第57話 乱入者
「然り。汝、この国ができた時にまた生まれた存在。故にこの国では至高とされる。だが、国境をまたいだのであれば話は別よ!!」
ムスペルとは真逆、ムスペルヘイム最前、門外より声が響く。
同時に、一筋の流れ星が煌めき、ムスペルの頭に突き刺さった。
見えぬ距離、だが認識できる姿。
剣を投げ飛ばしたポーズで国の入り口に立つ男に、ムスペルは驚愕で震える。
「き、貴様!!!!」
「汝がどれだけ国内で力を持とうと、ひとたび線を出たのであれば、それは我の領域也!! 汝と共に、同じ時に生まれ、門番であり続けた我の力が勝る!!! ムスペルヘイム内での狼藉、何人たりとも許すことはない!!!! この国の命を危険に晒すというのであれば、我も剣をとろうぞ!!!!」
「スルトぉおおおぉおおぉぉぉぉおおおおおおおおお!!!!!!!!」
燃え盛る剣を突き刺されたムスペルは、絶叫にも似た声色で門番の名を呼んだ。
スルトは、門番である。
故に、あの場所から動くことはできない。
であるために、スルトは、入り口から一歩も動かずに、正確にムスペルの頭を貫いた。
煌めく炎の剣を見、ハクは大きく口角を上げる。
「遅かったな」
「然り。我は門番也。線より内にいるのであれば手出しはできぬ。なれど、線の外であれば我に敵う者なし!!!」
ハクの言葉に答えるスルトは、まるで魔法を使ったように一瞬で、ムスペルの頭に刺さる炎の剣を己の手に取り戻す。
そして柄を両手で握り、スルトは足元に、国境に剣を突き刺した。
「我は永劫の門番、スルト也!!! 故に、我の許可なく国境を渡る者は何人たりとも許しはしない!! 我は過去より、今より、そして未来永劫の門番!! 門無き狭間を渡る者に、然るべき罰を下さんとする者也!!!!」
途端、ムスペルヘイムを囲むように炎が走る。
国境の線をなぞり、スルトの剣を始点に二手に分かれた炎は、ムスペルの触手へとたどり着く。
ムスペルを捉えた炎は火力を増し、触手を掴んで離さない。
「ああぁあぁぁああああああああああああああああ」
そして、ムスペルは炎に引きずられ吸い込まれるように、姿を消した。
泉を囲う程の大きさを持つ怪物は跡形もなく消え、次第に視界も晴れ渡る。
突然訪れた静寂に、混乱する者と平然と事実を受け入れる者に別れた。
「え……?」
「消え、た?」
困惑で声を漏らしたのは、ムクとウンディーネ。
ムクは地上に降り立ちながら。
ウンディーネは呆然と空を見上げながら。
「一件落着、やねぇ」
ダユと酒呑童子は投げた得物を拾い上げ、淡々と現実を見る。
ムスペルに蹴りを入れた2人は、反動で跳ね返った。
サラマンダーは己の姿を変え、飛行することで落下を回避する。
ハクは、羽を広げられず、成されるがまま、泉へと落ちていった。
「ッ、ブハッ!!」
音を立てて泉から顔を出し、ハクは陸地へしがみつく。
器官に入った水を吐き出すように、激しくむせ返りながら。
顔を濡らす水を拭い、岩石に足をかけたハクに、ゆらり、と小さな影がかかった。
「……?」
光が遮られたことを疑問に思ったハクは顔を上げる。
髪から滴る水が眼に入らないように眼を細めながら、見上げた先にいた少女に視線を向けた。
「……」
何も言わず、立ち竦むムクは、スカートの裾を掴みながらハクを見下ろす。
泉から上がったハクは、静かにムクへと手を伸ばし。
その柔らかい髪を撫でた。
「ただいま」
「……っ」
微笑みながら、ハクはムクの頭を撫でる。
浮かべられた表情は、ハクがまだ人間だったころの笑みに、どこか似ていた。
「手を離して悪かった。愛してる」
「あ、っぁ……」
頭に乗せた手をスライドさせ、1束、ムクの髪を掬ったハクは、美しい白髪に口づけを落とす。
ハクは、自分の服が濡れていることを気にし、わざと抱きしめなかった。
だが、ムクにはそれが物足りなかった。
(探し、もの……。私から離れて、欠けた、探しもの。大事で、大切で、無くしたく、なかった……?)
