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第58話 正体


「この者が、ムスペルだ」

「おい! 離すのだ! 我をそんな持ち方するでない!! 離せ!!!」


 門まで歩いてたどり着いた6人は、スルトにムスペルの行方を尋ねる。

 その答えとして差し出された物に、6人は、


「「「……は?」」」


 一斉に顔を引き攣らせた。

 スルトの手の中で暴れるそれに、前線を駆けた者は盛大に顔を顰める。

 ただ1人、酒呑童子だけは、自然と沸く笑いに肩を震わせた。


「離せ!! 離すのだ!! 我はムスペル! この国の主であるぞ!!」

「……ふ、くく、アッハハハハハハ!!!!」

「おい、貴様! そこの女!! 何を笑っている!!」

「何て、そんなん」


 抑えることができず、ついに腹を抱えて笑いだした酒呑童子に、ムスペルは噛み付いた。

 分かり切った質問に、酒呑童子は真っ直ぐムスペルを指さした。


「あんたはんの姿にきまっとるやないの!」

「なっ、おい! 貴様! 無礼であるぞ!!!」


 1人笑い転げる酒呑童子に、憤慨するムスペル。

 全員が視線を注ぐその先。

 スルトの手の中に納まるタコに、全員が呆れ返った。

 胴体を鷲掴みされ、懸命に触手を動かすその姿に、先程までの威厳は欠片もなかった。

 ハク達と戦闘を繰り広げていた巨大タコを、そのまま20センチ強のサイズまで縮小したような姿には可愛らしさすら感じる。

 蒸気を吹き出しながらスルトの指の間を暴れるムスペルに、ハクの表情は消える。

 息を整える酒呑童子は、眼尻に浮かんだ涙を拭い、ようやく笑い終えた。


「あー、おかし。あちきらが戦ってると思っとったんは、全部あんたはんの造りだした幻想なんよねぇ」


 笑い声を止め、今度は真理を突く様に鋭い声を発す。

 酒呑童子の言葉に、ムスペルもぴたり、と動きを止め、体裁を取り繕った。


「いかにも。貴様らが必死になって攻撃していたのは我ではなく、ただの幻想よ!」

「「「……フッ」」」

「おい誰だいま笑ったの!!!」


 スルトに掴まれたまま上から語るムスペルに、ムク、ダユ、サラマンダーは思わず吹き出した。

 もう一度憤慨するムスペルは、スルトの固い指に揉まれ口を噤んだ。


「というかお前、その声何とかなんねぇの? ちっちぇのに声だけ立派」

「む? 我はムスペルヘイムの主なり。真の強者とはこうであるべきよ」


 巨大な姿が虚像であると分かった今、小さい身体に底冷えするような声は滑稽だった。

 ついに堪えていたムクとウンディーネも失笑し、またムスペルが暴れる。


「ムスペルの使う魔法は即ち幻術よ。汝らに見せていた幻想を現実に物理として持ち込み傷を与える。こやつ自身は幻想の中心で安全に観戦しておる」

「おい! そろそろ離さぬか! あ! やめ! 揉むな!!」


 ムスペルにかわって、スルトが幻想の仕組みを解説する。

 スルトに揉まれ、抵抗するように墨を吐くムスペルはさらにきつく握られる。

 2人は、世界の最初期から存在する怪物。

 いわば旧友のような仲で、2人の間には幾つかの盟約が交わされている。

 ムスペルは内側で、スルトは外側で絶対の力を誇る。

 彼らがムスペルヘイムにいる限り、ムスペルに敵う者は無く、またスルトを躱せる者はいない。

 陰と陽を引き受ける2人は、天敵であり強敵。

 どちらかのフィールドに引きずりこまれれば負けるゲーム盤で、2人は存在し続ける。


「これで、我の12334951勝12334950負53948204分けだな」

「む、数え方を間違える出ないぞ! 我の12334951勝12334950負53948204分けである!!」

「否、我の」

「いいや、我の!!」


 言い争うように数字を交わすムスペルとスルト。

 口論する様子から、2人仲の良さが窺えた。


「汝には、ムスペルヘイムの一部を破壊した罪で、1000年の時を我と共に門番をすることで償ってもらう」

「嫌だぁあああああ!!!!!」

「それか、このままあやつらに連れられ、ニヴルヘイムにてタコ焼きになってくるがいい」

「ヨルムンガルドに調理させよう」

「おいし、そう」

「離せ! 離せ!! まて、くるな、こっちに来るな! タコ焼きは嫌だ! やめろぉぉおおおぉおおお」


 自分の国に引きこもろうとするムスペルを、スルトは掴んで離さない。

 じゅるり、と涎を垂らすムクに、背筋が凍ったムスペルは本気で抵抗する。

 だが、ここはムスペルヘイムの外であり、スルトの領域。

 ムスペルに勝ち目は無かった。

 観念したように、墨を吐きだしながら萎れていくムスペルに、スルトは僅かに口角を上げた。

 楽しそうに微笑するスルトに、ハクが口を開こうとした。

 その時、ニヴルヘイムの方角から、大音量の悲鳴が響き渡った。


「「「!?」」」

「なっ!?」

「これは……」

「む、うるさいぞ! ぴぎゃ」


 距離がある為か、耳を塞ぐまでではない。

 しかし、耳障りなその悲鳴に、一同は眉を顰める。

 それと同時、サラマンダーのテルアイテムに通信が入る。


「フェン……」

「「「「ぎょぇああああああああああああああああああああああああ」」」」

「サラマンダー!!!! 助けて!!!!」


 迷うことなく通信に応じたサラマンダーは、テルアイテム越しに聞こえる大音量の叫び声に仰け反った。

 涙眼で助けを乞うテル友に、サラマンダーは嫌そうに眼を細めた。


「何したテメェ」

「聞いてよ!! 魔王様の命で植物を育てようと思って倉庫で在庫腐らせてた大量の種があったのさ。丁度いいからそれを育てようと思って、部下と耕した畑に捲いて魔法使ったら運よく育ったの! それで、嬉しくなって、みんなで一斉に収穫したら……、マンドラゴラだったぁ!!!!」

