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第63話 ティーカップの月

普段の三人称に戻ります。


 再び静寂が訪れたムクの寝室にて。

 響くのはムクの寝息のみ。

 ハクは、桔梗の立っていた場所を眺め、紅茶を口に流した。


(酒呑童子は、『あの方』だけでなくムクについても多く語っていた。我を信用しなかった理由がそれなのか、あるいは)


 ティーカップの中で揺れる月を見下ろし、ハクは桔梗の言葉を、表情を思い浮かべる。

 揺れる髪飾り。

 光る宝石。

 向けられた、笑顔。


「名前、あったんだな」


 ハクはティーカップに紅茶を注ぎたす。

 すでに温くなった液体は、猫舌のハクにとって、丁度いい飲み物だった。


「さて、どこまで信用すべきか」


 ハクは、溜め息を吐きながら、桔梗の昔話を分析し始める。

 桔梗は、ハクに対して牙を剥いた最初の当主。

 元々不信感があったとはいえ、行動に移したのは桔梗のみ――今回のレヴァナントの行動をどうとるかでは桔梗とレヴァナントの2人ともいえる――であることから、全てを鵜呑みにすることはできなかった。


「ムク」


 ティーカップをテーブルに置き、ハクはムクへ振り返る。

 寝返りを打ったのか、自分の方を向いているムクに、ハクは優しく微笑んだ。


「お前の髪が黒かった、なんて言われてもわからないよな」


 白く輝くムクの髪を撫で、ハクは自虐的に笑う。

 ムクの髪を一束とり、空中で離してみる。

 重力に従いばらけながら落ちていくムクの髪に、一点の曇りもない。

 ムクが元々人間であったことも知っているため、嘘と断じることもできない。


「何を信じれば、お前を、救える?」


 閉じられた瞼に、瞳を観察することはできない。

 だが、ハクには思い返すだけで十分。

 血の様に赤く、宝石よりも美しいムクの瞳に、やはりそれ以外の色は見受けられない。

 ハクは、ムクの掌に自分の手を重ねる。

 すると、ムクは、無意識にハクの手を握り返す。


「!」


 僅かに眼を見開いたハクは、だが当然と言わんばかりに口角を上げる。

 壊さぬ様、優しくムクの手を包みながら。

 ハクはそっと、ムクの手の甲に口づけをした。

 今はもう、何もはめられていない左の薬指に。

 そっと。


「……新しいのを、あぁ」


 まだ出会ったばかりで、表情が動かなかったムク。

 決して嬉しそうではなかったが、嫌そうでもなかったムク。

 いつまでだったかを、ハクは正確には把握していない。

 それでも、ニヴルヘイムに来るまでは、1日たりともはずさずにつけていたムク。


「欲しがって、くれるだろうか」


 眼を細め、ハクはムクの決して穏やかではないその寝顔を見つめる。

 切なそうに、寂しそうに。

 月の明かりが照らすムクの寝室は、深い影がさす。


「いや、例え欲しがらなくとも」


 己の手からこぼれそうなムクの手を強く握り直し。

 孤独を一掃する様に、ハクは口角を釣り上げ嗤った。


(その時は、首輪に鎖つけてでも)


