレメンヌイ級”の実力は認めよう! でも、何でわざわざ最新鋭のアドミラル・ゴルシコフ級じゃなくて、ソヴレメンヌイ級とウダロイ級を主力に?」


「駆逐艦の方がフリゲートより大柄で航洋性も良いし、あの如何にも重武装って感じの武骨な艦影の方が好みだから」


「成程ね……アタシの海兵隊の水陸両用車だってEFVや次期正式採用のACVを蹴って、敢えて計画中止になったAAV‐SUとそっちおすすめのアレとの組み合わせだしね。IFVとしては結構火力高いし意外と役立ってるよ! 教えてくれてサンキュ♪」


 そんな軍事を知らぬ者が聞けば半ば意味不明なやり取りを交わすのは、シンプルなワンピースに身を包んだクールな雰囲気のセミロングの女子と、身体にフィットしたブラウスとハイウェストのスキニージーンズを着こなす栗毛かかった長髪の女子。特にハーフらしき後者は四人の中でも一番グラマラスかつ高身長なので、周囲の男達が思わず視線を向けてしまう位にはそんな服装が似合っている。


 やがて四人の女子大生はわいわいとミリタリー談議を続ける内に、陽光で煌めく海原が見渡せる港の近くまで来ていた。


 その時……長い黒髪の女子がショルダーバッグからスマートフォンを取り出し、手早い操作で何かのインターネットサイトへとアクセスするや――――


「――――えっ、待って……!?」


 彼女から一瞬で笑顔が消え、その表情は凍り付いていた。


「…………!? どうしたの!?」


「シーパワーズ・ストライクのプロデューサーが……アメリカのサンディエゴで交通事故に遭い死去、だって……」


「はっ……ええっ!?」


「ホワット!? ま、マジで……!?」


 シーパワーズ・ストライク。


 元アメリカ海軍関係者であるゲームプロデューサーによって開発され、今や日本を含む世界各国に膨大なユーザーを抱えるまでに急成長した、爆発的人気を誇るアメリカ発の海軍系ミリタリーオンラインゲーム。


 その強豪プレイヤーである四人の女子大生は今――ゲームの日本語版公式サイトで発表された、突然のプロデューサーの訃報に接していた。


「「「「………………」」」」


 黒髪の女子が持つスマートフォンを囲む四人は無言で立ち尽くす。海から吹く潮風の音だけが辺りに虚しく響き渡っていた。


 そして、四人が立ち止まっていた場所が、その後の彼女達の運命を決定づける。


「――――っ!? みんな、危な――――」


 黒髪の女子が背後から聞こえてくるサイレン音と、猛スピードで迫り来る危機に気付いて声を上げるも、時既に遅し。


 警察のパトカーとカーチェイスになっていた暴走車が、いつの間にか車道に出てしまっていた四人を容赦なく轢いた。


「――――――――!!」


 明らかに違法改造であろう派手な装飾をごてごてと張り付けた暴走車は、まるで彼女達を轢いた事などお構いなしといわんばかりに走り去っていく。轢き逃げだ。


(……………………っ!)


 轢かれた黒髪の女子はつい先程まで談笑していた友人達が、血の海に斃れてぐったりと動かなくなっている光景を目にする。そして彼女自身もまた同じく。


 身体に全く力が入らない。止め処なく流れ出す血が、意識も体温も奪っていく。


 暴走車を追っていたパトカーの一台から降りてきた警官を含め、周囲の人々の喧騒と怒号が聴こえてくる。だが今の彼女は、もう助けを求めて叫ぶ事はおろか、言葉を話す事すらままならなかった。


(そんな……私、ここで死ぬの…………!?)


 彼女は海上自衛隊の最新鋭イージス艦の一般公開会場を目前にして、余りにも唐突に迎えてしまった短い人生の終わりを悟る。


 全ての景色が暗転していく中――突如として頭の中に響く青年の声。



『――――日本サーバーでもトップクラスの強豪クラン……霹靂の艦隊クラッシス・フルミニスを率いていた君達が、こんな事になってしまったのは極めて残念だ。……僕も人の事は言えないけどね』



「…………!? 誰……?」


『僕は霹靂の大天使フルミオン……異界の神々より遣わされし者さ。あの魔王と奇しくも同じ艦隊名を名乗る君達に、異界を救う者としての第二の人生を与えに来た』


「あの……? 私達は、もう助からないの……?」


『……残念ながら。だからこそ詫びも兼ねて……いや、兼ねてと言っては失礼かな。君達に異界の七つ海を救う英雄となる力を与えたい』


「英雄……? 力……?」


 彼女は大天使を名乗る謎の青年の声が語る言葉を全く理解出来なかった。しかも天使たる者が人間に対して“詫びる”というのも不可解であったし、詫びなら自分達をこんな状況に追い遣った暴走車の運転手から聞きたい。


 何より……この大天使を名乗る声は、何故たかがオンラインゲーム上での自分達の素性を知っているのだろうか?