「抜く前に気付けドアホ!!!」

「ごめぇえええええん!!!」


 要約:適当に育てたマンドラゴラで国が滅びかけている助けて。

 ハク、ムク、ウンディーネ、ダユ、酒呑童子、サラマンダー、ムスペル、それにスルトまでが頭痛で頭を押さえる。

 マンドラゴラ。

 人の形を模し、動き回り叫ぶ植物。

 その叫び声を聞き続けた者は、発狂し死に至るという。

 マンドラゴラの効能は凄まじく、魔術師の間で高値で取引される。


 ――その効能目当てに、ミカエルがうっかり根絶やしにしかけたことは秘密である。


 ちなみに、料理すると大根に似た味がする。

 テルアイテム越しに涙目で訴えるフェンリルに、サラマンダーは無言でハクを見つめる。

 サラマンダーの視線とその意味に気付いたハクは、迷惑そうに顔を顰めた。


「我は食物を育てろと言ったが、国を滅ぼせとは言っていない」


 フェンリルを睨みながら、ハクは否定する。

 ミカエルが参戦してきたことで阿鼻叫喚へと変わりゆくニヴルヘイムを画面越しに眺めるサラマンダーは、大きく溜め息を吐いた。


「ヘルヘイムなら近くにあんだから、そっちでやれよ……」

「たーすーけーてー!!!!」

「マンドラゴラ! マンドラゴラ!!!」

「待って!!」


 眼を輝かせるミカエルを必死に止めるフェンリル。

 文字通り必死の友人に、サラマンダーは手を貸すことにした。


「あー……、先行くわ」


 通信を切り、バツが悪そうにサラマンダーはハクへ申し出る。

 引き留める者は誰もおらず、いそしそとサラマンダーは準備を始める。


「それに、あんま一緒にいねぇほうがいいし」


 ちらり、とウンディーネへ視線を送り、サラマンダーは呟いた。

 その言葉に首を捻るハクをよそに、サラマンダーは今度はスルトの方を向いた。


「世話になったな」


 身体を炎に変えながら、サラマンダーはスルトに語り掛ける。

 片手でムスペルを弄びながら、スルトは重々しく答えた。


「否。我は門を通したまでの事。それ以上も、それ以下もなし」

「あんたはそれでいいんだよ」

「我は! 我は!?」


 門番であることを徹底するスルトに、サラマンダーは嬉しそうに笑った。

 触手を伸ばし主張するムスペルに火の粉を飛ばし、サラマンダーは完全に変身する。

 火の玉となったサラマンダーはニヴルヘイムへ、流れ星のように真っ直ぐに飛んで行った。

 煌めきながら空を流れる弟をウンディーネは微笑みながら見つめる。

 相変わらずマンドラゴラの悲鳴が響く状況に、全員目配せをして笑った。


「我達も帰るぞ」

「うん」


 ムクの手を取ったハクは、スルトとムスペルへ眼を向ける。

 ムスペルを見つめ、ハクは悪戯っぽく笑って見せた。


「くるか?」

「小麦粉、ある?」

「ありますよ」

「なぜ調理される前提なのだ! いかぬわ!!」


 ふざけるハクに、ムクと酒呑童子が乗る。

 身体を震わせ、全力で首を振るムスペルに、5人は声を上げて笑った。


「汝、現魔王を名乗る者よ」


 ふと、笑い声を遮る様に、スルトがハクへ声をかけた。

