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第50話 黒霧


「はぁああ!!」


 3人は、遥か上空を目指し、触手の上を駆けあがる。

 斬ることのできない障壁を跳ね飛ばしながら。

 地上にいるハクは、ただ駆け回る。

 利き手とも呼べる2本の触手を引きつけ、破壊していく。

 現に、ハクは結界及び魔法を展開しているため、走り回る必要はない。

 だが、ハクは足を止めない。

 一瞬たりとも、自分から意識を逸らさせない為に。


「ふんぬ!!」


 触手では攻撃が通じないことを学習したムスペルは、次第に物を使い始める。

 大きな触手で器用に岩石を拾い上げ、ハクへ向け投げ出す。


「我が声を聞け」


 自分目掛け飛んでくる岩石へ、ハクは静かに手を伸ばす。

 差し出された手に合わせ、蠢く黒霧は岩石へと飛び出した。


「我が憑代となるもの」


 黒霧は岩石を破壊し、その先へと伸びていく。

 ハクは、紐を掴むように手首を回し、自分へ引き寄せた。


「我が血肉となるもの」


 破壊されぬ様わざと使わなかった触手に絡みつく黒霧を、ムスペルは振り払おうと体を動かす。

 だが動けば動くほど、霧散す黒霧は攻撃範囲をふやしていく。


「我が名を聞き届け、その望みを叶えよ」


 やすりで削る様に、黒霧はムスペルの皮膚を削る。

 纏わりつくそれは、ハク以外の意思で剥がれることは無い。


「我は世界を総べるものなり」


 岩石の皮膚は剥がれ落ち、真っ赤な皮が姿を現す。

 それを視認したハクは、黒霧を1点に集中させ、腕を振り下ろした。


「我は世界を滅ぼすものなり」


 黒霧はピアノ線のように、はたまたギロチンのように、スパンッ、と触手を切り落とした。

 それはそれは、豆腐を切り分けるように簡単に。

 直角に、触手を切り離す。

 綺麗な断面を覗かせる。

 呻き声を上げるムスペルに、ハクは更に黒霧を進ませた。


「ハク!! もう、だめ!! ハク!!!」


 黒霧は、触手の断面から体内へ浸食し、穴を空けて進む。

 人に例えれば、身体の末端から皮を残し、骨や内臓だけを抉りる行為。

 尋常でない痛みに、ムスペルは最大級の悲鳴を上げた。


「はな、して!!」


 ムスペルは、初めて自分の再生能力に苦しめられる。

 それは、真綿で自分の首を絞める様に。

 45度の湯で茹でられる様に。

 穴を掘られた肉を再生すれば、もう一度傷つけられる。

 瞬時に塞ぐ新鮮な肉は、再生した数だけ死んでいく。


「ハク!! もう、これ以上は!!」


 眼を見開いて、魔王は怪物を苦しめる。

 呻き、苦しみ、触手を振り回す姿を、一瞬たりとも見逃さぬように。

 口から溢れる血液にも気づかずに。

 流れ落ちる血涙を気にすることもなく。

 その瞳は、黒霧に浸食されていく。


ハクが(・・・)いなくなっちゃう(・・・・・・・・)!!!」


 はたして、それは一体誰の声だったか。

 本来なら、片時も離れず隣にいるはずのその声。

 何故か、今はそばにはいないその声。

 身を軋ませ、回復するたびに傷ついていくその声。

 心臓を破壊されぬせいで、死ぬことは無いその声。

 あぁ、それは、とても大切なはずのもの。

 そう、それは、己の存在意義。

 ハクの眼には、顔を歪ませる少女しか、映っていないのだから。


「散らず舞え。俺の敵(・・・)を、殲滅せよ」


 忘れるはずはない。

 忘れたことなど、あるはずない。

 無様に喚くムスペルより、美しく歪むムクが良い。

 それ以外は、


「ハク!!!!」


 その制止は、届かない。

 姿は映っているはずなのに。

 声だけは、意思だけは届かない。

 ハクの詠唱により威力を増した黒霧は、増幅する。

 それはとてつもなく膨大な威力を持って。

 黒霧は、ムスペルの全身を包み込んだ。


「ぬあぁあ、うぉぉおおぉおおおお!!!」


 内側から削られ、今度は全身をやすりにかけられる。

 黒霧は、ムスペルの一部であれば、全てを飲み込んだ。

 それが、ハクの護衛であろうとも。


「主!??」

