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第48話 6代目魔王


 頭上から振り下ろされる触手を、ハクは避けようともしない。

 ただ、ハクは怪物の眼を睨んでいた。


「主!」


 すかさず、ダユが虚空から太刀を取り出し、触手へ向け全力で振り上げた。

 鈍く、そして高い音を上げ、衝撃波が辺り一面へ向け走る。

 龍の骨で造られたその太刀は、刀身の10倍以上もある触手をいともたやすく受け止める。


「それは、俺のだ!!」


 眼を見開き、全身に、腕に、足に力を込める。

 ダユは、無意識にハクと同じ言葉を吐き、太刀を振る。

 跳ね返された触手は空を切る。


「ぬぅ……!」


 その触手が土埃を払い、怪物の全容を露わにさせる。

 ムスペル。

 ムスペルヘイムに住む『炎の巨人』と言われる怪物。

 だが、ハク達の目の前にいるのは、『巨人』とはかけ離れた怪物。

 太く逞しい触手を自在に動かし。

 大きな頭を持ち上げ、巨大な2つの眼でハクを睨みつける。

 それはまるで。


「タコ、か?」


 ダユが密かに息を飲む。

 溶岩を全身に纏ったムスペルは、茹蛸のように赤く染まる。

 しかし、蛸とは正反対の頑丈さをもつムスペルは、加減を知らない。


「く、っ!!」

「うぁ、あぁあ!!」


 ムクとウンディーネは、溶岩に肌を焼かれ、触手で際限なく締め上げられる。

 苦痛で顔を歪め、悲鳴を上げる。

 ウンディーネに比べ、ムクは表情をあまり歪めていない。

 それでも、無表情ではないことこそ、ムクに与えられる苦痛の大きさを表していた。


「ウンディーネ!!」

「姉貴!!」

「シャルルムック様!!」


 各々が、自分の思い人の名を叫ぶ。

 1人、ハクだけを除いて。

 ムクは薄く眼を開き、ハクを見つめる。

 その赤い瞳に映ったハクの姿に、ムクは一気に体温を下げた。

 魔王の異変に、ムクだけでなく、その場にいる全員が気付き始める。


「主……?」


 そばに立つダユが、冷や汗をかきながら、ハクを呼ぶ。

 だが、ハクは答えない。

 2人のやり取りに、苛立ちを覚えたサラマンダーが、ハクの胸元に掴みかかった。


「おい!! 今がどんな状況かわかってんのか!! 姉貴だけじゃなく、先代様も危険なんだぞ!! わかってんのか、おい!!」


 顔を寄せ、ハクへと叫ぶ。

 サラマンダーは、必死にハクへ訴え、反応を窺おうとした。

 しかし、ハクは反応しない。

 代わりに、前髪の隙間から、サラマンダーを見下ろした。

 その瞳に、サラマンダーは、自身の炎が消えるほどの温度に恐怖する。


「下がりなさい」


 戦慄するサラマンダーに追い打ちをかける様に、首元へ大剣と太刀が付きつけられる。

 護衛2人から溢れるのは、明確な殺意。

 魔王に対して刃向かう事への、明瞭な敵意。

 そして、サラマンダーは自らの足に違和感を感じた。


「!?」


 咄嗟に、炎の精霊は自らの姿を炎へと変え、ハクから飛び退いた。

 首から剣先が離れたことで、自分がいた場所の様子がはっきりと目視できる。

 ダユと酒呑童子もまたハクから距離を取った。


「無詠唱……!? バカな!!」


 ハクの足元に現れた異変。

 それは、霧。

 先を見通す事さえ許さぬ、漆黒の霧。

 あまりの出来事に、サラマンダーは眼を見開いた。

 その霧は、紛れもなくハクの魔法によるもの。

 人型に戻り、溶けた自身の衣服を眺めながら、サラマンダーは唾を飲む。

 無詠唱による魔法の発動は、長年の修業を経てようやく習得できるもの。

 思いつきでやってのけることができるほど、単純なものではない。

 だが、それをも可能にするのは、ハクの中に沸いたただ1つの感情。

 憤怒。

 己の愛する者さえ手の中に閉じ込めておけぬ無力さ。

 目の前で、ムクの苦しむ表情を、ただ見ていられる自分の冷酷さ。

 その全ての原因を、己が背負っているという強欲さ。

 全てが煮詰まり、焼かれ、焦げていく。

 憎悪、嫌悪、厭悪。

 憤慨、憤然、憤怒。

 黒く濁った感情が、ハクの器を満たす。

 それこそが、闇属性を使う上での最高の魔力。

 ゆらり、と揺れるハクの体は、自然とムスペルへと向かう。

 無詠唱で発生した黒い霧は、通常より濃度を増しており、ムスペルの鼻につく。


「あぁ!! 臭う、臭うぞ!! 濃い、濃いわ! 魔王の臭いだ、忌まわしい、忌まわしい!!!」


 ハクの霧に、ムスペルの感情は荒れる。

 振り回した触手は、真っ直ぐにハクへ飛んでいく。


「主!!」

「ハ、ク!」


 黒い霧を纏うハクに、無闇に近づくことはできない。

 喘ぎながら、ムクは声を振り絞りハクを呼ぶ。

 ひたり、ひたり、とハクは足を踏み出し続けた。


「ぬぅうう!!」


 向かい来る触手にすら、ハクは興味を示さず。

 魔王の態度が気に障ったムスペルは、全力で触手を振り下ろした、瞬間。

