第80話 渇き
大変お待たせしました!
半年ぶりの更新となります。
バサリ、とミカエルが翼を動かした。
大広間にいた全員の視線が、ミカエルに集中する。
「ミィがぁ、ついて行ってあげるのですよ~」
「何故」
「え~? だってぇ」
当然、飛び出すであろう質問を、ハクがミカエルへ投げかけた。
ミカエルは顎に指を当て首を傾げた。
「シルフからはぁ、ミィと同じ香りがするのですよ~」
にっこりと、ミカエルはそう断言した。
ハクはウンディーネへと視線を移す。
視線を受け取ったウンディーネは、少し考え込んだ後、頷いた。
「……ふむ。わかった。では我、ムク、サラマンダーそれからミカエルでアルフヘイムへと赴く」
「俺も行きます、主」
「役に立てよ」
「無論」
どこからともなく現れたダユは、玉座の裏からハクの前へ移動する。
依然として信頼されているのか分からない対応に、ダユは口元を緩めた。
「では、準備を進めさせます」
「あぁ」
ヨルムンガルドが手下に命じ、出立の用意を整えさせる。
ハクは、テーブルの上に置かれたチェス盤から黒のポーンを取った。
そして、開かれた地図上、アルフヘイムの上に駒を置いた。
「では、確認を。アルフヘイムへ赴く目的は、シルフに手を貸すと頷かせることにあります。連れて帰るかは、現地で判断を。よろしいですね?」
「あぁ」
ヨルムンガルドの言葉に、ハクは短く返事を返す。
サラマンダーもまた、ヨルムンガルドの視線を受け静かに頷いた。
「それでは、ご武運を」
その言葉を皮切りに、当主達は大広間を後にする。
精霊たちも各々準備を始めた。
大広間に残ったのはヨルムンガルドと、ハクのみ。
何時までたっても立ち去らないヨルムンガルドを、ハクは視界の端に捉えていた。
「ハク様」
「なんだ」
カツン、と音を立てながら駒を動かすハク。
そんな魔王にヨルムンガルドは静かに口を開いた。
「勇者が、動いたと報告がありました」
「……そうか」
「勇者は、龍種のみを狩り続け冒険者としての地位と名声を底上げすることでエーデレストの王宮に入り込むことに成功したとのことです」
「まぁ、そうだろうな」
当然、というようにハクはヨルムンガルドの報告を聞いていた。
その拳を、強く握りながら。
「そして、勇者は、『銀の髪を持つ人間を見なかったか』と聞いて回っているそうです」
「……そうか」
「恐れながら申し上げます、ハク様」
顔に影を落とし、視線を動かさないハク。
ヨルムンガルドは一度言葉を区切り、改めてハクへと告げた。
「今、この段階で勇者はハク様がこちら側にいることを知りません。その上で申し上げます。ハク様は今この時に勇者を討てば、ハク様の復讐は終わるのです。人族を滅ぼす必要は、ありません」
初めて、ハクはヨルムンガルドを見た。
ヨルムンガルドの真っ直ぐなその瞳に、ハクは真意を掴みかねる。
「何が言いたい?」
「申し上げます、魔王様。人族への干渉に区切りをつけ、魔族の未来を、お考えください」
ヨルムンガルドは、そう、はっきりと告げた。
「魔王様が新たに座につかれたことは、反魔王軍に既に伝わっているでしょう。ならば、彼らは軍を率いてここへ向かおうとします。我々が相手をすべきは彼らであって、人間ではないのです」
あの日、ハクがこの世界に来た。
あの日、ウンディーネが土を踏んだ。
あの日、ムスペルヘイムが揺れた。
反魔王軍の耳に、眼に、魔力に、新たな魔王の気配が、伝わっていない筈が無かった。
ヨルムンガルドの言葉に、ハクは眼を細める。
背凭れに寄り掛かり、頬杖を突く。
ハクは、口を開いた。
「だとしたら、なんだ」
冷たく。
ハクは口を開いた。
「我は勇者を殺す。だが、人も殺す。全て、残らずな。その順序が変わったとしても、我は全てを殺し尽す」
ヨルムンガルドは眼を逸らさない。
ハクは、地図に眼を落した。
「反魔王軍を無視できないのは事実だ。邪魔する者は全て殺す。そのための準備も、進めておいてくれ」
「……御心のままに」
大広間を去るヨルムンガルドの背を、ハクは静かに見つめる。
優秀な秘書の言葉を、ゆっくりと噛み締める。
「復讐、人族……。勇者、魔王……」
ギリ、と歯が擦れる音がする。
握りしめた拳からは、真っ赤な血液が滴り落ちる。
「勇者を殺しても、我の憎悪は消えない……。憎い、人が、人間が憎い。全てが憎い。ただ、人というだけで全てが憎い。ムクを殺そうとしたあの人間が。ムクを刺したあの人間が。ムクを襲ったあの人間が。ムクを罵倒したあの人間が。ムクを壊したあの人間が。全て、全て全て全て、憎い」
たとえこの場でどれだけ自身を傷付けようと、ムクに会いに行く時には全て治っている。
どれだけ血を撒き散らしても、何一つとして残らない。
叫び声は、誰にも、
聞こえない。
***
「ハク」
扉を開けた先に、ムクがいる。
ハクの寝室にて。
ハクのベッドの上でマンドラゴラを抱きしめるムク。
「支度はできたのか?」
「うん」
ベッドに近づき、ムクの髪を撫でる。
ハクを見上げるムクの表情は、ピクリとも動かない。
「ハクは?」
「まだだ」
「そう」
マンドラゴラを撫で続けるムクを、ハクは見下ろす。
自分の部屋、自分のベッドの上に想い人。
(未だ何1つ手を出していないのは、失礼にあたるのだろうか)
ベッドが軋む。
ハクはマットレスの上に膝を置き、ムクへと身を乗り出す。
ムクの頬を、唇をその手で撫でる。
「何?」
「この先、どうするか知っているか」
ムクの赤い瞳は揺れることもない。
ハクの問いかけに、ムクはマンドラゴラを手放す。
自らに触れるハクの手に自身の右手を添え、頬を摺り寄せる。
そして、表情を変えることのないまま、ハクの胸へ飛び込んだ。
両腕はハクの首へ回し、その頭を撫でる。
「……ハク」
密着する心臓から伝わる鼓動は、平常を教えてくる。
ムクには微塵も動揺が存在していない。
(ウンディーネだな)
腕の中にいる小さな少女を抱きしめながら、ハクは確信する。
ムクの行動はウンディーネを真似ているだけであり、意味を知らない。
(手は、出せない)
ハクは腕を解き、静かにムクから離れる。
ムクに背を向け、アルフヘイム出立への支度を始めた。
「シルフはどんな精霊なんだ」
シルフについて、未だにハクは全容を掴めていない。
ハクの問いに、ムクは再びマンドラゴラの相手をしながら答えた。
「ミカエルに、似てる。金の髪が綺麗な、可愛い女の子」
「ウンディーネとは似ているのか?」
「ウンディーネとは、少し違う。在り方が、違う」
はっきりと、ムクは否定する。
首を振るムクに、ハクは視線を外す。
「そうか」
「うん」
必要最低限の荷物を纏め、ムクへと振り返る。
ムクもまたベッドから降りハクを見上げる。
ムクの手を取り、ハクはマントをはためかせた。
「行くぞ」
途中更新となっており申し訳ないです……
待っていてくださった読者様、本当にありがとうございます!
なるべく週1更新を目指します。




