第76話 魔王城の賑やかな1日 拾
「は……?」
「わたし、が、ハクを、この世界に、よんだんだよ……?」
思考が止まったハクを、ムクは真っ直ぐ見返す。
その瞳は、僅かに、震えていた。
「わたしの、せいで、ハクは、」
じわじわと、目頭が熱くなるのを感じながら、ムクは声を吐き出す。
動かないハクから視線を逸らし、ムクは、
その声を、掠れさせた。
「わたし、は……、っ?」
ふいに伸ばされた手に、ムクは眼を開く。
何が起きたのか、理解するのに数秒を要して。
ムクは、自分がハクの腕の中に居ることを把握した。
「ハ、ク……?」
「お前が、我を召喚だのか」
ハクの問いかけに、ムクの心臓は大きく跳ねる。
息をするのさえ苦しくなる動揺の中。
抱きしめられたまま、ムクは小さく頷いて答えた。
「ごめ、なさ」
「……、た」
「え……?」
微かに呟かれた言葉に、ムクは耳を疑った。
強く抱きしめてくる腕に、ムクは首を傾げる。
ハクの腕もまた、震えているようだった。
「よかった……」
「ハク?」
「お前が、ムクが『俺』を、よんでくれたんだな」
その声は、本心からの安堵でできているようで。
ムクは、赤い瞳を大きく見開いた。
「お前が、我を、必要としたのなら。あの森で、あの時出会ったのもまた、必然だったのか」
――俺がお前に目を奪われたのは、運命だったんだな
ハクの口角は、自然を上がる。
安心したように、心から、喜んでいるように。
「ハク……? どう、して……?」
「何がだ?」
「どうし、て、怒らないの……?」
だが、ムクはそれを理解することができない。
混乱し、錯乱し、ムクは、喘ぐように訴えた。
「そんな必要がどこにある」
「だって、だって、私が、ハクの全てを、壊したんだよ……? 嫌われて、当然で、ハクのそばになんて、いられないのに!」
ハクの腕を逃れようと抵抗するムク。
眼に溜めた涙で反射する瞳に、ハクは力一杯少女を抱きしめた。
「なら、お前は我が『もういい』と、そう言うまでそばを離れるな。絶対に。ムクが嫌だと言っても、抵抗しても、拒否しても、我はムクが離れることを許さない。それを償いとして、ムクは、我の隣にいればいい」
逃がさない、と意思表示をするように、力強く。
自分を抱きしめて離さない2本の腕に、ムクの顔は歪む。
「どう、して」
「理由が必要ならいくらでも与えてやる。だから、我の隣に立つことを、恐れるな」
唇が、震える。
もう、水滴はあふれ出しそうだった。
「ムクが安心してそばにいることができないなら、その原因をすべて取り除いてやる。世界を壊してでも、殺してでも、我は、全てを振り払ってやる。だから」
ハクは、両腕の力を緩め、ムクを優しく宥める。
ムクは、もう限界だった。
「俺の隣を、ムクの居場所にしてくれないか?」
それが、トドメだった。
ムクの両目からは、大粒の涙が零れ出す。
震える両手を背に回し、ムクはハクに縋った。
ハクには、前の生活があった。
ムクは、その全てを壊し、ハクを今の状況へ引きずり込んだ。
罪悪感は、降り積もるだけ。
消えることは、ずっとなかった。
――純粋なままでは、先が見えないから貴女に伝えることはできない。でも、貴女を知れば、世界を知れば、伝え方も分かってくる。だから、ハク様は自ら不純物を取り込んだのよ
ハクは、その全てを『罪』とし、『罰』を与えることでムクを救う。
降り積もった雪の中で凍えるムクを、ハクが連れ出した。
(本当だったよ、ウンディーネ。ハクは、ずっと……)
――ねぇ、シャルルムック。ハク様を、信じていなさい。貴女を思うハク様の気持ちは、何にも勝る、美しく透き通った愛の結晶なのだから
「お前を、ムクを、愛している」
温かく、安堵できる場所へと。
眼を細めたムクの頬に、温かい水滴が伝って、落ちていった。
(私を、瞳に映してくれていたよ)
ハクは、そっとムクの涙を拭う。
濡れた頬を優しく撫で、眼を見つ合う。
「何も、心配しなくていいんだ」
「うん」
「何も、怖がらなくていいんだ」