 そんな彼女の疑問を見透かしたかの様に、謎の青年の声は語り続ける。


『でも……今こんな状況で、その力について長々と僕から説明されても埒が明かないだろう。そこで転生してから然るべき年齢に達した時、全てを理解し思い出す様にしておく。もちろん初期戦力も予め用意しておこう』


「て、転生……!? 私達は何かに生まれ変わるの?」


『その通り。但し、この地球とは違い魔法が存在するいわば異世界で、人間よりも強大な能力を持つ種族としてだけれど。生まれ変わった君達をまた簡単に死なせる訳にはいかないからね』


「私達が……人間よりも、強大な種族……!?」


『うん。その上で君達がこれから転生する異世界は間もなく、地球(テラ)文明の科学技術で開発された現代艦艇の力を再び(・・)必要とするだろう。エーギルの民が七つ海の何処かに封じた九隻の古代兵器……“終末の波乙女(はおとめ)”が目覚める前にね……』


「…………?」


『……済まない、ちょっと無駄話が過ぎたかな。ではいずれまた、天魔の壁を越えて直に会おう。君達が霹靂の艦隊クラッシス・フルミニスを率いる戦姫として百戦錬磨を重ねた時、改めて僕の知り得る全てを話すとするよ――――』


「ま、待って――――」


 そんな謎の声とのやり取りを最後に彼女は眩い光に包まれ、そこで彼女の意識は完全に途絶えるのだった。




◇◆◇◆◇




 窓から射す朝日の光が、アリーナの意識を再び覚醒させる。


「――――っ! に、ニンファ……?」


 昨夜の四貴族会議の終盤――深夜零時に突如として、ミレイア、リーリヤ、フランカと共に倒れたアリーナは、ニンファを始めとした専属メイド達が侍るベッドでようやく目を覚ました。


「…………ッ! やっとお目覚めになられましたか、アリーナ様……良かった……!」


 ニンファは涙目になりながらも安堵の表情でアリーナの手を取る。しかしその顔の目元には憔悴の残滓とでもいわんばかりに隈が浮かんでいた。ニンファはアリーナが倒れてから一睡もせず付きっ切りで看病していたのだ。


 そんなメイドの鑑ともいえるニンファの献身ぶりを察したアリーナは、彼女を労う意味も込めて優しく微笑みながら礼を述べる。


「ありがとう、ニンファ……私はもう大丈夫よ。あなたのお陰でね」


「もったいなきお言葉……アリーナ様にお仕えする者として、当然の務めを果たしたまででございます。――ソニア、直ちにサレイユス様へご報告を!」


「はっ、かしこまりました!」


 ニンファの指示を受けた専属メイドの一人、ソニア・セゲステースが退室すると、ニンファはふとアリーナの左肩に何かの模様が出現している事に気付く。


「……おや? 何でしょう、この模様は……?」


「…………?」


「申し訳ございません。いささか失礼ながら少々……左肩を拝見させて頂いても宜しいでしょうか?」


「ええ……どうぞ」


 ニンファはアリーナの許しを得てから手鏡を取り出すと、着せ替えられていた薄めの寝間着から透ける模様をはだけさせ、それを手鏡に映してアリーナ自身がはっきりと見える様にする。


「…………っ! こ、これって……まさか!?」


「アリーナ様!? もしや、この刻印の模様……!」


 ニンファの手鏡に映っていたのは、地球(テラ)人の中でも知る者が見れば“観測時に強い雷電、(ひょう)、氷霰又は雪霰を伴う”を意味する、地球の国際天気記号だと判る印を樫葉で囲い、その上に桜の花をあしらった紋章だった。


霹靂の艦隊クラッシス・フルミニス、第一打撃群のエンブレム……!」


「――――ッ!? い、今……何と……!?」



 霹靂の艦隊クラッシス・フルミニス


 それはかつて「エーギルの民」と呼ばれた古の種族が、洋上に築いた超文明の力を以って七つ海を武力で支配していた時代。そのエーギルの民に叛逆した魔王アルカディエルに率いられ、旗印としていた紋章から“神罰の代行者”とも恐れられた艦隊の名だった。


