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第56話 6者6葉

大変な間違いをしました

敵が味方になっていました申し訳ありません


 酒気を含む霧の中、一条の炎が走る。

 霧の真っただ中で火を使えば、混じる酒気と反応し威力が上がる。

 だが、酒気が濃くなりすぎた空気の中では、自殺行為であった。

 刃と触手がぶつかっただけの、摩擦だけで爆発が起こる。

 炎の精霊でもなければ、到底扱うことはできなかった。


「クソ!」


 見える範囲で迫る来る触手を弾きながら、ダユは大きく舌打ちした。

 下手に斬りかかれば自らを巻き込む爆発が起こる。

 かといって何もしなければ、触手に弄ばれる。


「はやく、速く……!!」


 触手の相手をし続けたダユは、ハクの正確な位置を見失っていた。

 霧の中にはほんの僅かに、酒気よりも少ない量の魔力も含まれていた。

 微量過ぎて魔法に使用することもできない程薄い魔力は、ダユの感覚を惑わせる。

 ハクから漂う魔力を頼りに探ろうとも、空気中のそれが邪魔をする。

 主人を見失ったダユは、確かに焦っていた。


(遠くで起こる弾けるような光は、おそらくサラマンダーのもの。なら、ウンディーネとムク様の安全は……。3人で手を組んでいるのなら問題ないだろうが、此方は……)


 8本の内およそ4本の触手を1人で引き受けるダユは、柄を強く握りながら歯噛みする。

 動かし続けた腕は重くなり、両肩には痛みが走る。


「我が声を聞け。我が憑代となるもの。我が血肉となるもの。我が名を聞き届け、その望みを叶えよ。我は世界を総べるものなり。我は世界を滅ぼすものなり。邪魔する全ての散開を!!」


 身体の不調に気付いたダユは、周りに誰もいないことを願いながら魔法を発動した。

 詠唱と同時にダユを中心に黒い風が発生する。

 視界を阻む霧を除こうと竜巻が暴れる。

 しかし、霧が晴れたのは一瞬のみ。

 すぐにまた視界は塞がれ、自分の居場所を相手に示す結果となった。


「クッ……!!」


 裏目に出た魔法に、ダユは悔しそうに唸った。

 だが、功を奏してもいた。

 その頑丈な方に、1つの手が置かれた。

 過剰に反応したダユは、手に握る太刀を相手の首元へ突きつけ、肩に置かれた手の正体に眼を丸めた。


「!? あ、主!!」


 ダユは慌てて太刀を下げながら、振り返った先にいる吸血鬼に驚愕を露わにする。

 そんなダユを気にも留めず、ハクは生き返ったばかりの自分の身体に異常が無いかを調べていく。

 手、足、首、眼、耳、口。

 身体は変わりなく、ハクの意思に従い動く。

 そのはずが、羽だけは、動かなかった。

 他にも、僅かな違和感に、ハクはムスペルの触手へ魔法を放つ。


「我が声を聞け。我が憑代となるもの。我が血肉となるもの。我が名を聞き届け、その望みを叶えよ。我は世界を総べるものなり。我は世界を滅ぼすものなり。散れ、全てを、破壊せよ」


