第72話 魔王城の賑やかな1日 陸
3人は、階段を駆け上がる。
煙の中、眼を凝らし、ミカエルの個室へと急いだ。
「あそこです!」
扉から煙の漏れる部屋を指し、桔梗は叫ぶ。
天使を救出しようとドアノブに手を伸ばした時。
「ぶゅ!?」
突然開いた扉が、レヴァナントに直撃する。
直後、部屋の中から小さな何かが飛び出した。
ハクは、飛び出した植物状の何かを、はっきりと目視する。
だが、ミカエルを優先した3人は、その物体を後回しにした。
「ミカエル!!」
個室に押し入るハクは、大きく天使の名を呼ぶ。
部屋の中からは濃い霧が飛び出してくる。
端まで見渡せない部屋の中で、ハクの声に応える魔物の影があった。
「その声は~、魔王様なのです~?」
「ミカエル! 無事なの!?」
「桔梗もいるのです? ヘルプミィ、なのですよ~」
もぞもぞと動く小さな魔物は、ゆっくりと三人へ近づいてくる。
何かを引きずる音と共に、ミカエルは姿を現した。
「大変なのですよ~」
「ミカ、エル……?」
「はいなのですよ~」
現れたミカエルの、その姿に、ハクは顔を引き攣らせ、レヴァナントは悪く嗤い、桔梗は眼を光らせた。
眼を擦り、能天気に返事をするミカエルは。
子どもの姿をしていた。
「どうしたの!? え、え?? か、かわ……」
「落ち着け」
「なんのことです~? 確かに、ちょっと歩きづらいですが、ってそんな話をしている場合ではないのですよ!」
手を振り回すミカエルに、桔梗は益々顔を緩める。
頭痛が絶えない頭を押さえ、ハクはミカエルの話を聞こうと屈んだ。
「で、何が大変だと?」
「何故かがむのです~? まぁ、いいのですよ~。それより、大変なのは、そう!」
「?」
頭を振って話を切り替えるミカエルは、一度言葉を切る。
首を捻るハクに一歩近づき、ミカエルは告げた。
「マンドラゴラが、逃げたのですよ~!!!!」
「「「 」」」
その一言が、どれだけの殺傷力を持っていたかは計り知れない。
慌てるミカエルをよそに、3人は、今にも倒れそうな体を必死に起こす。
「……ッ、ミカエル、貴様」
「お説教なら後で聞くのですよ!! 今は早く捕獲しないといけないのですよ!!!!」
「……クッ」
眉間に皺をよせ、血管を浮き上がらせるハクは、外套からピースを取り出す。
黒のキング。
怒りに震える右手でキングのピースを掴んだハクは渾身の力で。
キングを、破壊した。
「召集!!!!!!!」
+++
ハクが次に見た景色は、大広間にて、7人の当主に見上げられる場面であった。
ミカエルは小さいままで、当主に囲まれていた。
脇には、ヨルムンガルドも立っていた。
ただ、ムクだけがいなかった。
「……生きていたか」
「その話はあとで。ミカエルが何かやらかしたのでしょう?」
「あぁ」
まじまじとヨルムンガルドを見つめるハクに、彼は鋭い視線を向けた。
表情を引き締めるヨルムンガルドから、ハクは視線を外す。
「決めつけるなんてひどいのですよぉ~!!」
「実際そうなんだから仕方ないだろ。ところで、ミカエル、その姿は?」
「悪魔のくせに~! それに、何の話です?」
ルシファーの言葉に、ミカエルは頬を膨らませる。
小さな天使の反応に、ルシファーは眼を丸めた。
「まさか、気付いてないのか?」
「ミカエル、鏡」
「なんなのです~? ……? 桔梗、鏡に細工でもしたのですかぁ~?」
そっと、桔梗がミカエルへ手鏡を差し出した。
鏡を覗き込んだミカエルは、動きを止め、物珍しそうに自分の姿を見る。
ムクよりも小さい、1メートル弱の小さな天使に、ミカエルは魅入ってしまった。
「それが、今の貴女よ」
「へぇ~、……え!?」
微笑みながら、桔梗は真実を告げた。
その言葉に、ミカエルは素早く首を動かし鏡と桔梗を順に見る。
ただ静かに頷く桔梗に、ミカエルはようやく真実を受け入れた。
微笑ましいやり取りを続ける2人に痺れを切らしたヨルムンガルドは、1つ咳払いをした。
「ミカエル、報告を」
「あ、はいなのですよ~」
ヨルムンガルドの声に、ミカエルは手を挙げる。
今のミカエルの仕草全てが、可愛い女の子であることを引き立てた。
「フェンリルからマンドラゴラを受っ取った後、ミィは自室で実験をしていたのですよ~。最初は、上手く行っていたのですが、突然、試験官が爆発したのですよ!! そしたら、試験官に入っていた薬がマンドラゴラ達に掛かって、跳び上がったマンドラゴラが、どこかに走り去ってしまったのですよ!!! はっきり言って、超ピンチ! なのですよ~!!!」
身体を大きく動かし説得力をのせようとするミカエル。
しかし、紡がれる内容は、そんな努力をしなくとも威力が強いものだった。
「5匹、だな」
「そうなのですよ~」
ミカエルに確認を取りながら、ハクは1人後悔していた。
(あの時、横を通り過ぎた物体……、あれが)
マンドラゴラだった。
ハク達がミカエルの部屋にたどり着いた時、飛び出した物体こそ、マンドラゴラであった。
肘をつき、頭を支えながらハクは思考を巡らせる。
(マンドラゴラ……。悲鳴は収穫時だけなのか。すばしっこいことも考えると見つかりにくい、な……?)
