表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/84

第5話 外出


「あーもう、お終い!!」

「まだ、全部じゃない」


 ムクの質問攻めは、ついにはテーブルやタンスにまで及び、ハクはお手上げ状態であった。

 強制終了された質問大会に、ムクは兎のぬいぐるみを凝視する。


「可愛い…」


 ポツリ、と呟き、言葉を噛み締める。

 ハクは、紅茶を追加しながら、質問に答えていた喉を潤す。

 兎のぬいぐるみを抱いたまま、ムクは椅子に座り直した。


「今のお前、『可愛い』な」

「む……。わからない」


 ぬいぐるみを持ったムクは、どこにでもいる子供の様に愛らしく、吸血鬼には見えなかった。

 ハクは、頬杖を突きながらその姿を眺め、単語を追加する。


「女の子は、『可愛い』って言われたら、『嬉しい』らしいぞ?」

「『嬉しい』……?」


 新たな単語に、ムクは僅かに仰け反り、ハクの眼を見る。

 兎のぬいぐるみを抱く腕に力を込め、単語の意味と、それによる感情の変化を追っていく。


「俺は『かっこいい』って言われた方が『嬉しい』な!」


 口角を上げ笑うハクを見て、ムクは1度ぬいぐるみに視線を落とす。

 ムクは顔を上げ、紅茶を口に含んだハクに、覚えたての単語を言い放った。


「かっこいいかっこいいかっこいいかっこいいかっこ……」

「ぐっ!? ストップ、ストップ!!」


 思わず吹き出しそうになったハクは、寸でのところで堪え、ムクを止めにかかる。

 首を捻るムクに、困ったような表情をしたハクが説明していく。


「言われりゃいいってもんじゃねぇんだよ。その人が、本当にそう思った時に言ってくれるのが『嬉しい』んだ」

「難しい」


 ムクは、ぬいぐるみを強く抱きしめた。

 小さい子供に手を焼いているこのような感覚に、ハクは眼を細めた。

 今までの会話を思い出しながら、ハクは1つ、思い当たる事柄を見つけた。


「そういや、『難しい』はわかるんだな」

「『難しい』は、なんとなく、覚えてる」

「覚えてる?」

「私、元人間だから」


 告げられた真実に、ハクは大きく眼を見開く。

 吸血鬼は、持ち合わせる2本の牙で人間に噛み付くことで仲間を増やしていく。

 噛み付かずに殺せば仲間になることはなく、吸血鬼は攻撃方法を分ける必要がある。


「元、人間?」

「噛み跡、見せたでしょ」


 ムクの首筋には確かに噛み跡があり、それが元人間であることの何よりの証拠であった。

 ハクはすぐに現実を飲み込み、理解する。


「まぁ、そういう話は割とあったからな……」


 自分がいた世界の知識を使い、ムクと話を合わせていく。

 ハクは、ムクに向き直り、ニヤリ、と口角を上げた。


「つまり、感情を取り戻す可能性は十分にある、と!」

「かも、しれない」


 ガッツポーズをとるハクを止めることなく、ムクは曖昧に肯定する。

 喜びに浸るハクを眺めながら、ムクはポツリ、と言葉を漏らした。


「『かっこいい』って、どういう感情……?」

「あ? まだ教えてなかったか」


 椅子に座り直し、ハクは腕を組んで考える。

 答えが出るまでの間、ムクはクッキーをつまみながら、紅茶を追加で淹れていく。


「あー、あれだ。なんか、こう、相手が輝いて見えるって感じ」

「輝いて見える?」


 沸き始めたお湯から眼を逸らすことなく、ムクは考え込む。

 実体験を積んでいないムクにとって、感情とはいくら説明されても理解しがたいものであった。

 冷静に紅茶を淹れながら、別の事を考えているムクを見て、ハクは対策を考案する。


「なぁ、今日の夕飯は?」

「え? 森で、魚か魔物を捕るよ?」

「よっし、決まりだ!」


 淹れたばかりの紅茶を飲むことはなく、ハクはムクの手を引く。

 驚きのあまり、ぬいぐるみを床に落としたムクは、ハクを仰ぎ見る。


「ハク?」

「感情ってのは、体験してみないとわからねぇだろ! 出かけるぞ!」


 満面の笑みを見せるハクに、ムクは素直に従うことにした。

 新しいマントを着て、ムクは家の戸締りをする。

 魚を釣る為の道具や魔物を捕る為の道具を持ち、二人は家の外へ出た。


「やっぱ、良い場所だよなぁ」


 ハクは、家の周りを歩き、小川を覗いたり、花を1輪摘んだりと自由に動きまわる。

 後から外に出たムクは、ハクに近づきながらその様子を眺めた。


「私の、お気に入り?」


 ムクは首を捻りながら、ハクにそう告げる。

 曖昧に自慢するムクを見て、ハクは手に持つ小さな花を差し出した。


「どうぞ、お嬢さん」

「……?」


 ムクは差し出されたそれを見て、動きを止めた。

 ハクは、ムクの髪にその花を挿す。


「あぁ、可愛い」

「……」


 花を飾ったムクの頭を優しく撫で、ハクは笑う。

 ムクはハクの眼を見つめた後、顔を隠すようにフードを深く被った。


「案内よろしくな」

「はぐれないでね」


 ムクはハクに視線を合わせないまま歩き出す。

 照れているともとれる行動に、ハクは微笑み、小走りでムクを追った。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