 丁寧に、全ての詠唱を口にしたが、何も起こらない。

 ハクは、魔法が、使えなくなっていた。

 一時的な物か、それとも半永久的な物か。

 原因不明だとしても、戦場での大きな失態にハクは顔を顰めた。


    +++


 ムクは、遥か上空より。

 ウンディーネは、霧の中より。

 酒呑童子は、ニヴルヘイムより。

 3人はそれぞれ別の地点から、霧を、ムスペルを、全員を観察していた。


「感覚が、おかしい……。確かに喰ろうたわ。なのに、身体に魔力が漲らない」


 ポーションを一気飲みした酒呑童子は、自力で大広間へと移動した。

 ミカエル製のポーションは、死んでさえいなければ全ての怪我、状態異常を完治させる優れもの。

 喧嘩しながら武具庫へと入ってきた天使悪魔に礼を言い、酒呑童子はヒュドラと合流した。

 先程と同じ色の煙を揺蕩わせ、マジックアイテムの前に立つヒュドラの隣へ移動する。

 2人が視線を注ぐ姿見程の大きさのマジックアイテムは、使用者が望む場所を映し出す道具。

 画面に映るダユとサラマンダーの攻防を眺め、酒呑童子は初めて違和感に気付いた。


「あれは元々、『よくわからないもの』なのですよ。ですから、何かに当てはめて考えようとすると、何時までも倒すことができないのです」

「ヒュドラには、あれが別のモノに見えていると?」

「少なくとも、手こずるような相手ではありません」


 煙管を咥えながらヒュドラは酒呑童子にヒントを与える。

 己が自覚した違和感とヒントを照らし合わせながら、酒呑童子はマジックアイテムを見つめた。

 熟考の末、たどり着いた結論に、酒呑童子は思わず口角を釣り上げた。


「なんや、それだけのことやないの」


 眼を輝かせる酒呑童子に、ヒュドラは深く煙を吸い込んだ。

 吐き出される煙に微塵も反応を示さず、酒呑童子の興味は画面の中に注がれる。


「霧は、そもそも、こんな熱い場所で起こる方が、おかしい」

「霧とは、大気中の水蒸気が飽和状態にある時起こる自然現象のことを指します。ムスペルヘイムのような国で霧を起こすなら、それこそ大気中に海と同じだけの水分が存在することになるのでは?」