 ムクの手を握っていない手で、ハクは少女の唇をなぞる。

 小さく柔らかいそれに、ハクは顔を近づける。

 身体を倒し、静かに自分の唇を重ねようとした。

 だが、触れる寸前に衝動を堪えたハクは、倒した体をゆっくりと起こす。


「……フッ。待つと、いったのにな」


 自嘲するハクは、傷心したように顔を歪める。

 再度体を倒したハクは、ムクの額に自分の額を触れさせる。


「待つよ、ちゃんと。手放しは、しないけどな」


 混じり合う白髪と銀髪。

 自分の胸を締め付ける何かからは眼を逸らして。

 ハクはそっと、瞼を閉じた。

 その時、コツコツ、と扉を叩く音が響く。

 すぐに眼を開き体を起こしたハクは、扉を睨みつける。


「ハク様、いらっしゃいますか」

「……何の用だ」


 扉越しにハクの所在を問うのは、ヨルムンガルドの声だった。

 ハクは声を低く重い物へと変え、殺意を露わにする。

 音をたてぬ様、扉を開けて入ってきたヨルムンガルドは、恭しく一礼して見せる。


「失礼いたします。ハク様に、魔王城専属医師を紹介したく存じます」

「専属医師……?」


 扉を閉め、その場を動かぬまま説明するヨルムンガルドに、ハクは首を傾げる。

 ヨルムンガルドの口から出た言葉をハクが復唱して見せると、彼は1つ頷いた。


「はい。酒呑童子の報告にて、ハク様の身体に異常が起きていることを把握いたしましたので」

「……桔梗め」


 ヨルムンガルドの提案に、ぼそり、とハクは言葉を溢した。

 その言葉に、ヨルムンガルドは驚愕し、大きく眼を見開いた。


「……彼女の名を、知っているのですか」

「今しがた、名乗られた」

「そう、でしたか」


 眼を丸くし問うヨルムンガルドに、ハクは簡潔に答える。

 ハクの解に、ヨルムンガルドは眼を細め、どこか嬉しそうに微笑んだ。


「桔梗が。そうですか」

「なんだ」

「いえ。ただ、意外ではありましたので」


 遠い何かを見つめるように笑うヨルムンガルドに、ハクはじっと彼の顔を見つめる。

 そうですか、と繰り返す彼の表情は今まで見たどれよりも柔らかく。

 ハクはヨルムンガルドの評価を改めることにした。


「そんな顔も、できるんだな」


 誰にも聞こえぬ程小さな声で、ハクは言葉を漏らす。

 眼鏡の位置を直し、表情を引き締めるヨルムンガルドを見て、ハクは溜め息を吐いた。


「いってくる」


 ムクの手を離し、優しくベッドの上に置く。

 立ち上がったハクは、振り返ることなく、ヨルムンガルドに導かれるまま部屋を後にした。


「……は、く」


 ムク以外、誰もいなくなった部屋の中。

 消えた温もりを探すように、手を動かす少女は。

 人知れず、一滴の涙をこぼした。


    +++


「やっほー☆ 魔王城専属のぉ、サキューちゃんだよぉ☆」

「……は?」


 ヨルムンガルドに案内された医務室にて。

 キラキラと星を振りまく小柄な少女を前に。

 ハクは、率直な感想を隠すこともなく、顔を顰め、声を漏らした。


「紹介いたします。彼女が、この魔王城専属医師、サキュバスでございます」

「だからぁ、サキューちゃんだってば! 何も、サキュバスは私だけじゃないからね☆」


 きゃぴっ、とポーズを決めて見せるサキュー。

 意外にも、服装は破廉恥なものではなく、桔梗よりも布面積があった。

 ハクは、己の記憶の中に、サキューの服装を言い表すものを見つけた。

 『童貞を殺す服』である。

 その上に、これまたどう改造すればそうなるのかと問いたくなるような白衣を羽織っている。

 桃花色をした髪をリボンでまとめた、所謂ツインテールの髪型。

 角らしいものは見受けられず、その代わりに蝙蝠の羽のようなものが生えている。

 胸は大きすぎず、はたまた小さすぎず、桔梗とウンディーネの間程の胸を揺らして。

 幼さを残すその表情は、男を虜にさせるには十分な魅力を携えていた。


「……コイツ、何匹喰った」

「推定、1万五千匹です」

「チェンジで」

「サキューちゃん以外にお医者さんいないぞぉ☆」


 首のあたりで親指を横にスライドさせ、ハクはサキューを解雇しようとする。

 だが、続いたサキューの言葉に、ハクはヨルムンガルドを見ると彼は力強く頷いた。


「ほら、座ってね☆ ムク様のとこに早くいきたいでしょ?」

「ッ……、わかった」


 黒縁メガネを取り出し、あざとくポーズを決めるサキューはハクを急かす。

 痛いところを突かれたハクは、大きく溜め息を吐いてから椅子に座った。

 ハクの正面に座ったサキューは、眼鏡をかけた後、瞳を光らせハクを診る。

 途端、診察室に魔法陣が浮かび上がり、ハクの身体を包む。

 ハクの身体には細かい線が現れ、サキューはその線をそっと撫でた。


「えっとぉ、魔王様の容体は、……あ゛?」


 腕を撫で、上へと伝っていく最中で。

 サキューは、盛大に顔を顰め女性とは思えない声色を発した。

 先程までの可愛さが台無しである。


「ま・お・う・さ・まぁ☆ なにしたのぉ?」


 ゴゴゴ、と地響きか聞こえてきそうな笑顔で、サキューはハクへと問う。

 怒りで痙攣するサキューの顔に、ヨルムンガルドは咄嗟に顔をそらし、蛇へと姿を変える。

 だがそんなヨルムンガルドに、サキューの尻尾が高速で巻き付いた。

 逃亡に失敗したヨルムンガルドは、蛇の姿のまま宙に吊られる。

 しかし、ハクはヨルムンガルドの変化に気付かず、淡々とサキューへ言ってのけた。


「何って、無詠唱魔法を長時間使用しただけだが」

「キャピ☆」


 その日、2度目のヨルムンガルドの断末魔がニヴルヘイム内に響き渡った。




新キャラ、登場です。

漸く『ピンク髪』『ツインテール』のキャラを出せました……。

作者は『ロングストレート』の髪型が好きなので、恐ろしく短髪女子が少ないです。

これからちゃんと出ます。お楽しみに!

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