 エーギルの民に対して後に「第一次七つ海戦争」と呼ばれる戦いを挑んだ魔王は、まず自身の(しもべ)として魔人・鬼人・夢魔・吸血鬼から成る魔族を、そしてエーギルの民の艦隊を凌駕する大艦隊を創造したという。


 魔族達が操る“鋼鉄の魔船”は一隻一隻が想像を絶する戦闘力を秘め、魔王自らが座乗する圧倒的な破壊力を振るう巨大戦艦に率いられた大艦隊は、七つ海の各所で逆らう者を蹂躙していたエーギルの民を逆に蹂躙していった。


 そして遂に魔王はエーギルの民を七つ海から駆逐する事に成功するも、エーギルの民が滅びの間際に放った呪いをその身に受けた魔王は、それから魔船を創造する力を失ってしまったという。


 そんな彼等が戦後に本拠地のサバティア大陸で建国した国家が、霹靂の艦隊クラッシス・フルミニスを率いた魔王が今も支配する「サバティア魔王国」――現在のサバティア海軍は既に殆ど(・・)が失われた当時の魔船の代わりに、当時の魔船を可能な限り模したとされる軍艦を主戦力としている。


 これは、人間ですら知らぬ者はいないと言われるこの世界の歴史。



「そして何故……魔王の“霹靂の紋章”が、アリーナ様のお身体に……!?」


 アリーナの左肩に現れたエンブレムにある国際天気記号――それこそは魔王が旗印に用いた“霹靂の紋章”に他ならなかったのだ。


「あ、あたしは左腰に第二打撃群のエンブレムが……!」


「私は右肩に赤い星……我が第三打撃群のエンブレムね」


「アタシも右腰に第四打撃群のエンブレムが出てる!!」


「なっ!? ミレイア様、リーリヤ様、フランカ様まで……!?」


 身体にエンブレムが現れていたのは、ミレイア、リーリヤ、フランカも例外ではなかった。三人のエンブレムはアリーナの桜の花を、それぞれ白頭鷲、赤い星、交差させた三叉槍に置き換えたものだ。


 その時――この事態にただ驚くばかりのニンファを他所に、ノックの直後に開け放たれた扉からサレイユスとドリュフォロス提督、続いてクリウス、ウプイーリ、ドラコが勢いよく入室してくる。


「お父様、ドリュフォロス提督!」


「やっと目を覚ましたか、アリーナ! 皆も窓の外を観てみなさい」


「ああ、街中が今朝から大騒ぎだ! まるで湾内を埋め尽くさんばかりの……鋼鉄の大艦隊のせいでな……!」


「えっ……!?」


 そんなサレイユスとドリュフォロス提督に言われるままベッドから身を起こし、港町が見渡せる窓際へと駆け寄ったアリーナ達四人が目にしたのは――――


 ――――地球(テラ)文明最先端の海軍力の結晶たる合計四〇隻余りの現代艦艇が、スキュラピスカ湾に整然と艦隊陣形を組んで停泊する光景だった。


「「「「――――――――ッ!!」」」」


 前世のゲーム以来の光景を久しく目にするアリーナ達は、驚愕のあまり言葉が出ないメイドや使用人達から受け取った双眼鏡を覗く。


 双眼鏡を通して四人の目に映る現代艦艇の旗竿やマストには、アリーナ達の身体に刻印されたエンブレムと同じ様な模様が描かれた旗が、同時に掲げられたカリュブディア辺境伯艦隊の旗と共に、朝日の光と潮風を受けて勇ましく翻っている。


 加えてスキュラピスカの軍港の南隣には、街や港の風景とは明らかに場違いなまでの巨大で近代的な港湾施設や、更に街から離れた南側には長大な滑走路と管制塔らしき施設まで出現していた。


