第74話 魔王城の賑やかな1日 捌
お久しぶりです!
お待たせしました。
今回はハク視点一人称になります。
苛立ちだけが募る。
胸の痛みは、未だに消えぬ。
「くそ……」
廊下を駆ける足も、重く感じる。
眉間の皺は、消えようともしない。
「何故」
ムクは、何も分かっていなかったのか。
どうして、あんなことを……。
伝えていたはずだ。
ずっと、ずっと、伝えていたはずだ。
好きだと、愛していると。
ずっと。
「それなのに、それなのに……!」
ムクには、何も伝わっていなかったのか。
俺の心?
そんなの、ずっと、ずっと。
「お前しか、いないのに……!!」
理解し始めていると、そう期待していた、決めつけていた。
我の気持ちを、少しずつでも分かり始めているのだと、期待した。
だが、そうではなかった。
そんなことは、なかったんだ。
朝、食堂で感じた変化も、一時の気の迷いだったのか。
いや、あれは、確かに感じた変化だった。
なのに何故、ムクはあんなことを……!
「わからない」
胸が、痛い。
許容しきれないような、強い痛みではなく。
ただ痛みが、ずっと胸に張りついて止まない。
痛みという感覚が、胸にわだかまりをつくる。
痛い。
焦りと不安が混じり合って、眩暈がする。
痛い。
叫びたくて、声が喉元でつっかえる。
痛い。
身体が震えて、止まらない。
痛い。
落ち着いてなど、いられない。
冷静になど、考えられない。
ムクの考えがわかったことなど、今までで一度もない。
それでも、考えれば、何か分かるはずなのに……!
これは、まるで。
激昂というより、まるで。
まるで、失恋のような。
そんな痛みが、身体を蝕んで止まないのだ。
「ムク」
思い上がりかもしれない。
「ムク」
そんなところに、いないかもしれない。
「ムク」
それでも。
「ムク」
我は、行かなくては、ならない。
「ムク……!」
自然と、足に力が入る。
動く装飾が邪魔で仕方ない。
呼吸をする事さえ鬱陶しい。
何故、何故こんなにも自分の部屋が遠く感じるんだ……!
近づいてくる自室の扉に手を伸ばす。
小さかった扉が徐々に大きさを取り戻す。
走ってきた勢いを殺す間もなく、ドアノブへと手を添え、ハクは扉を開けた。
「ムク!!」
息が、切れている気がする。
肩が上下に大きく動く。
頬を伝う汗も、気にならないくらいに、我は焦っていた。
「……ッ」
見当たらない。
転がる様に部屋に入ったが、驚いて動く影もない。
ハズレ、か。
やはり、思い上がりだったか。
「いや、」
起きていないだけだとすれば、きっと。
ムクは、そこにいる。
「……」
「……ハァ」
安堵か、それとも別の何かからか。
大きく息を吐きだした我は、それを見下ろした。
それは、小さな少女だった。
「……ムク」
「ん……」
身体を丸めながら寝るムクは、本当に、ただの少女に見える。
涼しい寝顔も、細い寝息も。
普段と、何一つ変わらなかった。
「ここにいたのか……」
2つの意味で。
ダユ達には思い上がり、と切り捨てたのだが。
ムクは、ここにいた。
それに加えて、
「当主達を総動員で探させているのだがな……」
まるでぬいぐるみを抱いているようだった。
ムクの周りに、4つ。
血眼になって探しているマンドラゴラが、ここにいるなんてな。
「マンドラゴラも寝るのだな」
動かず、ムクの傍に転がるマンドラゴラ。
……ぬいぐるみとして、商品展開もありかもしれない。
だが、今必要なのは、マンドラゴラではなくて。
「ムク」
寝ている少女を起こすのは、忍びないが。
肩なら、触れても大丈夫だろうか。
「ムク、起きろ。ムク」
揺らす速度と強さは、これぐらいでいいのか?
もう少し、力を抜いたほうがいいのだろうか。
悩みながら、眼を閉じたムクに、我は語り掛け続けた。
「ムク、ムク」
「ん、ハク……」
何時間、それくらいの、たったそれくらいの時間。
なのに。
我は、この声が愛おしくてたまらない。
「ムク……!」
考える間もなく。
我は、ムクへと手を伸ばしていた。
「ムク」
「ハ、ク?」
寝惚けたような声が、可愛くて、可愛くて。
きっと、顔を見たら、何を言いたかったか忘れてしまうのだろうな。
抱きしめたままが、ちょうどいい。
「我が、ムクを通して別の何かを見ていたように、感じていたのか」
「……ハク?」
「我の心に、お前はいないと、そう感じていたのか」
力が籠る腕は、抑えられない。
申し訳ないが、耐えてほしい。
今はただ、感情に従っていたいんだ。
「我は、常に口にしていたはずだ。お前が、ムクが好きだと。それでも、お前は、何か別のものを感じていたのか?」
震えて、くれるなよ。
みっともなく、怯えているなど、決して。
「ムク」
「ハク、わたし、は」
耳元で、声がする。
あぁ、ムクの声だ。
「……まだ、わかってない、のかも、しれない」
「だろうな」
「でも、私は、ハクの、笑ってる顔が、見たい」
震えている……?
我が?
それとも、ムクが?
「わから、ない。ハクが、私を大切にしてくれていることは、わかる。でも、ハクが、私を通して何かを、私を恨んでいる気がして、……怖い、の」
「……ムク?」
「怖い、怖い……。これ、が、恐怖?」
我は、ムクの体からそっと離れる。
己の胸に手を当て首を捻るムクに、我は、眼を見開いた。
「そ、っか……。怖かった、んだ……。私、ハクに、恨まれるのが、怖かった?」
「ムク」
「ハクは、私を、恨んでる……?」
「ムク!」
どうして、どうして。
ムクは、お前はいつも、そうやって。
自分だけで、答えを出すんだ。
我はムクの肩を掴み、彼女の意識を引き戻す。
その赤い瞳を、自分に向けさせ、真っ直ぐに見返した。
「どこでそんなことを感じたのかは知らんが、我が、我がお前に対してそんな事を思ったことは、一度もない! くだらないことを考えるな。我がムクを恨むことも、妬むことも、蔑むことも、貶すことも、ましてや嫌うことなど、決してない!!」
苛立ちをぶつけても、どうにもならないが。
それでも、言っておかなければならないこともある。
我は、自分の言葉によって、ムクの瞳が揺れるのを見た。
「ほん、と……?」
「当たり前だろう」
「だ、って、だって……」
ダメ押しの様に、我は言葉を重ねる。
だが、ムクは僅かに眼を細め。
我に、告げた。
「ハクをこの世界に喚んだのは、私だよ……?」