 触手が弾け飛んだ。


「……え?」

「ぐ、ぬぁああぁあ!!」


 誰もが驚愕で眼を開き、その場に固まる。

 何人たりとも、手を出すことを許さず。

 ムスペルは、破壊された触手を、瞬時に再生させながらハクを睨む。


「何をした!! 魔王如きが!! 何をした!!!」


 灼熱の国の主が振り下ろした触手は、確かにハクを捉えていた。

 だが、ハクの頭上に差し掛かった時、触手は弾けた。

 触手だけではない。

 ハクが踏み出すたびに、周辺の物体が粉々に砕け散る。


「結、界……?」


 瞳が零れ落ちそうな程、眼を見開きながらウンディーネは言葉を漏らした。

 ウンディーネの呟きは、姉弟であるサラマンダーにのみ届く。

 自分だけに届いたその結論に、サラマンダーは慌ててハクを見た。


「まさか!! 2重魔法だと!?」


 ハクを囲む空気が、僅かに光を反射する。

 結界。

 自らの魔力を具現化し、対象物を護る壁とする魔法。

 黒い霧と同時に、無詠唱で展開された結界は、ハクに合わせて移動する。

 自らに敵意を向ける全てを破壊する結界。

 ハクを護る最強の壁ともいえるそれは、地面さえも壊す。

 それは、今踏みしめている岩石がハクへ敵意を持っている証拠。

 つまり、ハク達4人が立っているその場所は、ムスペルの1部。

 結界がある限りムスペルはハクへ危害を加えることはできず。

 ハクがその場に立つだげで、ムスペルは無抵抗で攻撃を受け続ける。

 揺れる魔王の姿に、ムスペルはただ息絶えることを待つしかなかった。

 羽を広げマントを翻す。

 攻撃範囲を増すハクの、魔王の姿を見つめる5人は息を飲む。


「……全ての可能性を飲み込み、一身に背負う。ただ、1人の為に」

「一体どれだけの業を背負い、強欲さをその身に……?」

「あれが、魔王……」


 抵抗を許さず。

 逃亡を許さず。

 飛行を許さず。

 反撃を許さず。

 魔法を許さず。

 魔術を許さず。

 生存を許さず。

 6代目魔王は、敵対する愚者に、一切を許さず。

 許されたのは、ただ消滅することのみ。

 だが、ただ消滅することは許さず。

 手足を捥ぎ。

 腸を引きずり出し。

 目玉を抉り。

 歯を引き抜き。

 全身の血を抜き。

 頭を砕き。

 脳を掻き混ぜ。

 全身の骨を折る。

 最中、一切の気絶は許さず。

 恐怖、苦痛、嫌悪、絶望、絶叫。

 その全てを、一滴残さず味わうまで、消滅を許さず。

 魔王はその身1つで全ての命あるものを震撼させる。

 魔王は即ち恐怖の権化。

 その声は、聞いた者を戦慄させ。

 その姿は、骨の髄まで染み込んだ恐怖を掘り起こす。

 それ即ち魔王。

 何人たりとも、逃れることは、出来ぬと知れ。


「ダユ、酒呑童子」

「「は」」


 酷く底冷えした声で、ハクは護衛を呼ぶ。

 瞬時に跪く2人は、だが得物だけは手放さず、魔王の命を待つ。


「サラマンダー」

「っ!? ……なんだよ」


 ビクリ、と肩を震わせ、それでも高圧的にサラマンダーは答える。

 槍を強く握り、敵意を包み隠しながら。

 ハクは、サラマンダーの隠し切れぬ気配を感じながら、ゆっくり口を開いた。


「貴様、すべきことは分かっているな」

「……っ」

「ウンディーネに、何を言われたか、もう忘れたのか」


 俯き、迷うサラマンダーに、ハクは鋭い視線を送る。

 続けて放たれた言葉に、サラマンダーは、ハッ、と顔を上げウンディーネを見つめた。


「貴様の姉の、苦悶の表情が目に入らないのなら、この場にいる資格は無し」


 必死に呻き声を押さえるウンディーネに、サラマンダーの目が留まる。


 ――貴方と一緒に


 自分へ向け、微笑みながら告げたウンディーネの言葉が、サラマンダーの脳内に蘇る。

 身体を蝕む苦痛に顔を歪めながら、ウンディーネは自分を見る夫と弟を見つけた。

 得物を握り、身体を震わせる2人を、顔を歪めながら捉え、そして。

 笑った。


「貴様は、自身のすべきことをすればいい。もしそれが、我への敵対ならば容赦はしない」


 ハクは真っ直ぐに、ムクを見続ける。

 ムクもまた、ハクから視線を逸らさない。

 口を動かし、必死にハクの元へ帰ろうとする。

 その姿に、ハクの憎悪は降り積もる。


「我を、失望させるなよ」


 サラマンダーへ向けられた言葉は、ダユをも刺激する。

 冷や汗を流し、身体を焼かれ、骨を折られながら、尚笑ったウンディーネ。

 彼女の行動に、刺激されぬはずもなく。

 ダユとサラマンダーは、ゆっくりとハクへ歩み寄る。

 魔王に対する恐怖を拭い、ただ一身に思い人へ心を捧ぐ。

 三人は、それぞれに構え、ムスペルを、思い人を睨んだ。


「「「返してもらうぞ。それは、俺のモノだ!!!」」」




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