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第67話 魔王城の賑やかな1日 壱


 寝室を出たハクは、食堂へ向かう途中、ミカエルに呼び止められた。


「魔王様~」


 サキューと並び歩くミカエルは何か瓶を抱えていた。

 2人に引っ張られ、ハクは医務室に押し込められる。

 顔を顰めたハクは、抵抗するまもなくベッドへ押し倒された。


「な!?」

「そのまま動かないでいてほしいのですよ~。下手すると~、失敗して呪ってしまうのですよ~」

「むぐっ!?」

「はいはい、これ飲んでね☆」


 羽を広げるミカエルを睨むと、サキューがハクの口に瓶を押し付ける。

 苦味の強い液体を口の中に無理やり流し込まれ、ハクの気は遠のいていく。

 薄れゆく視界の中で、ミカエルが黄金の光を纏っていく様子が見えた。


「わた、が……とは思わな、でほし……。わ、が、のは……なの、から」


(うまく、聞き取れない)


 眉間に皺を寄せるハクに、ミカエルは優しく微笑む。

 ウンディーネとも、サキューとも違う色合いの光を束ねて、ミカエルはハクへ手を伸ばした。


「大丈、のですよ~。死なせ、りは、んから、ですよ~。ただちょっとだけ、……が、になる、なのですよ~」


 ふっ、とハクは意識を落とす。

 ハクの記憶は、そこで途切れていた。


    +++


「おはようございます、ムク様。……随分と、可愛らしくなられましたね」

「うん」


 食堂へ入ってきたムクに、いち早く気付いたヨルムンガルドが挨拶をする。

 ヨルムンガルドの声に、食堂にいた全員がムクへ視線を向けた。

 序列順に座った当主達。

 扉側から、死霊種、人型種、獣人種、有翼種、悪魔種、海獣種、龍種、吸血種。

 そして最奥にハクが座る。

 食堂へ足を踏み入れたムクのその姿に、ハクは大きく眼を見開いた。


「あらあらまぁまぁ」

「おはようございます、ムクさ、まぁあああああああ!!!!!」

「ミカエル落ち着け。おはよう、ムク様」

「これはまた、流石と言うべきでしょうかね」

「……鼻が高いですね」

「えぇ、とっても」


 当主はそれぞれ違う反応を示す。

 騒ぎになる中、ヨルムンガルドとウンディーネは眼を見合わせた。

 ロリータの様なフリルたっぷりの月白色のワンピ―ス。

 スカート部分は真ん中で2つに別れ、白のフリルスカートが段になって連なっている。

 足元はリボンが巻き付いたパンプスで飾られている。

 髪型はあえてそのままで。

 寝癖は綺麗に直され、隅々まで梳かされた純白の長い髪。

 人形の様に輝くムクは、真っ直ぐハクの隣へ向かった。


「ムク?」

「ハク」


 驚きで固まったままのハクを、ムクは見上げる。

 あえて座らず、自分の姿を見せつける様に。

 ムクの胸にはもう、迷いはない。

 曇り空が晴れた様に、ムクにはもう憂いはなかった。


「どう?」

「どう、って」


 腕を広げて、ムクはハクに感想を求めた。

 当主達は、微笑みを浮かべながら2人を眺める。

 全員の視線を一身に受けながら、ハクはムクへ、感情を伝えた。


「可愛い」

「うん」


(((それだけですかハク様!!!!)))

(((もう一声あるでしょ魔王様!!!!!!)))