自分に対し、無断で頭を撫で、無断で髪にキスをする眼の前の男に、ムクは固まった。
その男には、癖があった。
ムクの髪に触れる時の、癖がある。
その男は、守ってくれた。
抱きつくことでムクが濡れることを、防いだ。
その男は。
(愛、を……!!)
パズルがぴったりとはまる様に。
ムクの困惑と違和感と喪失感は全て繋がった。
ムクの中で、熱く込み上げるものがあった。
それは、ムクには留めることができず。
考えるよりも先に、ムクの体は動いた。
「ハク……!!」
己が濡れる事も構わず、ムクはハクの胸に飛び込んだ。
抱き付くムクをしっかりと受け止め、ハクは抱きしめ返そうと彼女の背へ腕を回し、止める。
涙を浮かべながら自分にしがみ付くムクを見て、ハクは今度こそ遠慮なく彼女を抱きしめた。
「ムク……」
「ハク、ハク!!」
震える手でハクを抱きしめるムクは、自分が満たされていくのを感じていた。
欠けたピースが収まるように。
絡みつく茨が解けていくように。
だが、それと同時に、胸を打つ真実もあった。
(この痛みは、これは、私がハクに与え続けていたものじゃないか……!!)
震えるほど恐ろしい事実に、ムクは強く唇を噛んだ。
何も語らず、強く固く抱きしめ返すハクに、ムクの震えは止まるところを知らない。
「ごめん、なさい……」
ぽつり、とムクは言葉を溢す。
罪悪感に押しつぶされそうになりながら、ハクにしがみつきながら。
「ムク?」
漏れたムクの謝罪に、ハクは不思議そうに首を傾げた。
自分に掴まる腕の力を緩めぬまま謝罪するムクに、ハクは黙ってそれを聞いた。
ハクは、約束を守っていた。
――なら、俺がお前に心を教えてやる!
確かに、ハクはムクに心を教えていた。
ハクの意図せぬところで、ムクは少しずつ感情を取り戻す。
初めて知る感情の味に、苦痛を強いられながら。
「帰ろう、俺達の場所に」
「うん……」
優しく、ハクはムクに囁く。
か細く答えるムクを抱き上げ、ハクは静かに2人を待つ4人の元へ歩き出した。
「主、ご無事で」
「あぁ」
「ムク様」
「ん……」
ダユとウンディーネは、2人を温かく迎える。
目元を赤く染めたムクに、ウンディーネはそっと頬を撫でた。
落ち着きを取り戻したムクは体の力を抜き、ハクに身を預ける。
一歩下がったところで4人のやり取りを眺める酒呑童子とサラマンダーは、互いの顔を見合わせ肩を竦めた。
「それにしても、どうしてスルトがこちらの味方につくとわかったのですか?」
「味方についたわけではない」
未だに納得のいかないウンディーネは唐突に、顔に手を当てながら問いを発した。
その発言に、ムク、ダユ、サラマンダーは静かに目配せする。
ウンディーネの言葉の一部を否定し、ハクは踵を返した。
「アイツが門番だから。それだけだ」
「しつこいようやけどねぇ」
首を傾げるウンディーネに、ハクは簡潔に解を告げる。
それを聞いた酒呑童子は、クツクツと笑い、横から言葉を発す。
他に言うべきことが無くなり、ハクはマントを翻し一歩踏み出した。
「帰るぞ」
「はい」
「やっとやなー」
「え、え? ハク様!?」
ムクを抱えたまま出入り口目指し歩き出したハクに、サラマンダーと酒呑童子が続く。
1人だけ理解が及ばないウンディーネは、混乱したままダユに手を引かれ、皆の後を追った。
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ムクを説得し、協力を得た後、サラマンダーは6人を分断する溝の様子を観察しに来ていた。