 す、と表情を切り替えたハクは、真っ直ぐにスルトを見つめる。


「汝、反魔王派について、どこまで知っている?」

「その存在だけ」

「なっ、それで我の前にのこのことやってきたのか! 貴様、それでも魔王を名乗れるのか!」


 スルトは一言、ハクへ問うた。

 ハクもまた、一言で答える。

 その解に、スルトに変わってムスペルが声を上げた。

 不服そうに頬を膨らませ、ムスペルは無知なハクへ説明していく。


「反魔王派には、魔王に対立する魔物を率いる8魔衆という者達がいる。これらは元々、前期当主もしくは次期当主最有力候補であった者達だ。今の当主達と、戦力は互角かそれ以上。良くて引き分け、それ以外なら貴様らが押し負ける。その事実を分かっているのか?」


 8魔衆。

 吸血種と精霊種を除く8種族の猛者を指す。

 元々、当主の名を背負っていたか、次に背負うはずだった者達。

 ただ、昆虫種だけは、現当主が8魔衆に属している。

 ハクがニヴルヘイムに来るまでの間、現当主達に挑んでは国営を滞らせ、戦況を掻き乱し続けた元凶。

 その実力は当主陣のお墨付き。

 8魔衆を見かけたらまず死を覚悟する程、魔王派にとっては脅威の存在であった。


「押し負けるなら押し返すまで。それだけだ」


 マントを翻し、踵を返したハクに、ムスペルは眼を細める。

 名を呼んで呼び止める代わりに、ムスペルは己の問いを投げかけた。


「貴様、当主を、信じているか?」

「直接会ったこともなかった我を『信用する』と口をそろえて答える奴らを、お前は信用するか?」


 間髪入れず、ハクは質問に質問を返す。

 ムスペルを一瞥するその瞳は、鋭く光る。

 現当主であるムクと酒呑童子の前で躊躇いもなく言い切ったハクに、ムスペルは眼を丸くした。

 面食らったように言葉を失ったムスペルは、数泊後、堰を切った様に高らかに嗤った。


「ムスペル。気は済んだか」

「いや、よい。うむ、貴様は確かに人間よ。魔物でないからこそ魔王などと名乗るのだ。我は貴様を認めぬが、うむ。気は済んだ」


 笑う友人に、スルトは問いかける。

 満足いったように、ムスペルは清々しい笑みを浮かべ続ける。

 頷くムスペルに、スルトはハクへ視線を移した。


「汝、その道中に気を付けよ。刺客は、何であるかなど想像もつかないのだから」

「……俺の歩く道が、茨でなかったことなんて、」


 スルトの言葉に、ハクの顔に影が差す。

 ムクの手を強く握るハクの声は、僅かに震えて聞こえた。


「いくぞ」


 だが、ハクはすぐに顔を上げ、ムクの手を引き歩み出す。

 それに続き、3人もまた1歩踏み出した。

 陽は傾き、来た時よりも日射は弱まっている。

 マンドラゴラが片付いたのか、悲鳴はもう聞こえない。

 急ぐ理由もなく、また焦る必要もない。

 5人は、来た時とは異なり、ゆっくりと歩いてニヴルヘイムへと向かった。

 互いに、言葉を交わし合いながら。


「酒呑童子、口調どうした」

「あらぁ? 今聞きなはるん?」


 


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