「あ、あ、アリーナ様……! な……何という、大艦隊なのでしょう…………!!」


「ニンファ? 君達はずっとこの部屋にいた筈なのに、あのひしめく様な大艦隊に気付かなかったのか?」


「は、はい……申し訳ありません、サレイユス様。私共はずっとアリーナ様方のご看病に集中しておりまして、窓の外の景色に目をやる余裕が全くございませんでした……」


「ああ、そうだったか……ならば済まない、改めて君達の働きに感謝しよう」


「お、恐れ入ります……」


 それからサレイユスは周囲が一旦落ち着くのを見計らって、アリーナ達に対して鷹揚に語り出す。


「そうだ……アリーナ、それに三人も。私達も君達が倒れた後、霹靂の大天使フルミオンを名乗る声と会話する羽目になったよ。天使を名乗ってきた時には流石に身構えたが、嘘か誠かあの魔王様と旧知の仲だという上に、丁寧にも君達を気絶させた事を詫びてきたのだ。その礼節を弁えた態度に免じて、私達は彼の話を最後まで聞いてやった」


「ふん……俺はまだ、あの自称フルミオンとやらを信用した訳じゃねえぜ」


 ここでドラコが不信感たっぷりな表情で口を挿んできたものの、それをサレイユスは丁寧に制すると語り続ける。


「そう言うな、ドラコ。そこで彼からは、君達が“前世”で暮らしていた世界の話や、君達がこの世界に“転生”してきた経緯についても聞かされた。……四人共、若くして大変だったな……」


「はい、お父様……正直、もし今からでも帰れるのなら、記憶を思い出した今となっては、地球(テラ)に帰りたい気持ちはあります」


「……あたしもです」


「……私も同じく」


「アタシも……前世のパパとママに、また会いたいっちゃ会いたいかな」


 前世の記憶を取り戻した娘達が俯きながら語る思いを聞いて、父親達はしばらく掛ける言葉が見つからなかった。辺りは一瞬だけしんみりとした雰囲気に包まれる。


 ここでサレイユスは機転を利かせる形で、更に話を続けた。


「それにしても……何より驚いたのは、君達の前世の世界である地球(テラ)だよ。まさか人間以外の種族が存在せず、しかも魔法さえない世界が魔王様のサバティア魔王国を遥かに上回る超文明を築いているとは。今、スキュラピスカ湾をずらりと占拠している鋼鉄の艦隊も、全て地球(テラ)で開発され文明相応に進化した軍船なのだな?」


「はい、お父様。あれらは全て地球(テラ)の先進諸国にて建造された、若しくは建造が計画されていた戦闘艦艇です」


「ふむ、あそこにはそんな艦まで混じっているのか……」


 高度文明をサバティア魔王国という実例で理解していたサレイユスは、決して自国の力や文明レベルに慢心して他者を見下す偏狭な魔族ではない。むしろアリーナ達が内心で面食らう程に、眼前に現れた艦隊に対して冷静過ぎる位に洞察力を働かせていた。


 そしてサレイユスは、アリーナ達に対して究極的な質問をぶつける。


「その上で、アリーナ、ミレイア、リーリヤ、フランカ……君達が地球(テラ)からの転生者だというなら、我々の目の前に停泊している鋼鉄の軍船全てについて、一隻一隻の正式な名称と艦隊で果たす役割をざっと説明してくれないかな?」


「「「「…………!!」」」」


 先程まで前世での忌まわしい最期を思い出し、暗く俯き気味だったアリーナ達四人の瞳に――――再びギラリと光が点る。


「はい、お父様! まず、あの艦隊の中で最も多い主力艦が、タイコンデロガ級ミサイル巡洋艦、アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦、まや型護衛艦の三種類から成る、イージス艦と呼ばれる極めて強力な艦隊防空艦です。“イージス”とは、地球(テラ)に古くから伝わるギリシャ神話に登場する、女神アテナが持つとされる盾が名の由来です」


「ミサイル、イージス……初めて聞く名だな……」


「そのイージス艦が主に用心棒を務めるのが、二つの輪形陣の中央に浮かぶ二隻の平らな甲板の艦……あたしのジェラルド・R・フォード級航空母艦と、リーリヤのウリヤノフスク級重航空巡洋艦です! どちらも航空戦力の移動基地みたいな船で、二隻の艦載機にかかればムーリア軍のワイバーンなんか確実にフルボッコですよ♪」


「ほう、頼もしいな……“ウリヤノフスク”……?」


「はい、同志サレイユス様。但し、我がウリヤノフスクの防空を務めますのは、御覧の通り主に二隻のキーロフ級重原子力ミサイル巡洋艦と、四隻のソヴレメンヌイ級ミサイル駆逐艦であります。この他に二隻のウダロイ級大型対潜艦が水中からの脅威に備えるべく随伴しており、イージス艦とも常時データリンクで戦闘情報を共有しています」