サラマンダーは、羽を持っているわけではなく、自らの姿を火の玉に変えることで飛行していた。
空気中の酒気で大きく燃え上がりながら、炎の精霊は溝を覗き込んだ。
「しっかし、随分と深く割ったもんだな」
果ての見えない巨大な溝に、サラマンダーは感心する。
大きく避けた大地は、ムクとサラマンダーなら軽く超えることができるが、ウンディーネはそうはいかない。
戦力として前線に出た経験が少ないウンディーネを1人残すこともできず、2人は片側に留まることを選択した。
溝の惨状を確認したサラマンダーは、その先にいる3人の現状を確認しようと更に足を延ばした。
すると、溝からそれほど離れていない場所に、ハクの死体が横たわっていた。
「あー……、いたわ」
溜息を吐くように、サラマンダーは言葉を吐いた。
身体の再生を終えたハクは、衣服だけが破れた状態で眠る。
サラマンダーは変身を解き、静かにハクへ歩み寄る。
死んだように眠るハクに、サラマンダーは僅かな苛立ちを覚えた。
「先代様はあんな状態だってのに……」
泣きじゃくるムクを思い出し、サラマンダーは舌打ちをする。
そして、ムクが一度自分の提案を否定した理由も理解した。
「まぁ、見つからねぇと思うよな」
頭をかき、大きく息を吐くサラマンダーはハクを見下ろす。
探しものが見つかり、この場に留まる必要のなくなったサラマンダーは、ウンディーネの元へ戻ろうとする。
と同時、2人の間に、太刀を握るダユが飛び込んできた。
「サラマンダー!?」
「よう」
主の横に立つ男の姿に、ダユは驚愕で眼を見開く。
対照的に、サラマンダーは冷静に手を挙げて挨拶して見せた。
「なんでここに」
「コイツの様子見」
太刀を下ろし問うダユに、サラマンダーはハクを指さし答える。
薄らと眼を開いているハクに、ダユは納得し。
再度驚愕で眼を見開いた。
「起きてる!?」
「はぁ!?」
2人は風を切る勢いで首を動かし、ハクを見る。
ゆっくりと体を起こすハクは、頭を押さえ、唸った。
「ッ、ハァ……」
「主!!」
すかさず、ダユは跪き、ハクの様子を窺う。
ハクは眉を顰め、鋭い視線で2人を睨んだ。
「ムクは」
「無事だよ」
「ムスペルは」
「まだピンピンしてる。こんな風に」
投げかけられるハクの言葉に、サラマンダーは触手を受け流しながら答える。
槍を自在に操り、肉を焼き切る様に、触手をあしらった。
「そうか」
(開口一番に先代様、ねぇ)
頭痛を押さえる様に頭を支えるハクは、簡単にだけ言葉を発する。
そんなハクを見下ろし、サラマンダーは認識を改めた。
先程まで感じていた苛立ちを、納得へと変えて。
痛む頭で考えるハクは、ふと顔を上げ、サラマンダーを見た。
「ここはムスペルヘイムの最奥、だったな?」
ハクは、サラマンダーに確認をとる。
当たり前だ、と言わんばかりに頷くサラマンダーに、ハクは1つ結論付けた。
「ムスペルが国境を一度でも超えれば、それで我達の出番は終わりだ」
「しかし、国境を越えただけでは決着をつけた事にはならないのでは?」
突然の結論に、ダユは問いを返す。
その言葉に、ハクはダユを鼻で笑って見せる。
首を捻るダユとサラマンダーに、ハクは大きく口角を釣り上げ、嗤った。
「トドメは、我達ではなく、アイツの仕事だ」
ようやく、ムスペル戦終結です……。約10話にわたってお付き合いありがとうございます。
戦闘中の疾走感、大事にしていきたい。




