第61話 酒呑童子の視線
今回は酒呑童子視点の話になります。
一人称です。
「あちきがあの方にお会いしたのは、かれこれ一度きり。あの時、御父上に連れられ、人間界へ護衛をしに行った時でした」
あちきは、ポツリ、ポツリと語り紡ぐ。
あの方に似た月を眺めながら。
遠いあの日を、思い浮かべて。
「御父上、何処へ行かれるのですか」
あちきは、妾の子でした。
一族に忌み嫌われ、暗闇でひっそりと暮らしていました。
あちきの年齢が、二桁になったばかりの頃。
次期当主はあちきではなく弟の方であると噂され始めた、そんなある日のことでした。
「お前は黙ってついてくればいい」
あちきは、御父上に手を引かれるまま、歩いていました。
何の意味があるのかも分からぬまま歩くのは怖かったのです。
何故なら、あの日があちきにとって、初めての外出だったのですから。
――間引かれる。
そうも考えました。
怖くて不安で、理由を教えてくれない御父上に心細くて。
それでも御父上は、あちきの手をしっかりと握っていてくれたことは覚えています。
「貴女が、■■ですね。はじめまして」
「……お初にお目にかかります」
「やはり、貴方の血を引いていますね。目元なんかそっくりではありませんか」
景色は忘れました。
そこで会ったのは、まだ若いヨルムンガルド。
若いとはいっても、容姿は今とほとんど相違ありません。
あちきを見て、視線を合わせる様に屈んだヨルムンガルドは、優しく微笑みます。
御父上に教わった挨拶を言えたからか、それともただの餓鬼だと思われたのか。
今となっては、分かりませんが。
「御託はいい。はよう送れ」
「相変わらずですね。今日は、魔王様の準備の方が早かった」
「ほう、珍しいこともある」
御父上とヨルムンガルドは、数回言葉を交わしていました。
特別親しいわけでも、嫌っているわけでもなさそうで。
ヨルムンガルドの言葉に、御父上は驚いたように声色を変えました。
それにつられ、あちきは、初めて玉座へと視線を向けたのです。
「……」
そこに座っていたあの方に、あちきは、一瞬で眼を奪われました。
いえ、一瞬さえ、必要なかった。
濡羽色の髪に、瑠璃紺の瞳。
あちきは、あの方が吸血鬼だとは、信じられなかった。
なぜって、あの方は吸血鬼の象徴である『赤い瞳』を持っていなかったのですから。
サファイアなど霞むほど美しく、深海よりも深く神秘的な蒼の瞳。
あちきの心は、刹那の内にあの方に掴まれました。
チャームの魔法であったのかもしれません。
それでもあちきは、あの方の確かな魅力であったと思っています。
「……魔王様」
「よくきたね、可愛い子」
自然と、あちきはその場に跪きました。
初めて聞いた、声でした。
どんな音楽も、あの方の声を前に恥ずかしさで逃げ出す程の音色。
あちきはあの時、初めて胸の高鳴りを覚えました。
「すまないね、僕の我が儘に付き合わせてしまって」
「陛下、貴方の行動に我が儘など何一つとしてございませぬ。貴方様がどこへ行こうとも、我々は貴方様について行きまする」
「君たちのような配下を持てて、僕は幸せ者だ」
「勿体無きお言葉」
微笑んだあの方は、この世のものとは思えなかった。
威張ることもないのであろう、傲慢さの欠片も見えない。
ただ、純粋であるあの方に。
あちきは、虜でした。
「さて、出発しようか。ヨル、お願いできるかい?」
「支度整っております。いつでも」
「うん。ありがとう」
玉座を立つあの方の動作一つ一つが、あちきの心を揺さぶる。
今思い出しても、この思いは、新鮮なまま。
御父上は再びあちきの手を引き、あの方の後ろを歩く。
御父上に従って歩くあちきの視線は、あの方に釘づけだった。
「それでは、行きますよ。掴まっていてください」
「落ちるなよ」
「はい、御父上」