「で、でーた……りんく…………?」


「そしてちょっと奥の方に見える、アタシの艦隊の中核戦力が三隻の揚陸艦……ワスプ級強襲揚陸艦、サン・アントニオ級ドック型輸送揚陸艦、ホイッドビー・アイランド級ドック型揚陸艦に随伴するのが、タイコンデロガ級一隻とアーレイ・バーク級二隻、プラス上陸作戦時の火力支援用にアイオワ級戦艦が一隻ですね!」


「う、う~む……もうよく判らん…………」


「ただ……戦艦としての総合力じゃ、あそこに泊まってるアレには敵いませんけど」


「…………?」


 そこでフランカは話を区切ると――――まるで全ての現代艦艇を統べる様に大艦隊の中央に鎮座する、二隻のまや型護衛艦と四隻のアーレイ・バーク級駆逐艦に囲まれた、一隻の途轍(とてつ)もなく巨大な超弩級戦艦を指さす。


「あれは……私の八洲(やしま)! 私達CFの総旗艦……!!」



 CF総旗艦、戦艦「八洲」。


 それは、見る者全てを圧倒する巨艦。


 それは、威風堂々たる古き良き艨艟(もうどう)


 船体の上部に天高く(そび)え立つ、まるで城郭の様な構造物。


 重厚な四基の砲塔から伸びる、冗談の様な大口径の主砲――九四式45口径46センチ三連装砲。



「あれが……超大和型戦艦八五〇〇〇トン案がベースの……!」


「全長三〇三メーティオ、あの24号計画戦艦すら上回る巨艦……!」


「46センチ砲一二門とかいうアリーナのロマン……!!」


「ちょ、ちょっとフランカ……!!」


 遠くからでも一目瞭然な戦艦八洲の勇姿、雄大さに、アリーナ達だけがそんなやり取りを紡ぎ出す。サレイユスを始めとする四伯爵やメイド達に至っては、最早常識が追い付かないといわんばかりに絶句していた。


 あの巨大戦艦とそれに付き従う数多の鋼鉄艦がいる限り、如何に強大な敵がスキュラピスカに攻めて来ようと返り討ちに出来るのではないか。


 八洲率いる眼前の大艦隊は、畏怖と同時にそんな頼もしさも感じさせてくれるものだった。


「…………済まない、危うく更なる質問を忘れる所だった。成程、アリーナとリーリヤの艦が“ヤシマ”と“ウリヤノフスク”という事は……ミレイア、フランカ、残る二隻の個艦名は?」


 サレイユスは今までの出来事とアリーナ達の話からある結論に達していた。もうここまで状況が一致すれば疑いの余地は無い。


「あたしのフォード級の艦名は“シャングリラ”ですね」


「アタシのワスプ級は“ノルマンディー”と名付けてます」


「やはりそうか……全てアトランス皇室に伝わる予言通りだな……」


「お父様……? それはどういう……?」


「実はだな……霹靂の艦隊クラッシス・フルミニスの復活は、帝国の建国当初から予言されていた事なのだ」


「えっ……ええっ!?」


「最も、まさか艦隊の復活が今日で、それを率いる転生者が君達だとは思わなかったが……まあ予言についての詳しい話は後でゆっくりとしよう。今はあの艦隊についての解説を続けてくれたまえ」


「は、はい……お父様」


 その後もアリーナ達はサレイユスらに対して艦隊の解説を続け、話はヴァージニア級やヤーセン級、改良型オハイオ級やオスカーⅡ型といった原子力潜水艦の紹介を経て、ヘンリー・J・カイザー級給油艦、ルイス・アンド・クラーク級貨物弾薬補給艦、ましゅう型補給艦といったCFの主力補給艦、マーシー級病院船等の艦隊を縁の下から支える艦達の紹介へと移っていく。


 そんなCF艦の細かな役割分担にサレイユスが感心していた時――軍港の方からCF海兵隊の所属と思しきM1151ハンヴィーの車列が、スキュラピスカの大通りを館に向けて走行してくるのが見えた。もちろん街は馬に引かれず自走する乗り物の出現に大騒ぎだ。


「……どうやら向こうから使者を送ってきた様だな。お通しするか、アリーナ?」


「もちろんです、お父様。彼等を館の敷地まで受け入れて下さい」


「うむ、良かろう。愚問だった様だな」


 斯くしてサフィールス家の館へと通されたCFの使者達は、しばらくして着替えを済ませたアリーナ達との接見に臨むのだった。

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