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第66話 疑問と精霊の祝福

今回、後書きは自粛しました。


 一度ハクはムクの様子を見に寝室へ戻った。

 時刻は6時ちょうど。

 長針と短針が平行になったと同時、ハクは扉を開けた。


「ムク」

「……」


 バサリ、と布の動く音がした。

 ハクは、音のした方へ眼を向ける。

 そこには、丸まった何か(・・)がいた。

 シーツを頭からかぶり、ベッドの上で丸くなる何か。


(ミカエルめ……)


 ハクは静かにミカエルを恨む。

 随一の薬学を誇るだけあって、薬の調整は絶妙だった。

 6時きっかりに、図ったようにムクは眼を覚ました。

 扉を閉め、ハクは白い塊に近づく。


「ムク」

「……」


 ベッドの上に腰掛け、シーツの塊を撫でながらハクは優しく呼びかける。

 だがムクからは反応がない。

 拗ねたように動かないムクに、ハクは眼を細めた。


「いないなら、残念だが1人で朝食をとるか」


 ハクは、わざとムクに聞こえる音量で呟いた。

 そして、ベッドから腰を上げた時。

 純白の塊から1本の手が伸び、ハクのマントを引っ張った。


「「……」」


 2人は動きを止める。

 ハクは飛び出した腕を見下ろし、ムクは何も語らず、それでもしっかりとハクを捕まえる。


「ムク」

「……い、なく、ならな、で」


 3度目の呼びかけ。

 もう1度腰を下ろし、ハクはムクのいる場所を撫でる。

 伸びた手に力を込めながら、ムクは小さく呟いた。

 言葉を途切れさせながらのムクの訴えに、、ハクはそのシーツを掴んだ。


「……」

「わっ!?」

「なら、我から見えぬ場所へ行くな」


 隠れ蓑を剥がされ、ムクは思わず顔を上げる。

 眼を向けた先、至近距離にハクの顔があったことで、ムクは大きく眼を見開いた。

 ムクの目がうるんで見えるのは、涙か、はたまた寝起きのせいか。


「ムク」

「……ハクが、いなか、た」


 ムクの上にシーツを戻し、顔が見える様に動かす。

 ハクは、ムクの頭を撫でながらもう一度呼びかけた。

 だが、ムクは俯いたまま1人つぶやくだけだった。


「すぐ戻るつもりだったんだが」

「いなかった」


 宥める様に撫で続けるハクに、ムクは頬を膨らませる。

 マントから手を離し、ムクはハクの腕の中に納まる。


「すまない」

「うん」

「今度は、ちゃんといるから」

「明日」

「明日な」

「うん」


 ハクは、ムクの背を優しく叩く。

 ムクは、ハクに自分の要求をのみ込ませた。

 頬を摺り寄せるムクに、ハクは自分の頭をのせた。

 ムクが落ち着きを取り戻し始めた時、寝室にノック音が響いた。


「入れ」

「おはようございます。あら?」


 扉を開けて入ってきたのは、ウンディーネ。

 朝の世話をしようとやってきたウンディーネは、2人の様子を見て眼を丸めた。


「ハク様は随分と早起きなのですね」

「貴様らは我をなんだと思っているんだ」


 ミカエルと同じ反応をするウンディーネに、ハクは呆れたように息を吐きだす。

 正装に身を包むハクの反応に、状況を察したウンディーネは楽しそうに微笑んだ。


「朝食のお時間ですよ。ムク様も着替えましょう」

「うん」


 ハクとウンディーネに手を引かれ、ムクはベッドから降りる。

 ウンディーネに衣服の乱れは一切なく、清潔感が漂っていた。


「我は先に行く」

「承知いたしまし、た?」


 ハクはすぐに寝室を出ようと扉へ一歩踏み出した。

 ウンディーネもまた見送ろうとしたが、ムクの行動に語尾を上げた。


「ムク?」

「ムク様?」


 2人はムクの名を呼び、首を傾げる。

 再度ハクのマントを掴んで離さないムクは、真っ直ぐにハクの眼を見上げていた。


「いかない、で」


 ムクの言葉に、ウンディーネは両手で口元を覆う。

 数秒、ハクとムクは見つめ合う。

 しかし、すぐにハクがムクの手を取りマントを離させた。


「すぐ会える」

「……ほんと?」

「あぁ」


 ハクはムクを納得させ、頭を撫でる。

 寝癖のついたムクの髪は普段よりも撫でやすく、ハクは自然と口角を上げた。


「よろしく頼む」

「かしこまりました」


 ウンディーネにムクを預け、ハクは今度こそ寝室を出た。

 ムクは自分から遠ざかるハクの後ろ姿を見つめ続ける。

 音を立てて扉が閉まった後も、ムクは1点に視線を注ぎ続けた。


「さぁムク様、ドレスアップを」

「ウンディーネ」

「はい」


 微笑み、ムクの身支度をしようとウンディーネが手を伸ばした時。

 言葉を遮る様に、ムクがウンディーネの名を呼んだ。

 すかさず、ウンディーネは言葉を止めて返事をする。