「うん」
「償い終わるのが、簡単だと思うなよ」
悪戯っぽく笑うハクに、ムクの涙は止まる。
瞳はまだ濡れていて。
窓から差し込む陽は優しく。
風が、ムクの髪を揺らした。
ムクは僅かに口を開き、言葉を選ぶように口を閉ざし。
もう一度、唇を動かして。
「うん」
ムクは、微笑んだ。
それは、ハクが初めて、日常の中で見るムクの笑顔。
思わず、ハクは眼を見開いた。
ハクの脳裏に、処刑台に横たわるムクが過ぎる。
初めて見せた笑顔が、血に濡れる光景が、頭に浮かぶ。
だが、今目の前にある笑顔は、血になど濡れていない。
風に揺れる髪、陽に照らされる白い肌。
その全ては、ハクが望んでいた、ムクの姿だった。
今度は、ハクの目頭が熱くなる。
必死に堪えるハクは、泣きそうになりながら口角を上げ、額を合わせた。
「もっと、笑えばいい。見せてくれるか」
「……がんばって、みる」
「あぁ」
身体を離し、見つめ合う2人は固く手を繋ぐ。
ベッドの上から降り、2人はマンドラゴラを回収する。
「お前たちのおかげで城中走り回っているのだぞ」
「キェ! キェ!」
「……鍋にするぞ」
「キェエ!!」
ハクと鷲掴みにされたマンドラゴラの間に火花が散る。
笑うように鳴くマンドラゴラに脅しをかけつつ、ハクはムクの手を引いた。
「行こう。皆ムクを待っている。無論、我もな」
「うん」
表情が戻ったムクは、だが以前よりも表情が顔に出ているようで。
その変化にハクは満足げに微笑み、扉を開けた。
「……」
「……」
「Gruuuuuuu」
扉の先に、何がいるとも知らずに。
***
「全く、貴方達は相変わらずですね」
テルアイテム越しに伝わってくる怒声に、ヨルムンガルドは溜め息を吐く。
時は遡り、ハクが自分の部屋へ走り出した直後。
ダユとレヴァナントによる喧嘩中継を横目に、ヨルムンガルドはルシファーへ視線を投げた。
「聞いていましたか?」
「聞いてたとも。ダユもまた、熱心なことで」
クツクツと嗤うルシファーは、眼を細めてダユを見つめる。
その様子に、ヨルムンガルドは肩を竦めた。
「そう思うのなら、貴方達もはっきりすればいいものを」
「何がだい?」
「部外者が口を挟むものではないので慎みますが。それにしても、」
口角を上げて見せるルシファーに、ヨルムンガルドは視線を外す。
テルアイテムを真正面から見、一息置いてヨルムンガルドは叫んだ。
「いいかげんにしなさい!」
「「チッ」」
ボロボロになり始めた2人に、叱責する。
舌打ちと共に距離を置いたダユとレヴァナントに、ヨルムンガルドは頭痛を自覚する。
「仲がよろしいようで」
「「良くねぇ!!!」」
「俺も混ぜてほしいな」
「やめてください収拾がつかない」
3人をからかいながら、ルシファーは心底楽しそうに笑う。
悪魔の片鱗を見た気分になったヨルムンガルドは頭を押さえ、通信を切ろうとした。
その時、
「それにしても、非常事態なんてウソ、良く思いついたな」
投げかけられた言葉に、手を止めた。
呑気に話しかけてくるレヴァナントにヨルムンガルドは首を傾げる。
「嘘? なんのことです?」
「あ? だから、非常用装置が作動したって、魔王様を動かすためのウソだろ?」
ヨルムンガルドの反応に、レヴァナントは眉間に皺を寄せた。
続けられた言葉に、ヨルムンガルドは青ざめる。
ルシファーもまた事態を把握し、手で顔を押さえた。
「嘘では、ありませんよ……?」
「は?」
「非常用装置は、間違いなく作動しています」
徐々に、ダユとレヴァナントも事態を把握し始める。
卒倒しそうになるダユは、なんとか意識を繋ぎ止めた。
「ハク様とムク様が合流しているのなら、それは間違いなく……」
「「先に言え!!!!!」」
最悪の事態を予測した2人は、ヨルムンガルドの言葉を遮る様に怒鳴りつけ。
踵を返し、全速力でハクの後を追った。
ハクの一人称の使い分け、法則に気付いた方はいますでしょうか……?
やはり、ハクとムクが好きです。可愛い。