「なっ、おいテメェ!!!」


 ムスペルの触手の上を駆け回るダユ、酒呑童子、サラマンダーすら、例外でなく。

 人質とされたムク、ウンディーネもまた巻き込まれる。

 それは砂嵐の様に。

 細かな質量で、確実に相手の表面をそぎ落とす。

 大型魔法、結界の重ね掛けの連続により、ハクの息は上がる。

 身体の修復は、心臓に集中する。

 内臓は破裂をはじめ、肺に穴が空く。

 喀血は止まらず、溢れる血は眼や鼻からも漏れ出す。

 だが、ハクは魔法を行使し続けた。


「ある、じ!!!!」

「ハク!!!!」


 ハクには、どうして自分が立っていられるのか分からない。

 ハクには、どうして自分が生きているのか分からない。

 だがハクは、いつ魔法を止めるべきかだけは理解していた。


「あ、ふぬあぁあ、ぐあぁああああああ!!!!」


 一際大きな悲鳴が、ムスペルヘイムに轟く。

 黒霧が、ムスペルの両目を潰した、その時。

 ハクは一度、指を鳴らした。


「今!!」


 魔王は叫ぶ。

 ハクは魔法を霧散させ、綺麗さっぱり黒霧を消滅させる。

 突然開けた視界に、魔王の合図に、護衛は動いた。


「ぬ、うぉぉおおおおおお!!!」


 露わになった己の肉を踏みつける感覚。

 嫌悪する魔王の声。

 瞬時に状況を把握したムスペルは、必死の抵抗に出た。

 両目よりも、内臓よりも、真っ先に人質を握る触手を回復させる。

 重要な部分のみ、岩石の皮膚を取り戻そうと、魔力を集中させた。

 ダユと酒呑童子は、己の最大速度でムスペルの上を駆ける。

 触手を飛び渡り、高みを目指し、跳んだ。


「「はぁああぁああああ!!!」」


 ダユはもう1振り、太刀を取り出し両手に構える。

 酒呑童子は、ただ1振りの大剣を重力に負けぬ様その手に強く握った。

 眼の見えぬムスペルは、無闇に触手を振り回し、3人の妨害をしようとする。

 その中で1本、偶然、酒呑童子めがけて飛んでくる触手があった。


「あああ!!」


 だが酒呑童子はそれに眼もくれず、目下の触手にのみ意識を集中させた。

 直後、彼女へ向け暴れる触手を、一本の槍が貫いた。


「ぐ、ぬぅう!!」


 一部だけに回復を集中させたことにより、身体の末端まで再生が済んでいない。

 それにより、ムスペルの触手はサラマンダーの槍でも十分に通用するほど強度が落ちていた。

 焼かれながら貫かれた触手は、酒呑童子から離れていく。

 2人が、目的の触手まで数十メートルの位置に来た時、ハクは再度指を鳴らした。


「全てを、破壊しろ!!!」


 霧散させた黒霧に、ハクは叫んだ。

 ハクの術により、2人の得物の刃に黒霧が集まっていく。

 黒霧は、刃の動きに合わせて位置を変え、得物の一部へと成る。


「「はあぁあああ!!!」」

「ぐぬぅうああああ!!」


 たとえ、特殊な素材で身を護ろうと。

 絶対に斬り付けることのできない盾だとしても。

 黒霧の刃の前に、絶対は存在しない。

 ダユはウンディーネを繋ぐ鎖を。

 酒呑童子はムクを捕らえる檻を。

 2人は絶対に切り落とせぬ触手を、斬り落とした。


「ふぬあああ!!!」


 痛みに耐えられなくなったムスペルは、絶え間なく悲鳴を上げ続ける。

 触手から解放された2人は、身を宙へ投げ出された。


「ムク!!」

「ウンディーネ!!」


 2振りの太刀を投げ出し、ダユはウンディーネへと手を伸ばす。

 熱に身を焼かれ気絶したウンディーネは、ダユに抱かれ、泉の中へと落ちていった。


「ハ、ッカハ!」

「ムク!!!!」


 全身の骨を折られたムクは、急に吸い込んだ空気によりむせ返る。

 意識が朦朧とする中、ハクは懸命にムクの姿を捉える。

 無理やり羽を開き、空へ飛び出す。

 軋む体は、赤い花弁を舞わせる。

 それでも尚伸ばした手はムクへと届く。

 折れた骨は懸命に体を支え。

 破裂しかけた心臓を抱える胸はムクを受け止め。

 血を流す腕は吸血鬼当主の体を包む。

 小さな姫君は、ハクの腕の中へと生還した。




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