 自分の声に応じる精霊に、ムクはぽつり、と呟いた。


「あいしてる、ってなに?」


 ムクは、その赤い瞳でウンディーネを見つめ、尋ねた。

 小さな口からこぼれた意外な言葉に、ウンディーネは大きく眼を開く。


「すき、って、なに?」


 自分の瞳を覗き込むムクの眼に、ウンディーネは眼を細めた。

 静かにムクの隣に座り、ウンディーネは優しく諭す。


「ハク様が、ムク様に向けている感情のことでございます。それぞれ形が違えど、それは、とても大切で、温かいものなのですよ」


 白く柔らかい髪を撫でながら、ウンディーネは自分の考えを伝えていく。

 自分の胸を押さえ、夫の姿を思い浮かべながら、ウンディーネはムクに感情を伝える。

 だが、その答えにムクは首を振った。


「違う、違う!」

「ムク様?」


 駄々を捏ねる様に否定するムクに、ウンディーネは眉を顰め戸惑う。

 ムクは両の拳を強く握り、視界を霞ませた。


「だって、ハクのは、違う。ハクに、ハクのは、言われるたびに、胸がぎゅってなる。ハクは、私を通して、誰かを憎んでる。ハクに『愛してる』って言われるたびに、『嫌い』って、ハクが、離れてく気がして。前みたいに、胸が、温かく、なってくれない」

「ムク様……」


 震えるムクの口から、途切れ途切れに言葉が紡がれる。

 小さい身体が更に小さく見え、その瞳は涙で濡れる。

 ウンディーネはムクの全身から伝わる感情に、顔を歪めていく。


「だって、ハクはもう、私を見てないもん……。違う、違うの。ハクは、違うの。わたしを、私を好きだって、いったの。だけど、今は、言ってくれない……。私に、指輪を、くれたハクは、もう、いな……」

「シャルルムック!!」


 堪らず、ウンディーネはムクを抱きしめた。

 大粒の涙を溢すムクは、ウンディーネの胸に顔を押し付け嗚咽を殺す。

 震える肩から、ムクの悲しみがウンディーネへ痛い程伝わる。


「シャルルムック……」

「ウンディーネ……、わたし、は、どうすれば……」


 真名を呼びながら、ウンディーネはムクを受け止める。

 縋る様に名を呼ぶムクに、ウンディーネは優しく語り掛ける。


「ねぇ、シャルルムック。ガラス、というものがあるでしょう?」

「うん……」

「あれは、透き通って透明に見えるもの。何も混じらず、純粋な結晶に見えるもの。だけれども、実際は、不純物でいっぱいなのよ」

「ウンディーネ?」


「純粋な結晶だけでは、美しく透き通っては見えない。だけれども、そこに不純物が混ざることで、ようやく美しさを手に入れることができるのよ」


 突然出た話題に混乱するムクは、ウンディーネを見上げた。

 ウンディーネはムクから体を離し、ムクの両肩に己の両手をのせた。

 そして、真っ直ぐにムクの瞳を見つめ、言った。


「シャルルムック。ハク様を、信じてあげて」


 ウンディーネの言葉に、ムクは大きく眼を見開いた。

 戸惑うムクに、ウンディーネは優しく、力強く語り紡いでいく。


「ハク様は、最初、純粋に貴女を愛していたわ。何も知らないから、ただ純粋に。でも、今は知ってしまった。貴女のことも、自分の事も、世界のことも。愛するだけなら不要だった不純物を取り込んでしまった。でもね、シャルルムック。それは、それはね、貴女を純粋に好きだったから、自分の気持ちを、貴女に伝えたかった。それだけなのよ」


 揺れるムクの瞳には、次第に涙が溜まっていく。

 ムクの顔は歪み、唇は震える。

 ウンディーネもまた堪える様に眉を曲げた。

 恩人であり、親友であり、親であり、従者であるはずのウンディーネ。

 彼女が今、どの立場で言葉を紡いでいるのかは、ムクには分からなかった。

 だが、ムクには、ウンディーネが何を言っているのかだけは、理解できたのだ。


「純粋なままでは、先が見えないから貴女に伝えることはできない。でも、貴女を知れば、世界を知れば、伝え方も分かってくる。だから、ハク様は自ら不純物を取り込んだのよ。ねぇ、シャルルムック。ハク様を、信じていなさい。貴女を思うハク様の気持ちは、何にも勝る、美しく透き通った愛の結晶なのだから」

「ハ、ク……! ハク、ハク……!!」

「シャルルムック。貴女の疑問は、貴女を成長させる。だから、安心して悩みなさい。私は、何時でも貴女たちを、祝福しているのだから」


 溢れる涙はそのままに、ムクはウンディーネの胸へ飛び込んだ。

 頬を伝う雫を拭うことなく、ウンディーネはムクの背へ腕を回す。

 泣きじゃくるムクと、静かに雫を溢すウンディーネ。

 2人の涙は、様々な感情が入り混じる故に、美しかった。

 不純物は、血濡れた魔王のすぐそばに。

 あふれた涙は、水の精霊の祝福を持って、世界へ溶け込んだ。




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