 心に浮かんだ言葉を、当主達はぐっと堪える。

 ムク自身は、満足げであった。


「何かあったのか?」

「……ううん」


 雰囲気の変わったムクに、ハクは首を傾げる。

 数秒、ハクの眼を黙って見つめたムクは、静かに首を振った。


「そうか?」

「うん」

「ウンディーネ、」

「いいえ」

「……そうか」


 本人が語らぬならば、とハクはウンディーネへ言葉を投げかけようとしたが、彼女もまた首を振り微笑んでいるだけであった。

 頑として語ろうとしない2人に、ハクは無理やり自分を納得させる。

 龍種当主のヒュドラは執事でもある為、食事には参加しない。

 ヒュドラの代わりに席に着いたウンディーネは、ムクの世話をする。


「それではみなさん。どうぞごゆるりとお楽しみください」


 ヒュドラが全員へ声をかけた時、食事が始まる。

 目の前に並べられた食材に、全員が手を伸ばした。


「あっ、とらないでくださいよ」

「肉を食べるなんて~、野蛮な悪魔の気持ちは分からないのですよ~」

「君こそ、飲み物だけで魔力足りるのかい?」

「フェン、行儀が」

「ルシファーそれちょーだい!」


 オンとオフの切り替えが正確なようで、当主達は会話を交えて食事をする。

 パン、サラダ、パスタ、ステーキ等々。

 テーブルの上に並べられた数多くの料理は、どれも輝いていた。

 種族の違う当主達は、それぞれ食事が違う。

 故に、朝からこうしてディナーのような料理が並べられる。

 次々と料理を平らげる当主達を、ハクは呆れたように眺めていた。


「食事を必要としない、なんて言ってたのにな」


 食事の手が進んでいるのは、主に昨日出陣した者たち。

 ムク、ヨルムンガルド、フェンリル、桔梗の4人。

 それ以外も、4人程でなくともある程度の量を平らげていた。

 既に目の前から料理が消えているものもいるほどだった。


「……魔力が足りていても体力が足りない、という方もいますから。あと、何に魔力を使っているか不明なのに、魔力が枯渇している方、とか」


 その呟きに、ウンディーネが苦笑して答える。

 斯く言うハクもまた、膨大な量の食材を口にしていた。


「やはり、食料問題は最優先だな」

「うん」


 サケのステーキを口に頬張りながら、ハクは断じる。

 ハクの一番近くに座るムクとウンディーネもまた、食材を口に運びながら頷いた。


   +++


「食料の備蓄はどうなっている」

「出撃無しで、ざっと10000日程度です」

「出撃ありだと?」

「100日程」

「フェンリル」

「こ、今度は多分ダイジョウブ……」


 朝食後、大広間へ移動したハク達は、まだこなしていない執務へと取り掛かる。

 ムクを隣に置き、ハクは主にヨルムンガルドと言葉を重ねる。

 全員の視線を向けられたフェンリルは、視線を逸らしつつ、歯切れ悪く答えた。


「何日だ」

「マンドラゴラみたいにうまく育ってくれるなら、多分1日……?」

「1日で1日分の食料を育て上げることができるとしても、足り無すぎる」


 状況の厳しさに、ハクは爪を噛む。


(これから加勢する者がいたとして、想定以上に食料を消費することを考えれば、もって3ヵ月)


 眉間に皺をよせ、頭の中で計算をする。

 口元に手を当て、手すりに肘をつきながら。


「食料の備蓄量を増加させようとは思わなかったのか」

「現地調達が基本でしたので」


 思わなかった、とのたまうヨルムンガルドに、ハクは大きく溜め息を吐く。

 ハクが頭痛のする頭を押さえていると、大広間の中に1つの鬼火が迷い込んできた。


「食料について悩んでんの?」


 人型へ姿を変えた精霊は、ゆっくり歩み寄る。

 飴を食べる様に、灯された細い松明を咥えながらサラマンダーは言葉を発した。


「何か方法でも?」


 炎を楽しむサラマンダーを、ハクは睨む。

 悩める魔王に、サラマンダーは頭の後ろで手を組みながら、淡々と言い放った。


「そんなん、ノーム兄に頼めばいい」


 サラマンダーに、全員の視線が集中する。

 注目を浴びても気にしないサラマンダーは、ウンディーネへと同意を求めた。


「な、姉貴」

「そうね、ノーム兄さんなら朝飯前でしょうね。ただ……」


 ウンディーネは、弟の言葉に同意しつつ、語尾を濁す。

 その反応に、ハク以外の全員の頭に1人の精霊が思い浮かんだ。


「シルフに先に話通しちまえばいい」

「あの子がなんて言うか分からないけれど、それが一番安全ね」


 シルフ。

 属性・風を司る精霊。

 ウンディーネ達兄妹の末っ子にあたる。

 その場にいる当主達が、ノーム以上に厄介だと思う精霊。

 ハク以外がサラマンダーの話に頷く中、ハクだけは首を捻る。


「その内許可を得に行かねばならなかったから都合がつくのは分かるとしても、何故ノームの許可を得るのにシルフが関わる?」

「察して」

「わからん」


 本気で理解できていないハクに、サラマンダーは推理を求めた。

 だがハクはきっぱりと断じる。


「その、そう。ハク様とムク様のような関係といいますか」

「……すまん」

「ほんとだわ」

「サラマンダー」


 別の意味で頭を押さえるハクに、サラマンダーは追い打ちをかけようとしたが、ウンディーネが嗜める。

 舌を出すにとどめたサラマンダーに、ウンディーネは眼を細めた。


「どれくらい、量産できる?」

「それはノーム兄との交渉次第だな。植物に限るなら、下手すりゃ無限に」

「肉食系の方々もおりますので、ノームだけで解決はできません」


 ノームについて、ハクは深く話を掘り下げていく。

 首を縦に振るサラマンダーと、横に振るウンディーネ。

 2人の反応の違いを見つつ、ハクはヨルムンガルドへ眼を向けた。


「保管期間は、どれくらいだ」

「鮮度なら問題ありませんよ。倉庫が、魔法の塊ですので」

「事実、今朝の料理も500年前の食材を使っておりました」


 ハクの疑問に、ヨルムンガルドとヒュドラが答える。

 資料に眼を落としつつ、これまでの話をもとにハクは1つの決断をする。


「わかった。国内生産を試験運用しつつ、この方針で行く」


 跪くのは、誰1人例外は無く。

 一瞬のズレもなく、声を揃えて。

 配下の者は、魔王の意思に敬意を表する。


「「「御身の、御心のままに」」」




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