私は、無我夢中で御父上にしがみ付きました。
初めての海は、あちきにとっては大きな脅威。
振り落されればどうなるかも分からない中、あちきは、そっと目を開きました。
風が冷たくて怖くて、薄目しかできなかったけれども。
あちきの背に添えられた、御父上以外の手の正体を探ろうとして。
温かくて、安心する、優しい手。
勿論、薄目では何も見えない波の中。
結局、分からず仕舞いではありましたが。
あちきが考え込んでいるうちに、あちきたちは人間界へ出ました。
「着きましたよ。全員居ますね」
「良く耐えたね」
あちきの無事を確認すると、ヨルムンガルドとあの方は、そっと頭を撫でてくださいました。
2人とも一瞬だけで、どちらがどのような感覚だったかは分からなかったけれど。
分け隔てなく接してくれたお2人に、あちきの胸は熱くなりました。
「いくよ」
白い軍服を纏い、裏地の青いマントを翻す。
全てが洗練されているようで、あちきは見つめるだけで精一杯でした。
「魔王様」
「あぁ、うん。ヨルはあっちをお願いね。それと酒呑童子も。この子は僕がちゃんと見てるから」
「いえ、見ているのは貴方様ではなくこやつです。粗相のないよう躾てはいますが、何卒」
「わかってるよ」
あちきには、3人が何を言っているのかわかりませんでした。
そうこうしているうちに、御父上とヨルムンガルドは姿を消しました。
取り残された私は、どうしていいか分からず辺りを見回していると、あの方が視線を合わせてくださいました。
「いこっか」
「……はい」
にっこり、と笑うあの方はあちきを森へと誘います。
御父上のように手を繋いではくださいませんでしたが、決してあちきを置いてはいきませんでした。
あちきの歩幅にあわせ、ゆっくりと歩くあの方の横顔を、あちきは忘れません。
あの方とあちきの間に会話はありませんでした。
あちきはただ、前髪の隙間から覗くあの方の瞳を、見つめていました。
「ついたよ」
あの方は、薄暗い森の奥、蔦のカーテンの前で足を止めました。
目の前にある蔦で塞がれた穴以外に入り口は無いようで、あの方は迷わず蔦をくぐります。
あちきも、置いて行かれぬ様、あの方の後を追いました。
「……ッ」
飛び込んできたのは、太陽の光。
先程までの薄暗さを忘れてしまうほど、明るい空間。
綺麗な花が咲き、美しい若葉が芽吹く。
森の奥であるというのに小鳥の鳴き声も聞こえました。
「シャルル」
入り口で立ち竦むあちきをそのままに、あの方は誰かの名前を呼びながら空間の中心へ踏み出しました。
広場のようなその空間に、1人、たしかにいたのです。
黒く長い髪と、翡翠色の瞳を持つ少女が。
「***……!」
あの方に気付いたその少女は遊ぶ手を止めました。
花冠を作っていたようで、作り終えていたそれを頭に被りあの方へと笑いかけます。
心底嬉しそうに、少女はあの方へ走り寄り、微笑みました。
あの方もまた、腕を広げ少女を受け入れます。
「……?」
あちきは、自分の胸に浮かび上がった感情に疑問を覚えます。
ぎゅっと胸を押さえ、あちきはただ、2人を見つめていました。
その少女は、不思議でした。
あの方と比べれば、なんのことはない、ただの少女に見えるのに。
あちきは確かに、あの時。
「綺麗……」
その少女から、あの方と同じ魅力を感じたのです。
酒呑童子とムクは、同年代の子ということになります。
年齢は近くても種族が違うだけで見た目の差が激しい……。
ムクの方が年上という可能性もありますね。
追記:twitter開設しました!
@Sakura_turara
今後はこちらで作品情報を発信していきます。
投稿した旨を呟いたりもします。
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