「そない、あちきらが立ってられるわけあらへんよねぇ?」

「なら、」

「この霧は、」

「ようするに、」


「「「霧以外の何か」」」


「それでも、水分が多く含まれては、いる、はず」

「その水分を弾いてしまえば、目くらましとしての機能は幾らか落ちるはずです」

「そうすれば、大きく一撃喰らわせるくらいの時間は稼げるわけやろ?」

「なら、」

「やることは、」

「1つしかあらへんねぇ」


 別々の場所に陣取る3人の思考は自然と重なり合う。

 大剣を担ぐ酒呑童子に、ヒュドラはそっと手を差し出した。


「持っていなさい」

「……駒?」


 ヒュドラの手に乗っていたのは、黒のナイト。

 手渡された駒に首を傾げ、酒呑童子は自分の服をまさぐる。


「こちらへ転移する際に落としたのでしょう。貴方の駒は、ダユが所持しています」


 全身を調べ終えた酒呑童子は、ヒュドラの説明に納得する。

 自分の手の中に存在する小さな駒に、老人の物であるはずのその駒に、酒呑童子は微かに微笑んだ。


「ダユはあれで、第6感だけは本物です。的確なタイミングで、貴女を呼ぶでしょう」

「せやねぇ。あれは、ただの子兎だったころからせやったわぁ」


 画面に映し出されたダユの姿に、2人は眼を細める。

 煙草を楽しむ老人から漂うその匂いに、酒呑童子は1度深呼吸した。


「……っ、はぁ。ほな、いってくる」

「えぇ。いってらっしゃい」


 わざとらしく息を吐きだした酒呑童子は、ヒュドラへ挨拶をする。

 煙と共に返された言葉に、彼女は微笑んで姿を消した。


    +++


「主……」

「チッ、こんな時に……」


 自分へ苛立ちを覚えたハクは、徐に自分の右手に噛み付いた。

 歯を立て肉に食い込ませる。

 血が流れる右手を眺め、ハクは確信した。


「能力は落ちていない。……ニヴルヘイムに戻り次第、神経の修復を」

「修復師を手配させます」


 時間が巻き戻るように、体内へ戻っていく血液を眺めながら、ハクはダユへ命じた。

 吸血鬼の回復能力が健在である証拠を見せつけられたダユは静かに従った。

 その時。


「構えなさい!!」


 ウンディーネの声が辺りに響いた。

 普段の穏やかさはなく、芯の通った鋭い声を聞き、ダユはすかさずポシェットから1枚の札を取り出した。


「己を水だと心得る者、すべてを散らせ!!」


 札を中心に、小さな結界が展開する。

 ダユは、自分達から水分だけを遠ざけた。

 ハクとダユが結界の中に納まった直後、再びウンディーネの声が響く。


「水よ。全ての温度を委ねなさい!!!」


 先陣を切り、ウンディーネが魔法を発動する。

 すると、霧に含まれるすべての水分から温度が奪われる。

 空気中の水分のみ、温度を、失った。

 瞬間、世界が凍りつく。

 空気中の水分だけが凍りついたせいで穴だらけの氷がハク達を囲む。

 それはまるでクラック水晶のようで。

 血生臭い戦場とはに使わない幻想的な光景に、ハクは眼を奪われた。


「舞い踊れ、風激!!!!」


 だが、そんな風景も長くは続かない。

 上空から、ムクが風属性の魔法を発動した。

 鋭い針のような風を幾つも作り上げ、氷へ向けて一斉に落とす。

 水晶を割る金の針は、欠片も見逃さず粉々に粉砕していく。

 風に吹かれ、勢いよく形を失った氷粉は吹き荒ぶ。


「ぬぅうううぅ」


 舞い上がる氷の粉吹雪に、ムスペルが僅かにひるんだ。

 それを見逃すような男ではなく。

 すかさず、ダユはナイトの駒を全力でムスペルへ投げつけた。

 触手に弾かれた駒は、空中へと跳ね上がる。

 だが、ムスペルの皮膚、岩石に当たった時点で駒の使用条件はそろっていた。

 光ることも、音を立てることもなく、駒はただ、自分の使命を全うした。


「風を操る者に成せぬことはなく! 大地の祝福と共にあらんことを!! 舞い踊れ、風斬!!!!」


 駒により召喚され、空中に現れた酒呑童子は、ムスペルを足場にし、高く跳躍する。

 上空より大地へ向けダイブしながら、酒呑童子は魔法と共に大剣を振るった。

 詠唱により大剣は消えぬ風を纏い、霧の残骸を薙ぎ払う。

 刃の数十倍の大きさの斬撃は、塵も残さずに全ての残骸を吹き飛ばした。


「魔法がつかえなくとも身体があるさかい!! あんたはんの脚は、ただの棒なん!?」


 魔法を放った酒呑童子は、間髪入れず叫んだ。

 その言葉に、6人は同時に動き出す。


「主!!!」


 太刀を投げ捨てたダユは、両手を組み、跳躍の為の土台、すなわちジャンプ台を作る。

 ダユの声よりも先に駆けだしたハクは、迷うことなくダユの手を踏みつけた。


「全てのものに、祝福を!!!!!」


 ウンディーネは持ち得る全ての魔力を両手に集中させ、ムスペルの触手を一手に引き受ける。

 泉に残った水を全て使い、8本の触手を、1秒でも長く足止めした。

 己の身軽さで、上空から難なく着地した酒呑童子は、止まることなく再度飛び出した。

 大剣を手放し、大地が凹むほど両脚に力を込め、高く跳躍した。


「酒呑童子!!!」


 全速力で自分へ向かってくるサラマンダーを、酒呑童子は両手で受け止める。

 そして止めることなく、ムスペルへと全力投球した。


「サラマンダー!!!」


 己の怪力さを発揮し、サラマンダーを投げ飛ばす。

 酒呑童子はそのまま地面へ向け落ち、ウンディーネの魔法に受け止められた。

 サラマンダーが跳んだ先に、ハクもまた跳ぶ。

 ダユに持ち上げられただけでは跳躍が足りず。

 最後の後押しをムクが引き受けた。


「舞い踊れ! 風舞!!!」


 ハクの背を押すように発動された魔法は突風を作り出し、ハクの身体を宙へ運ぶ。

 高さも威力も増したハクは、サラマンダーと並ぶ。

 サラマンダーは炎を纏い。

 ハクは風を背負い。

 2人は何の迷いも、疑いもなく、ムスペルへと脚を伸ばした。


「「はあぁああああああああああ!!!!!」」

「ぬぅううううぅううううああああああああ!!!!」


 2人の脚は、確実にムスペルの胴体へと食い込み、蛸のバランスを崩す。

 触手をバタつかせながら、ムスペルは必死に大地へしがみつこうとした。


「この地は、我の国!!! 我の王国!!! なれば我こそが至高なり!! 我こそが!!!!」


 ムスペルヘイム内最奥の地より、主の声が国中に轟く。

 誰に当てる者でもなく、自分へ言い聞かせるように。

 ムスペルは、叫んだ。


「然り。故に、線をまたぐ者は何人たりとも許すことはない」




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