マンドラゴラについての情報を掘り起こすハクは、ふと動きを止めた。
そして、徐々に眼を開き、身体を起こした。
「とにかく急いで捕獲を、」
「待て」
「はい?」
指揮を取ろうとしたヨルムンガルドに、待ったをかける。
首を捻るヨルムンガルドと当主陣に、ハクはゆっくりと、確認した。
「今日、誰か、マンドラゴラの悲鳴を聞いたか?」
「私は聞いてません」
「私も、ですな」
「あちきもですよ」
「俺も」
「俺も聞いていないよ」
「僕も!」
「ミィも、なのです」
「俺もです、主」
全員が口をそろえ、ノーと答える。
ついでに、後ろに待機していたダユもまた首を振った。
答えに感づいていたダユは、王座の後ろでそっとマッチに火をつけた。
「収穫時も、か?」
「は、い?」
ハクは、声に重みをのせ、ミカエルとフェンリルに問う。
真意を掴みかねるミカエルは、身体ごと首を傾けた。
「叫ばないように注意してたから、大丈夫だったよ。ね?」
「はいなのですよ~。それに、部屋では魔法を張って、叫ぶことができない、よう、に……?」
はた、とミカエルは自分の言葉に疑問を持つ。
――ミィも、なのです
――部屋の中では魔法を張って
己の言葉を思い返し、ミカエルは徐々に顔を青くする。
他にも、ヨルムンガルドとヒュドラが感づいたように頭を押さえる。
3人の変化に、ハクは頷き、最終確認の為精霊を呼びだした。
「サラマンダー!!」
ハクの声に合わせ、ダユはマッチを放り上げる。
原理はウンディーネ同様、サラマンダーがマッチの火から飛び出した。
「なんだよ」
自分を呼びだしたハクを睨みながら、サラマンダーはマッチを咥える。
炎を舌で転がすように味わうサラマンダーに、ハクは問うた。
「マンドラゴラを焼いた炎、あれは、奴らならどれくらいで治せる?」
「んなもん、数秒もありゃ充分だろ。俺は不治の炎使える訳じゃねぇし」
分かり切った質問に、サラマンダーは即答する。
ダユにサラマンダーのおやつを追加させながら、ハクは当主へ視線を戻した。
「収穫時及び実験中は、叫び声に細心の注意を払っていた。なら叫ばないのは分かる。なら、何故、脱走した今も、叫ばない?」
「「「!!」」」
放たれたハクの言葉に、理解が追いついていなかった当主も完全に話しを飲み込んだ。
理解が追いついたことで青ざめたフェンリルは、逆に混乱したように喘いだ。
「え……? なん、え?」
周りを見渡し、答えを求むようにフェンリルは喘ぐ。
現実を見れないように狼狽える狼に、ハク達は容赦なく現実を叩き付ける。
「率直に、簡潔に、単純に考えるのならば」
「マンドラゴラが、『自分が見つからないようにする為』に」
「『脱出を邪魔されない為』に」
「自主的に叫んでいない、というわけだ」
4人の男性が明確に、簡単に答えを述べる。
ダメ押し、というようにハクが付け加えた。
「まぁ普通に、ミカエルの薬のせいだろうな」
5人の言葉が、ミカエルに深く突き刺さる。
音を立てて崩れるミカエルを見下ろし、ハクは溜め息を吐く。
「ただでさえ絶滅扱いのマンドラゴラが、知能つけて復活したなんてことになったら、万が一に街に出たら、市場が、大変なことになる!!!」
フェンリルもまた頭を抱え膝をつく。
ニヴルヘイム内の街の管理は、大抵を傭兵団が引き受けており、市場警備もまたフェンリルの仕事であった。
魔物の混乱、暴走を予測し、フェンリルは絶望する。
「どうしたら……」
「決まっている」
魂が抜けかけたフェンリルに、ハクは言い切って見せる。
立ち上がったハクは、マントを翻した。
「迅速かつ丁寧に、マンドラゴラを捕獲するぞ!!!!!」
所要時間2時間強の魔王城にて、劇中劇『小さなマンドラゴラ捕獲大作戦』の幕が切って落とされた。
「幕を切る」「幕が開く」「幕が閉じる」
という表現が好きですが、多用しすぎな気がします。
代わるものが、あるだろうか……。




